第1章 邂逅

第1話 終わりの始まり

 新任の小隊長として石動士郎が大陸に着任したのは、ほんの二週間ほど前のことであった。士官学校を卒業し、国防の使命に燃えた若き陸軍将校は、念願叶って最前線の軽装機動歩兵師団に配属が決まったことを、心から感謝していた。


 東京五輪が終わってまもなく、大陸は混乱と混沌の渦に巻き込まれ、既に70年近くが経過していた。21世紀初頭から新興の経済大国として急速に国力を膨張させていたアジアの巨竜は、些細な行き違いから西側の盟主たる超大国と一戦を交えることとなり、その後主戦派と和平派に分裂して泥沼の内戦に陥ったのである。

 勿論それは当事者たちが主体的に選択した末の道筋ではない。かの超大国を始めとした様々な利害関係国ステークホルダーが国益をむさぼるために、ありとあらゆる諜報機関と組織を駆使して巧みに誘導した成果であった。


 大陸での内戦は、ついに戦術核CJ10を使用する狂気の事態となり、事態はますます混迷の度を深めていった。だが、それすらも今から考えると何らかの政治的思惑がうごめいていたのかもしれない。

 放射能に汚染された大気が偏西風に乗って惰眠をむさぼる隣国に流れ込んでくると、それまで十数年に亘って愛国主義をネットメディアで温めていた平和主義国家は、世論の盛り上がりを背景に大陸の内戦に干渉する多国籍軍への参加をついに決断。およそ80年ぶりに日章旗が大陸の土を踏むこととなった。


 いっぽうで、こうした大陸の大混乱に乗じ、長らく分断国家として東アジアの不安定要因と化していた半島の同族国家が、電撃的な統一を果たすという事態も起こっていた。しかも、南側の親北派の謀略により、その統一は北の全体国家が南側を吸収するという最悪の形で。

 すると超大国はそれがまるであらかじめ計画されていた事態であったかのように速やかに南から撤兵し、突然生まれた力の空白は、新興国家としてまがりなりにも繁栄を謳歌していたこの国をあっという間に崩壊に導いた。


 当然、南側の住民の大多数はあらゆる手段でそこから脱出しようと画策したが、多くの周辺諸国は大量の難民による国内の混乱を恐れ、国境を封鎖した。

 我が国も例外ではなく、半島周辺海域を完全に海上封鎖して逃げてきた難民を一網打尽に拿捕・拘束し、これを封じ込めたのである。


 それでも災難を防ぐことはできなかった。

 少数の武装集団が厳重な警戒を突破して密かに国内へ侵入。潜伏していた偽装工作員スリーパーと呼応して新潟県にある柏崎刈羽原子力発電所を占拠し炉心溶融メルトダウンさせるという最悪の原発テロを引き起こす。


 死者三万人。国内世論は沸騰し、政府は自衛権の行使を宣言して統一直後の半島を攻撃。半年かけてこれを完全に無力化。


 これを機に我が国は憲法を改正。正式に「国防軍」を保持するに至る――。



 石動士郎が最前線を希望したのは、国家への忠誠や軍人としての使命感もさることながら、もっとシンプルな理由だった。「かたき討ち」である。


 子どもの頃、放射能に汚染されて立ち入りが固く禁じられていた区域につながる緩衝地帯UPZの外れに住んでいた士郎の家族は、士郎がまだ十代の頃、次々に甲状腺異常や白血病に侵され、命を落としたのである。

 もちろん士郎の家族だけではなく、多くの人々が同じ運命を辿っていた。


 原発テロで直接亡くなったのは三万人だが、その後数十年に亘って、数百万の人々が悪性の病魔と闘い、力尽きていったのである。

 その中には、仲の良い友達も勿論いたし、ちょっと好きだった女の子も、ある時から学校に来なくなり、やがて教室の机の上に花が飾られていたことを思い出す。


 士郎は、そうしたことの原因を作った奴らを心の底から憎んだし、出来ることならこの手で復讐してやりたいと、気が狂いそうになるほど思い詰めたものであった。

 そして、そんな風に思っていた若者は、士郎の他にも溢れかえっており、国防軍に入るという選択肢は、この時代の高校生男子の進路としては最もメジャーなものの一つであった。

 幸い士郎は勉強も良く出来たし、運動部の主将も務めていたくらいだから、士官学校を目指すのは自然な流れであった。


(次回第2話「KIA」は11/30 朝8:05の更新です)

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