第4話 白兵戦用意
「小隊長はよくやったと思います」
それは、息子と言ってもいいくらい歳が離れた士郎に、歴戦の兵士である田渕が最期に贈ろうとした賛辞であった。
「少尉」というのは、この時代〈消耗品〉である。大抵は士官学校を卒業してすぐ最前線に送られ、右も左も分からぬうちに熾烈な戦闘を指揮する羽目になる。士郎もご多分に漏れず、ここであっけなく散華するのだ。
それでも、テロリストの何人かはこの手で
「軍曹、こちらこそ感謝します! でもまだ負け戦と決まったわけじゃないですから!」
そう言うと士郎はインカム越しにまだ生き残っている小隊員たちを怒鳴りつけた。
『こちら小隊長! いいか! 増援は必ず来る! 最後まで気合入れろッ!』
一瞬のち、インカム越しに兵士たちが雄叫びを上げた。
『うぉぉぉぉおおおっっ!』
田渕は、石動士郎がこの瞬間、本物の兵士になったことを確信した。
「……俺ももうひと踏ん張りってか」ヘルメットの下に指を入れ、頭を掻きながら独りごちる。
軍曹の合図で二班付きのガトリングガンが火を噴くと同時に、一班が脱兎のごとく後退を始めた。
士郎はライフルの切り替え
とはいえ一瞬にしてガトリングガンが全弾撃ち尽くすと、敵が一斉に起き上がってこちらに飛びかかろうとする。
それでも7.5秒は貴重な時間稼ぎになり、一班のほとんどの兵が二班の数メートル前方まで位置を下げることが出来た。
「白兵戦よーいッ!」
士郎が声を張り上げる。
「着剣ッ!」
もはや携行ライフルの弾は全員撃ち尽くし、飛び道具は拳銃弾しか残っていない。それでもなお、最期の一兵まで戦い抜くために、全員ライフルの銃口に銃剣を装着した。
降伏する気なんてさらさらなかった。仮に白旗を上げたところで、テロリストたちは自分たちを捕虜としては扱ってくれないだろう。だったら、最期は生身の肉弾戦闘を行うしかない。
石器時代から人間という種が何万年も繰り返してきた、最もシンプルで残虐な、命の奪い合いだ。そこに理性は必要ない。生存本能の赴くまま、殺戮本能の赴くまま、敵を突き刺し、殴り、
こちらからの銃撃がほぼ途絶えたのをいいことに、敵は10メートルほど前方まで迫っていた。各自遮蔽物に身を隠し、敵兵が目の前まで忍び寄ってくるのを待ち構える。
こちらの懐に入ってきたら、内蔵を抉り出してやる。アドレナリンが暴発し、全身の血管が破裂しそうな程膨れ上がり、身体中の毛穴という毛穴から、殺意を噴出する。
――だが。
それっきり、敵兵はその場を動こうとしなかった。
なんだ……!?
少しだけ離れた位置に陣取って崩れた煉瓦の山に身を隠している田渕が、怪訝そうに士郎に視線を送ってくる。
士郎もかぶりを振って(分からない)というリアクションを返す。
その時だった――。
低く、太く、凶暴な唸り声が、敵のいる辺りから聞こえてきた。その声は次第にあちこちから聞こえてきて、やがて無数の悪魔が詠唱しているかのようにドス黒い共鳴を始める。
動物だ。――しかも数十匹の群れだ。
(次回第5話「殺戮の宴」は12/1 夜20:05の更新です)
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