第10話 男子禁制

 その日の夕方、士郎たち四名の小隊員たちは揃ってオメガの隊舎を訪れた。


 最前線とはいえ、テントのような心許ない造りではなく、いくつものブロック状のコンパートメントを合体させた、月面基地でも用いられているような〈七七式野戦兵舎〔改〕〉である。

 この国防軍正式採用の建築装備は、地形や気候、人数、作戦内容によって自由にブロックパーツを組み替え、あっという間に快適な拠点を野外に組み立てることができる代物だ。気密性も高く、汚染地域での運用にも定評がある。おまけに装甲もそこそこ分厚くて、迫撃砲弾くらいなら傷一つつかない程度には頑丈に出来ていた。

 さすが秘匿部隊だけあって、軍機そのものと言っていいオメガたちを衆人に晒すような野営地は作っていないようだ。

 士郎は、OD色オリーブドラブに塗装されたオメガ隊舎の入り口で、立番をしていた歩哨に来訪の旨を伝える。


「少佐から伺っております」


 歩哨はそう答えると、ニッコリ笑って入り口のロックを開いた。プシュッと、密閉された室内の気圧が抜ける音がする。その様子に、左腕を首から吊るしている香坂がぼそりと呟いた。


「なーんか、彼女たち監禁されているみたいですねぇ」


 言外に「可哀そう」というニュアンスを込めていたのが伝わったのか、歩哨が語りかけた。


「いえいえ、もともとここは男子禁制ですから許可がないと男性隊員は入れないのです。前線部隊には少々刺激が強いと思いますよ」



 歩哨の言葉が嘘でないことは、この後あっという間に分かることとなる。


 士郎たちが神妙な面持ちで――各務原かがみはらだけは何故か紅潮した顔で――ゲートをくぐり抜け、隊舎のエントランスに入った途端、何かがぽんっ……と田渕の頭部にぶつかって、ぺとりと足許に転がり落ちた。

 皆が思わず何だとばかりに覗き込む。


――パンダのぬいぐるみだった。


 途端にエントランスの向こうから、賑やかな声が聞こえてくる。


「もーっ!ゆずちゃんッ! ヒドいですーっ」

「まって、まって! 悪気はないんだよ! わざとじゃないんだよぅ!」

「大事に取ってたのですーっ!」


 するとエントランスから続く奥の居住ブロックと思しき出入口から、次から次へと、クッションやらうさぎのぬいぐるみやら、なんやらかんやらがぽんぽんぽんと飛び出てきた。


「ぷーりーんー!」

「わーかった! 分かったってばぁ!」

「ちょっとッ! いい加減にしなさいよね二人とも!」


別の声が聞こえてくる。


「わーん! くーちゃん怖いぃぃ」


 四人は、お互いの顔を見合わせながら、恐る恐る声のする方へにじり寄っていく。すると突然、誰かがきゃはははと笑いながら部屋から走り出てきた。

 ちょうど中を覗き込もうとしていた士郎と、出合い頭にドンっとぶつかる。


「ひゃうんっ!?」

「あたっっっ!」


そして当然ながら二人は絡まり合って廊下にひっくり返った。


「いってててて」


 下敷きになった士郎がうめき声をあげる。

 上にのしかかっていたのは、短めの青い髪がふわりと絡まり、毛先がくるんと跳ねあがった、華奢な少女。

 ぷくっとお餅のように膨らんだ頬がちょっぴり上気して薄桃色に染まっていた。肩がゆるっと露わになっただぶだぶの白いカットソーを着て、デニムのショートパンツ、そしてまごうことなき生足という出で立ちである。


「こっ! これは……!」


 各務原が、何だかよくわからないけど良いもん見た、という顔で思わずうなる。


「えっ? 誰っ?」


青髪少女が士郎を見下ろし思わず口にする。


「あっ……えっ……と」


 士郎が思わず口ごもって、何かを言いかけようとしている間に少女がさらに視線を回りに巡らす。

 と、鼻の下を伸ばした各務原と目が合う。


その途端。


「ぎゃぁあ~~!痴漢がいる~!」

「えッ!?」

「なにッ!?」


 部屋の中から次々に警戒の声が上がったかと思うと、どやどやどやと少女たちが部屋から飛び出してくる。


「あっ……!」


銀髪の少女が四人を見て小さな声を上げた。



(次回第11話「女子の言い分」は 12/4 夜21:35の更新です)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る