第17話 孤独の軌跡

 あれからもう何十年経つのだろうか。パトロール隊に捕まるまで、きっと50年くらいは経っていたに違いない。


 一緒に逃げてきた人たちは、早い人で数日から数週間、長くても半年くらいでみんな死んでしまった。

 どうして救急車が来ないんだろう、どうして誰も助けに来てくれないんだろう。携帯は通じないし、大人たちは「街に行っちゃ駄目だ」と必死で未来みくを引き留めた。

 時折上空を自衛隊の――そう、当時はまだ「自衛隊」だった――ヘリコプターが集団で飛んで行くのが見えたが、地上から必死で手を振っても、一度として気が付いてはくれなかった。


 未来が公民館を後にしたのは、みんなが死んで、倉庫にあった保存食も完全に底をついた時だった。

 大人たちが「街には絶対に行くな」と言っていたから、その逆だったらいいのかと、どんどん山の奥のほうへ歩いて行ってみた。


 最初の日は朝早く出発して、日が暮れたところでその場に野宿した。暖かい季節だったのが幸いし、着の身着のままでも案外どうにかなった。

 二日目はさらに山奥へ歩いてみたが、道は険しくなるばかりでとても定住できそうな場所は見当たらなかった。

 しょうがないのでその日も適当に野宿して、三日目のお昼頃のことだった。

 山小屋みたいな頑丈な造りの建物を偶然発見し、中を覗くと手付かずの食料品や飲料水、寝袋やストーブ、薪などが山のように備蓄されていた。幸運だった。とにかくお腹が空いていたから、理性の前に本能が打ち克ってしまった。未来がこの山小屋に独り住み始めたのはこの時からだ。


 山小屋には、ラジオがあった。なぜ自分のいるところには人が来ないのか、その理由が分かったのはこのラジオのお陰だった。

 まず、自分が住んでいたあの大好きな街で人がたくさん死んだことを知った。

 体育館に避難した日だ。

 ラジオは「その日だけで死者が3万人を超えた」、と教えてくれた。そして「今後100年間、あの街を中心とした半径100キロ圏内は立入禁止だ」ということも教えてくれた。

 道理で人が来ないわけだ。


 きっと自分一人がこんな辺鄙なところで生き延びているなんて、誰も気付いてはくれないだろう。

 そう考えた未来は、しばらくはこの山小屋で一人生きてみようと考えた。



 幸い、一人でいることはさして苦痛ではなかった。もともと一人でいる方が気楽なのだ。

 食料は十分に備蓄されていて、この様子なら数年分は大丈夫という量ではあったが、時間も持て余していたので試しに家庭菜園を作ってみることにした。

 山小屋には、ジャガイモがたくさん置いてあったから。どうせ食べきれなくてみんな芽が出てしまうなら、土に植えてみようと思ったのだ。味噌などの調味料は山小屋の台所にそこそこ量が残っていたから、なんとなく自炊も出来そうであった。


 それ以来、未来の日常は充実したものになった。

 昼間は家庭菜園の世話をして、時折山小屋の周囲を探索。一時間ほど歩けば渓流もあることが分かって、とりあえず飲料水は確保した。寒くなければ水浴びだってできる。

 夜は電気が点かなくったって、ラジオが淋しさを紛らせてくれた。



 初雪がちらつき始めた頃、日本は外国と戦争を始めたようだった。

 最近ラジオのニュースはそのことで持ちきりだった。

 未来たちの街を破壊したのが潜入した外国の軍隊だったということで、日本中が報復を叫んでいた。


 東京でオリンピックが開かれた時、未来はまだ小学生だった。

 アメリカと中国が戦争を始めたのは中学生の時だ。お陰でパリ五輪のテレビ中継は全部なくなった。


 あれからずっと世界は戦争続きで、今また新しい戦争が始まったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る