第52話 原宿強襲

 まずは服だ。

 士郎は昔、妹が「服が欲しい」と騒いでいたのを思い出す。女の子はきっとみんな服が好きなのだ。軍人は外出の際、制服の着用を義務付けられていて、オメガたちも今はいかつい下士官軍装に身を包んでいる。

 だがせっかくだ。今日は年相応の服でも買いに連れて行ってやろう。であれば渋谷・原宿界隈に行くのが正解だ。安いアクセもいっぱい売ってるから、ゆずりはへのお見舞いプレゼントもなんなく見つかるだろう。

 硝煙と血の匂いが立ち込めた殺戮の世界しか知らない彼女たちに必要なのは、専門医によるカウンセリングなどではなく、こういうことなのだ。


 やがて電車は原宿駅に到着する。


「わーっ! 何ここスゴいーっ!!」


 竹下通りの入口に立ってまず豹変したのは、意外なことに蒼流久遠くおんだった。さっきから店の前に出ている各種ワゴンに夢中である。どうやらモフモフ系の商品に心奪われている様子だった。

 次に動いたのは久瀬くぜ亜紀乃。ゴスロリ専門店のウィンドー前で立ち止まったかと思うと、すーっとそのまま店に吸い込まれていった。


各務原かがみはらッ! 同行せよ!(そして金払ってやれ!)」

「はっ!」


 後半の心の声は聴こえたかどうか分からないが、とにかく一人にはさせられない。各務原は嬉しそうに亜紀乃の後に付いて入って行った。


「ねぇねぇ少尉ー! かざりアレ食べたいぃ!」


 月見里やまなしかざりが隣で一生懸命指差していたのはクレープ屋のスタンドである。原宿のクレープといえば20世紀後半から百年以上続くいわばソウルフードだ。

 ふと気が付くと、くるみがなぜか赤い顔をして士郎の制服の裾をつまんでいる。


「あー、はいはい! クレープね」


 そう言うと士郎は二人をスタンドの前に連れていく。久遠は視界の片隅で相変わらずモフモフに包まれてはしゃいでいる様子だった。こっちはまだほっといて大丈夫か。

 店員にオーダーを尋ねられたくるみがショーケースを指さして「こっからここまで」というのを慌てて否定しながら、士郎は二人の注文に特別にチーズケーキとプリンを追加トッピングしてやった。


「すすすすスゴいです少尉っ!」

「わーいありがとー! 少尉ぃ!」


 店の横の小さなベンチに陣取り、くるみが感極まりながらクレープを口いっぱいに頬張る。文も実に美味しそうにパクついていた。口の周り中がクリームだらけなのはどうなってるんだ。幼女か。

 すると後ろから黒いオーラが立ち昇る。振り向くと久遠が驚愕の表情で立っていた。


「そそそそ……それはいったい……!?」

「だ、大丈夫だ久遠! 待ってたぞ!」


 士郎はそういうが早いか二人の手元に視線がくぎ付けになっている久遠を引っ立てるようにお店のカウンターに連れていく。

 ほどなく、先ほどのスペシャルトッピングに更にブラウニーとオレンジソースを追加した巨大クレープを持った久遠が登場した。顔を紅潮させ、普段のクールビューティーは現在行方不明である。


「少尉ー! マズいですよぉ……俺、破産しちゃいますって!」


 情けない声が聞こえてきた。振り向くと、涼しい顔をした亜紀乃の後ろに、両手いっぱいにブランドの大きな紙バックを抱えた各務原が情けない顔をして突っ立っていた。


「ここはなかなかセンスのある品揃えなのです。気に入りましたわ」


 もはや各務原は彼女の従者にしか見えない。そもそもオメガの四人は全員下士官軍装であるのに対し、各務原は兵卒軍装――伍長だから当たり前なのだが。下手したら中学一年生くらいにしか見えない美少女軍曹に付き従ういかつい体格をした伍長、というのはなかなかシュールな光景だ。


「兵隊さーん! これ忘れものですよーっ!」


 先ほど二人が出てきたゴスロリショップから店員が慌てて飛び出してきて、各務原の鼻先に新たな紙バッグを突き出した。やけくそ気味に把手部分を口で咥える各務原。


「じゃあ亜紀乃にもクレープ買ってやるからな」


 そう言うと士郎は先ほどの久遠と同じように亜紀乃をカウンターに連れて行った。

 そしてやっぱり嬉しそうに出てくる亜紀乃。今回は士郎もクレープを持っている。野菜たっぷり、ベジクレープだ。


はへあれっ? ひょーひしょういっ、ほへほおれのはっ?」

「伍長は口が塞がっているではないか」


 蒼流久遠が楽しそうに各務原をからかう。


ほんはそんなぁ……」


 情けない声を出す各務原に、皆がどっと笑う。月見里文が自分の食べかけのクレープを差し出す。


「はいっ! かーずくん! ア・ゲ・ルっ!」

「ふぇっ! はばい! うへひー!」


 もはや各務原が何と言っているのか誰も分からないが、誰も気にしてない。


「はいっ! あーん……」

「あー……ングッ!」

「あ! ちょっと! 私の戦利品汚さないくださいねっ!」


 亜紀乃が伍長に言い放つが、その表情からは本気の欠片も見えない。

 みんな楽しそうだった。


 そんな少女たちをほっこりと見守る士郎に近づく影に、まだ誰も気づかない。

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