第50話 ゆずの特別

「いいか、昔から右腕ってのは制御できない秘められた能力が埋まってるものなんだ。今にロケットパンチできるようになるかも知れんぞ」


 士郎はベッドに半身を起こして座るゆずりはに、少しおどけたように話しかける。

 本当は自分の機械化された腕が怖いかもしれないのだ。少しでも不安を和らげてやりたかった。


「そっ……そうなのっ!? それってしょーいは好き?」

「ん? そうだなぁ……好き……だな! 俺は男子だからな!」

「そっかぁ! しょーいが好きならまぁいっか!」


 そう言うと楪は、メカメカしい自分の右腕を士郎に向けて突き出した。

 その掌をキュイキュイと開いてみせる。


「いやぁ……まだロケットパンチは出ないと思うぞ」


 笑顔を向けながら士郎が楪をからかう。すると――。


「……じゃなくて! ん!」

「ん? なんだ?」

「…ん!…」

「……だから……なんだ?」

「んもう! しょーいはもくネジだな!」


 木ネジってなんだ……? 

 士郎は、先に楪のところに見舞いに来た四ノ宮少佐が、士郎を評して「朴念仁」と教えたことを知らない。女の子の気持ちを理解してくれない鈍感な人のことを「木ネジ」と言うのだ、ということを楪は知っていた。やれやれである。


「だからね……! ゆずはしょーいと手を繋ぎたいの!」


 一拍置いてようやく士郎があぁ! と気付く。


「すまんすまん! 義手の操作感覚を早く身に付けないとな!」


 そう言って士郎は楪の機械義手を握りしめた。

 これこそが「朴念仁」の所以である。

 とはいえ楪は、何の前触れもなく自分の掌を握りしめてきた士郎をはにかみながら見つめ返した。あっという間に機嫌も直る。


 機械化腕手ロボティクスアームは、表面の無数のセンサーが神経の代わりを果たし、生身の人間のように触れた感覚や熱い、冷たい、柔らかい、痛い、重いなどありとあらゆる神経感覚を大脳に伝達する。もちろんそれらの神経感覚を任意にシャットダウンすることも可能だ。

 さらには人工関節と人工筋繊維により、握力はおよそ900キロにも及ぶ超弩級の破壊力だ。


 むしろこれ、自分が付けたいわ、と士郎は少し羨んでみたりもする。

 だが、こうした「トランスヒューマン化手術」は、サイバネティクスが発達した現代医療においてはかなり厳しい制限が付きまとう。

 健康体にメスを入れ、楪のように戦闘力の高い人工義肢に換装できるのは、戦闘や治安を生業とする兵士や警察官に限定されており、一般人はまず許可されない。

 一般兵士の場合も、たとえ戦傷で装着する必要が生じても、本来の体力レベルに合わせ必要最低限の機能を持った義肢しか装着できないのが通例だ。


 これはひとえに、こうした機械化人体が圧倒的な戦闘力を備えてしまうことに由来する。

 万が一そうした人物が錯乱し、無差別に周囲を攻撃したり、意図的に命令を逸脱したりして反抗を企てたら、途轍もない被害を生じてしまうからである。

 楪が装着した機械化腕手が最高スペックの戦闘用義肢であるのは、元々のオメガの身体能力が一般人に比べて遥かに高いからである。

 だから今の楪には、万が一の時の安全装置として体内に自爆用ナノマシーンが注入されているはずだ。

 これはいざという時に、遠隔操作で対象の人体を内部から破壊する、究極の安全装置だ。


 だが、目の前でニコニコとご機嫌の楪は、きっとそんなこと気にもかけてはいないだろう。一応術後に説明を受けたはずだが、オメガは基本的に身内意識が高く、仲間を裏切るなど万が一にもあり得ない。

 安全装置が使われることなど、まず百パーセントないだろう。


 そんなことより、西野楪はあれ以来、どうも士郎を特別な存在だと見做しているようだった。先ほどからの態度を見ても明らかだ。

 もともと妹キャラで甘えん坊気質だったから、一見して今までとあまり変わったようには見えないのだが、少なくとも「手を繋ぎたい」など今までは言わなかったことだ。


「ね! 今度退院したら、ちょっとお出かけに付き合って欲しいんだ! ……どうかなぁ?」


 大きな瞳を伏し目がちに、楪が士郎にいつもの甘声で問いかける。

 短めの黒髪ボブが、ふわりと両頬にかかる。ベッドの上に座ったまま、女の子座りをした太腿に両手を挟み、その視線を上目遣いに士郎に向けた。

 これで何も感じない男がいたら、そいつは恐らく人間に偽装したAIだ。


 我ながらちょろいなぁ……と少しだけ自己嫌悪に陥りながら、士郎は楪の申し出をあっさりと受け入れた。


「まぁべつに……構わないよ」


 脇を絞めて、足許を掬われないようにしないとな……と心に言い聞かせる。


「じゃあまた顔出すから!」

「はーい! ありがとうしょういー!」


 満面の笑みを浮かべてベッドの上から見送る楪の視線を背中に受けながら、士郎は病室を後にした。

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