ゲノムの聖痕

悠月 奏

プロローグ

 男の頭蓋は、不器用な陶芸家が造形に失敗して途中で製作を諦めたかのような、不思議で奇妙なかたちにひしゃげていた。本来であれば半球状に滑らかに頭頂部を形成してあるべきだった部分は無残に吹き飛び、ポッカリと大穴が穿うがたれていた。その開放部の縁は不規則な鋸状に無理やりねじ切られていて、それはまるでビーフシチューに浮かんだ小さな白いマシュマロのようにも見え、どこか現実感を喪失していた。


 男は絶命していた。さっきまで怒鳴り散らしていたその口はだらしなく半開きになり、唇の端から大量の体液が流れ出していた。液体はヌメヌメと光っていて糸を曳いており、その十数センチ上の頭蓋の縁から流れ出た灰白色の肉片と赤黒い血液が混ぜこぜになって顎の下にボトボトと際限なく滴り落ちていた。


 石動いするぎ士郎しろうは、変わり果てた部下の隣で、今のところ遮蔽物となっている崩れかけた石壁に必死で背中を押し付け、地面にへたり込んでいた。そうしている間にも、次々に飛んでくる跳弾や爆発に伴う石つぶて、細かい硝子ガラスの破片が顔のすぐ傍を凄まじい勢いでかすめていく。どこか近くで、自動車が鉄柱に全速でぶつかったような破壊音が再び轟いた。同時に地面がビリビリと震えて士郎の尻を真下から突き上げ、内臓を鷲掴みにして上下に激しく揺らす。

 白煙が士郎の視界をまたもや完全にさえぎった。眼球と鼻腔に無数の粉塵が吹き込んで呼吸を完全に妨げる。心臓が早鐘のようにビクビクと波打って、もはや自分の生理反応を制御するのは不可能であった。


『――小隊長! 小隊ちょ……指示……せん!……』


 耳許で無線機が途切れ途切れに自分を呼んでいるのが辛うじて聞こえてきた。空雑混じりの悲鳴に近いその声は、いったい誰だっただろうか。右側面から削岩機のような重い連射音が響いたせいで、無線機の声がき消される。


「RPGッ――!」


 さっきとは別の方角から絶叫が響き、士郎は思わず身体を横向きに臥せ、必死に目をつぶる。同時に両腕で後頭部を抱え込もうとしたが、肩から吊り下げていたライフルの肩紐スリングに右腕が引っかかり、防爆動作がほんの一瞬遅れる。

瞬間――。


 激しい爆発音と衝撃、飛び散る粉塵に全身を貫かれたかと思うと、左右の鼓膜が物凄い勢いで圧迫され、眼球が内側から飛び出そうになるほどの圧力で聴力が完全に喪失した。胸が押し潰され、肺の中の空気が無理やりすべて押し出される。鼻腔の奥にドロリとした何かが溢れ出し、錯乱した三半規管が士郎の意識を螺旋らせんの奥へと引きずり込もうとしていた。


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