第2章 異形

第8話 実験小隊

 「オメガ……ですか」


 石動士郎は直立不動のまま、向かいに座る四ノ宮少佐の言葉に反応した。天井こそ低いものの、最前線の前哨基地らしく無駄なものが一切排されたその六畳ほどの小さな部屋には、高級将校の執務室に相応しく小ぎれいに整頓された事務机が真ん中に一つ。

 その向こうに腰かけた女性将校は、陸軍の第一種野戦軍装を一ミリの隙もなく着こなしており、胸に着用した数々の略綬が歴戦の従軍を雄弁に物語っていた。頭髪はキッチリとまとめられて頭の後ろにひっつめてあり、銀装飾のマジェステが大人の女性の色香をほのかに漂わせている。


「そうだ。貴様も聞いたことくらいはあるだろう」


 そう言って四ノ宮は、その知的な風貌を印象付ける眼鏡リムレスを軽く指で持ち上げた。

 レンズの奥のとび色の瞳が、士郎の視線を捉え続けている。

 今どき眼鏡なんて珍しいな……と少しだけ意識が彼女の顔に吸い寄せられる。視力再生手術は、高校の卒業記念でほとんどの子が受けてしまう手軽な日帰り手術デイ・サージェリーだ。

 ということはこの眼鏡は伊達なんだろうか。士郎はどうでもいいことをつい考えてしまう。


「もちろん、聞いたことくらいはあります。しかし、オメガが実在するというのはにわかには信じがたく……」


 士郎の知っている「オメガ」というのは、放射能で立ち入り禁止区域になり廃墟となった街に出没するという、幽霊や妖怪の類の噂話フー・ファイターだ。目が赤く光って、都市域外偵察隊ドギーバッグの隊員を不意に襲うという。


 四ノ宮が椅子からカタンと立ち上がって、机の前に回り込んでくる。そのまま士郎の鼻先に立ちはだかるように正対した。フローラルの香りが密かに鼻腔をくすぐる。


「オメガは化け物でも何でもない。昨日貴様たちを救出したのが、そのオメガだ」



 士郎たちの小隊が壊滅の憂き目に遭ったのは、一昨日のことであった。

 受け持ち区域の単なる巡回パトロールだった筈が、見事にテロリストたちの武器集積場所を引き当ててしまい、そのまま集落全体との激しい銃撃戦に発展。

 僅か30名の小隊は、俄かに数百人からなるテロリストの武装集団から攻撃を受ける緊急事態コード・レッドとなり、結果的に生き残ったのは士郎を含めてたったの四名。

 しかも、戦闘の終盤には、軍用犬のような獣をけしかけられ、嬲り殺しに遭ったのである。

 そこに現れたのが、今四ノ宮少佐が語った「オメガ」と呼ばれる少女たちだ。僅か六名のオメガは、士郎たちが散々いたぶられたテロリストたちを文字通り瞬殺して窮地を救い、辛うじて助け出された士郎たちは数時間後に現場に飛来した友軍の垂直離着陸VTOL強襲降下艇に収容され、その日のうちにこの野営地に運び込まれたのである。

 幸い、生き残った四名はそれほど大きな怪我もなく――香坂上等兵だけは左手の親指を吹き飛ばされて昨夜のうちに再生手術を受けていたが――今はオメガが連れてきてくれたこの部隊で休養を与えられている。

 士郎は、救助された部隊の指揮官ということで今こうして呼び出され、事の顛末を報告しているところであった。



 少佐の説明によると、この部隊は「オメガ」たち六名とそれを指揮する四ノ宮少佐、および副官の新見少尉――この人も女性だ――からなる「オメガ実験小隊」と称する少数遊撃隊と、それを補佐する一個機動小隊――これは航空機なども運用する一種の支援部隊だ――、そして随伴する40名ほどの技術吏員からなる「特命中隊」ということだった。

 まだ実戦配備するには様々な不確定要素があるということで、戦闘実験を繰り返しているのだという。


 小隊の指揮官が「少佐」というのは聞いたことがなかったし、副官も含めて全員女性、というのも少々違和感があったが、助けられた立場としてはそんなことを質問するわけにもいかない。


「まぁ、せっかく拾われた命だ。傷が癒えるまでゆっくりするといい」

「はッ!恐縮です……しかし、あの」


 士郎が言い淀んだのを察して四ノ宮が言葉を被せる。


「あー、貴様の師団には私から報告しておいた。石動小隊はこのままウチが貰い受ける」

「はッ!……は?」



(次回第9話「口封じ」は12/3 夜21:35の更新です)

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