第6話 銀髪の戦乙女
かまいたちのような疾風が四人の周囲を轟然と吹き抜けた。
刹那――。
ビシッ、ビシッ、と士郎たちの全周から何かを切り裂く音が聞こえたかと思うと、ピンク色の
次の瞬間、ドシャドシャと何かが次々に崩れ落ちる音が聞こえ、ひゃいんッ、という動物の悲鳴が幾つも周囲から聞こえてきた。
田渕は思わず手を止め、自分たちの周囲に目を凝らす。士郎も慌てて後ろを振り返り、思わず「えっ」と声を上げた。
そこには……。
今まで自分たちを取り囲んでいた数十匹の獣たちが、消えていた。
いや――消えたのではなく、黒い塊が周囲の地面全周に無造作に崩れ落ちていたのだ。首無し死体となって。赤黒い肉の塊となって。
先ほどのピンク色の
討ち漏らした一匹が――まだその首は繋がっている――弾けるように身を
全員の視線がその獣に集中する。
するとそれを追うように何かが上空から急降下してきて、獣の胴体を尻から頭部にかけて「縦に」切り裂いた。
まるでどこかの大学の動物学実験室の標本のように、その断面が露わになった。肉塊は内臓を噴きこぼしながら綺麗に左右に分割され、それぞれ頼りなさげに二、三歩前に進んだかと思うとドゥと倒れ込んで、そのまま動かなくなった。
疾風迅雷――。
その光景には、まさしくそんな言葉が
四つか五つの、いや――六つか――強い意思を持ったその何かは、今やあちらこちらで獣たちを追い詰め、狩り、玩具のように
「……女……!? いや――少女です!」
田渕が目を見開いて疾風たちを追う。
そう――。それはまさしく少女たちであった。
殺戮の合間に、一瞬だけ立ち止まり、次の獲物を見つけるとまた残像だけ遺して瞬間的に視界から消える。だが士郎は間違いなく彼女たちの姿を捉えた。
「おぉー……」
香坂が、
ある少女は白銀の長髪をなびかせ、その引き締まった体躯と長い手脚は、陸軍の特殊部隊仕様を思わせる漆黒の防爆スーツに一部の隙も無く覆われていた。
更に、首周りから肩、胸にかけては、中世ヨーロッパの騎士を思わせる鎧のような
腰回りにいくつか取り付けられたさまざまな種類のホルスターやガンベルトが、彼女の細身のウエストと強烈な対比を見せる。
両手には、それぞれ黒色にコーティングされた幅広の長剣が握られており、その刃からは既に血祭りにあげた獣たちの赤黒い体液がボタボタと滴っていた。
それはまるで、しなやかな捕食生物。
白磁の人形を思わせるその端正な顔立ちは、しかし今や返り血を浴びて鬼の形相のようであった。少女がふと士郎を見つめる。
その瞳は碧眼――いや、瞳全体が青白く発光しており――士郎と目が合ったことに気付くと、瞬間、凄惨な笑みを送ってよこした。
獣があらかた片付くと、少女たちの次の獲物は人間だった。
先ほどまで少し先に身を屈めて、獣が人間を狩る殺戮の光景を他人事のように傍観していた敵兵たちは、今や何が起きたのかまったく理解できておらず、パニックに陥って大混乱の只中にあった。
ある者は無防備に立ち上がった瞬間、疾風のように現れた一人の少女に頭を鷲掴みにされ、まるで卵を握り潰すかのようにいとも簡単に頭蓋を砕かれ、脳漿を辺りにぶちまけた。
またある者は、手に持ったライフルを気が狂ったように辺り一面に乱射してみせたが、一瞬にして後背部に回り込んだ別の少女によって喉を掻き切られ、頭部をもぎ取られた。
その様子に、敵兵たちがわれ先にと逃げ出す。
だが、更に別の少女がすかさず彼らの後方に仁王立ちになり、その腕を突き出したかと思うと、十数メートル先をてんでバラバラに
狩る者が、狩られる者になった。
辺りには、血と肉片と汚物が混ざり合った、濃密な臭気が漂った。
あれほど村全体が暴風のように襲い掛かってきていたのが信じられないくらい、今は断末魔の悲鳴と、泣き叫ぶ声と、
やがてその音も消える。集落には、静寂が戻った。
(次回第7話「邂逅」は12/2 夜20:05の更新です)
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