第11話 女子の言い分

「えー……、あらためましてこの度は、助けていただきありがとうございました!」


リビングスペースのソファの前で、四人が整列して敬礼していた。


「ありがとうございました!」


 士郎に引き続き、三人が唱和する。

ものすごく気まずい――。



 覗き魔の痴漢と間違われた四人は、あっという間に少女たちに縛り上げられ、リビングに引きずり込まれたのである。

 唯一、銀髪の少女だけが士郎たちの素性に気付いたらしく、「だめだよぉ……」「違うんだよぉ……」などと小さな声で他の娘たちに説得を試みていたようだが、まったく何の役にも立っていなかった。

 残りの五人は、集落で見せたような驚異的なスピードであっという間に士郎たちを制圧テイクダウンし、一昨日の激戦をくぐり抜けた屈強なはずの兵士たちは、辺りにあったクッションやらなんやらで巻きにされ、あっけなく床に転がったのである。


 一応軍人なので、四人は近接格闘戦術CQBも修めていたはずなのだが、なぜだか少女たちにはまったく歯が立たなかった。

 で、薄桃色の髪をした真面目そうな少女が、インカムで四ノ宮少佐に繋ぎ、隊舎内で不審者四名を捕獲しましたと報告したところ、電話口の向こうから大爆笑が聞こえてそのままプツッと通信を切られたのである。

 それでようやく銀髪少女が、この人たちは多分痴漢じゃなくて……と他の娘たちに説明し、現在に至る――。



「いえ……あの……こちらこそ、良く確かめもせず……す、すみませんでした!」


 委員長が物凄くバツが悪そうに声を上げる。


「だいたいかざりちゃんがさー、いきなり痴漢ーッ! とか叫ぶから……」


 小柄な黒髪ボブ娘が唇を尖らす。


「そういうゆずちゃんだって……こんにゃろー!とか叫んでたじゃん」


 かざり、と呼ばれた青髪が、丸い頬をぷっくりと膨らませて言い訳がましく呟く。


「はいはーい! かざりもぶつぶつ言わない! これは不幸な事故だったということで、……ね」


長身の黒髪ぱっつん娘が勝手にまとめに入ろうとしたところで、小柄なロリっ子が正論を吐く。


「そもそもみくちゃんが最初から止めようとしてたのに誰も話を聞こうとしなかったのねん」


ぱっつんがすかさずツッコミを入れる。


「だぁってみくの声小っちゃいんだもん!」

「……ご、ごめんなさい……」


 銀髪がおどおどしながら小さな声で謝る。というか、この娘「みく」という名なのか。士郎は密かに心のメモに記録する。

 そこでようやく各務原が話に割って入った。


「――あのー……ですね、そろそろ直って、も……よろしい……でしょうかぁ?」


 士郎が心の中で「よく言った各務原!」と叫ぶ。

 さっきから敬礼しっぱなしである。

 階級の上下はともかく……というか、彼女たちがどういう階級なのかそもそも分からないが、先ほどから目の前の少女たちがずっとこんな調子でプチ内輪もめをしているものだから、士郎たちは敬礼を解くことも出来ず、ずっと同じ姿勢なのであった。


「しっししし、失礼しましたッ!」


 委員長が慌てて答礼する。それでようやく他の娘たちもふぎゃっ、とか言いながらアワアワと並び直すと揃って答礼した。



  ***



 テーブルには、紅茶ダージリンが淹れられていた。ふわりと湯気が立ち上り、一番摘み茶葉ファーストフラッシュの豊潤な香りが辺りに漂う。

 比較的大きめの白いソファの片側に士郎たち。それをコの字に囲むように、少女たちも思い思いにソファに腰かけていた。みな一様にその瞳は青白い光を放っている。


「へぇー、てことはぁ、みんなのことはオメガちゃん、って呼べばいいのかなぁ?」


各務原かがみはらが絶好調である。


「いえ……オメガというのはある種の集合体を示す呼称です。例えば我が軍の特殊作戦群SOFのことを通称タケミカヅチ、と呼びならわすようなものです」


薄桃色の髪を緩いツインテールにした委員長が答える。


「てことは部隊の名称、ということなんですか」


香坂上等兵が訊ねる。


「部隊名……というのとは少しニュアンスが違うと思う……私たちそのものがオメガ、と呼ばれている」


黒髪ぱっつんが横から助け舟を出す。


「オメガというのは汚染地帯PAZに出没して人を襲う妖怪だってばあちゃんから子供の頃に聞いてたんですが」


田渕軍曹が少し申し訳なさそうに口を挟む。


「ま、妖怪っちゃあ妖怪みたいなもんだよね! ふひ!」


青髪ゆるふわショート――先ほどの騒動の元凶の娘だ――が楽しそうに言葉を継ぐ。


「というか、さきほどは皆さんお名前を呼び合っていたように聴こえたんですが」


士郎が割って入った。



(次回第12話「碧眼の少女たち」は 12/5 昼12:05の更新です)

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