第51話 外出許可

「番号ッ!」


「いち」

「にっ!」

「……さん……」

「よん、ですわ」

「俺は? 5? 5でいいの!?」


「よ、よしっ……では前へー、すすめ」


「「「わーい!」」」


 所沢基地の正面玄関に詰める門衛の歩哨が、さっきからチラチラとこちらを伺っていた。きッと睨みつけると「ひぃっ」と小さな声を漏らして直立不動に戻る。しかし視線を外すとすぐにまたこちらを横目で見やって顔を赤らめている。さっきからその繰り返しだ。

 士郎は早いとここの場を離れるしかないと決意して形ばかりの点呼を行い、たった今逃げるように出発したところである。引率するのは四名のオメガ。濃緑の下士官第一種軍装姿。少しだけ普通の女性隊員よりスカート丈が短い理由は不明。なぜだか各務原かがみはらも同行している。


 半月ほど前に中国大陸の戦線から帰国したオメガ実験小隊は、全員所沢にある第一軍司令部敷地内にある隊舎に事実上軟禁されていた。それがつい数日前四ノ宮少佐に対する査問委員会が終了したことで、参謀本部から「とりあえず部隊の判断で各自行動しても良い」という許可がようやく下りたところだった。

 士郎はその後すぐ、陸軍研究所に併設された医療施設に出向いて西野ゆずりはを見舞った。そのことを隊舎に戻って他のオメガたちに話したら、自分たちもお見舞いに行きたいと言い出し、どうせだから何か素敵なお土産を持参しようということになり、結果として全員で街に繰り出してショッピングしよう、という話になってしまったのである。

 士郎はそんな話できゃいきゃい盛り上がるオメガの少女たちを見ながら「仲間思いで結構だねぇ」くらいにしか思っていなかったのだが、その日の夜に状況は一変する。四ノ宮少佐からオメガたちの外出許可が下りなかったのである。

 これにはさすがに士郎も抗議せざるを得なかった。彼女たちこそ休養と気分転換が必要なのだ。せっかく内地に戻ってきたのだから、少しくらい羽を伸ばしてやってもいいではないか。


「だったら貴様が引率しろ」


 四ノ宮少佐は軽く言い放った。要するに「軍事機密そのもの」である彼女たちオメガを勝手に行動させるわけにはいかない、というのが少佐の言い分だった。


 ということで不本意ながら士郎は、このどう見ても女子高生の修学旅行のような集団を引率する羽目に陥っている。


「まぁまぁ少尉ぃ、別に良いじゃないですかぁ? 俺らも楽しみましょうよぅ!」


 各務原は本当に嬉しそうに仏頂面の士郎に話しかける。もともと彼はこういうシチュエーションを心待ちにしていた気配があって、今日は最高に張り切っていたのだった。


「昨日みんなにフラれたからなぁ……」


 と思わずぼやく。

 それを耳ざとく聞きつけた各務原が横に並んでくる。


「ん? 稼働できるオメガちゃんみんな揃ってますよ!?」

「いや、そうじゃなくてな……」

 

 一人で四人もの年頃の娘を管理監督するのは少々荷が重いと考えた士郎は、昨夜のうちに田渕軍曹に明日の予定を聞いてみたのだが、「久々の休日なので娘に会ってこようと思います」と言われてそれ以上何も言えなくなった。

 ならばと香坂に声を掛けてみたところ、以前士郎が大陸で保護した盲目の少女に会う予定だと言われてしまった。

 途方に暮れていたところ、何かを察した各務原がニヤニヤしながら近寄ってきて「俺、明日暇なんですよねー」と猛烈にアピールしてきたため、不本意ながら同行を頼んだという次第である。

 まぁ各務原がいれば荷物持ちでもなんでも、少しは役に立つだろう、と思い直す。

 ほどなく基地のすぐそばにあるバス停に辿り着いた。


  ***


 山手線は相変わらず時間通りに運行されていた。


 いつも冷静でお淑やかな優等生、水瀬川みなせがわくるみが、電車の吊り革に掴まりながら珍しく辺りをキョロキョロ見回してキョドっている。薄桃色のゆったりツインテが、彼女の視線に合わせて先ほどから右に左に揺れていた。

 蒼流久遠くおんは、ずっと空中のあらぬ一点を凝視したまま、真っ赤な顔をして固まっている。いつもポニーテールにしてシュッとした雰囲気を出している彼女であるが、今日はその長い艶やかな黒髪を下ろし、とてもガーリーな雰囲気だ。ただ、顔が異常に緊張しているので彼女の周囲30センチくらいの範囲が謎の緊迫状態である。

 そんな二人の周りを月見里やまなしかざり久瀬くぜ亜紀乃のチビッ子コンビがうろついてアレコレちょっかいをかけている。


 PAZで保護され、すぐに研究所に移された彼女たちは、実は都市域のことをあまり知らない。

 もちろん何度か街に出たことはあると言っていたが、何のことはない、軍の車輛に乗せられて拠点から拠点へ移動しただけだった。

 だから、こうやってバスに乗り電車を乗り継いで街に繰り出すというのは、もしかしたら彼女たちの人生にとって初めてのことかもしれなかった。そう考えると今の四人の状態はまぁ妥当なところか。

 平日の真昼間ということもあり、幸い電車はガラリと空いていたから、オメガたちがさっきから窓に貼り付いてきゃいきゃいしているのも今は大目に見ている。


 彼女たちが瞳をキラキラさせながらあまりにも嬉しそうにしているのを見て、士郎は当初の目的地だった大宮からさらに電車を乗り継いで渋谷方面に向かおうとしていたのだ。

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