第3章 記憶
第16話 壊れた日常
戦闘から帰還し、いつものようにラボに入っていろんな計測機器を身体に接続され、深い眠りに落ちる前のひととき。未来は最近
今日の襲撃は、
何かの工場みたいな施設だったけど、いったい何を作っていた場所なんだろう。
激しい戦闘中に、少尉は突然私の前に立ち塞がって何かを叫んでいた。よく見ると、彼は小さな女の子を庇っていたみたいだった。
何故彼がそんなことをしているのか、さっぱり訳が分からなかった。でも、未来には「石動少尉が守りたいものなら私が傷つけちゃいけないものだ」と直感的に分かる。
あの時もそうだった。10日くらい前のことだ。哨戒活動の途中に、たまたま未来は石動少尉の意識と繋がった。
いや――厳密に言えばそれは「たまたま」じゃない。
胸騒ぎがして、どうしてもあのルートを通らなきゃいけないと心が囁いたのだ。そうしたら案の定、突如として未来は「誰かの」意識と共鳴してしまったのである。
それが石動少尉だった。
彼の中に渦巻く絶望、恐怖、怒り、混乱、憤り、後悔が、見えないトンネルか何かで未来の心と繋がって、どうしようもなく溢れだしてきたのである。
彼が今どこにいて、何をしているのか。未来には何故だかすべて分かった。
そして本能が告げていた。
「彼は私」――
だから助けないと、私の心も絶望に支配される。
未来の心にとめどなく流れ込んでくるどうしようもない負の感情は、もはや暴発寸前だった。
だから慌てて東子に我儘を言ったのだ。「あの人を助けなきゃいけない」「じゃなきゃ私が壊れる」と。
急いで駆けつけた戦場は、酷いありさまだった。
あの時も、少尉は仲間を守ろうとしていた。
未来にとって大切だったのは、あくまで石動少尉ただ一人であったが、その少尉が守ろうとしていた人たちは「絶対に傷つけちゃいけない」ということは、あのときも何故だか直感的にすぐ理解できた。
戦場で遭遇した誰かを殺さずにいられたのは、未来にとって初めてのことだった。それは未来に限らず、実験小隊の他のオメガたちにとっても初めてのことであったに違いない。
だが、だからこそ今こうして小隊に新しい仲間が増えたのだ。未来にとって、それは何にも代えがたい大切な「結果」だった。未来はとても長い間、孤独だったのである。
***
今から10年前。ちょうど日本が、世界に先駆けて地球静止軌道上に宇宙コロニーを完成させた年。
未来は、とある事情から普段は使うことのない水源へ水を汲みに行ったところを軍のパトロール隊にあえなく発見され、そのまま保護された。
「保護」と言えば聞こえはいいが、本人にとってみれば半ば強引に「拉致」されたようなものである。
もともとこの地域は「人が居てはいけないところなんだ」と、一緒に暮らしている集落の「大人」たちからは聞かされていた。
確かに、電気やガスは通ってないし、お店なんかも当然存在しない。というか、そもそもこの辺り一帯が〈PAZ〉に指定されたのは、原発テロで滅茶苦茶に破壊されたせいなのだ。
〈あの日〉までは、もちろん街にはたくさん人が住んでいて、未来にも普通の日常があった。
家族、友人、学校……何の変哲もない、当たり前の日々だけど、大切な日々。
今ならそれがどれだけかけがえのないものだったかが分かる。
だが、あれから大切な人たちがたくさん死んで、いつの間にか未来は独りぼっちになってしまった。
〈Nアラート〉とかいう、けたたましいサイレンが突然町中に響き渡り、家族や同級生たちと必死になって中学校の体育館に駆け込んだところまでは今でも覚えている。
その後目が覚めると、体育館の屋根と壁が全部吹き飛んでいて、辺り一面には黒焦げになった人形のようなものがたくさん散らばっていた。
家族とは、それきり二度と会っていない。
その後どこをどう歩いたのか。気が付いたら、どこかの山あいの小さな集落の公民館のようなところに、数十人の人たちと一緒に辿り着いていた。
***
「医長、
未来の脳波をモニタリングしている計測員から報告が上がる。
「……ああ、了解だ」
オメガ前哨基地の戦技研究施設、通称「ラボ」で、オメガたちの生体機能評価を担当する軍医中佐が頷いた。
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