第38話 旧友

 ——南部フェリスタホテル10階信条しんじょうの部屋

小野目おのめ先生に同伴していた、式神兵からの通信が途絶……」


 志木しきにとって現場で何が起こっているのか、何故式神兵がやられたのかも分からなかった。

 今、志木しきには情けない結果で惨めな気持ちに陥っていた。

 自分は強い、負けるはずがない、自分は天才だ、など表には出さないが心の奥底にしまってある感情その積み重ねられた自信が彼女を強くしていたのであろう、だが今の現状その強さの塊は脆く崩れ落ちるかの様に志木しきを苦しめていた。


「……もう、無理だよ」


 初めて志木しきが見せた弱音であった。

 その弱い心に反応したのか、ホテル四方に放った式神兵は動きを止める。


 するとガチャっと部屋のドアが開く、「……見つけた」っと呼吸を乱し部屋に入って来たのは宇多うたであった。


宇多うたちゃん……えっどうしたのそんな血だらけで……」


「これは……気にしないで下さい、そんな事より今の現状教えて下さい……それと1つお願いがあります」




 ——場所は変わり滋賀第1支部。

 小野目おのめの拳銃から放たれた銃弾は足元のコンクリートに撃ち込まれていた。


「ツッ……」


 拳銃を持つ小野目おのめの右手は手首から折られており、だが幸い頭に撃ち込まれ死ぬことは避けられたのである。

 小野目おのめ自身何故右手首が折れているのか見当が無かったが、きっと目の前にいる人物がしたのだろうと思えた。


 今、小野目おのめの目の前には何処からどうやって現れたのか、フードで顔を隠し全身を白いコートで身を隠す人物が立っていた。


 白コートは小野目おのめに向い丁寧な口調で話しかけてくる。

「すみません、ギリギリな状況だったので骨を折り半ば強引に下に向けるしか思いつきませんでした」

 白コートの声は少し幼さを残した男の声であり身長から見て10代半ばぐらいであろうと小野目おのめは感じていた。


「……誰だお前」


「誰だと思います?」

 御殿場ごてんばは予想外な出来事に驚きはしていた様であったが、すぐ体制を整え両手を広げ白コートの周りに糸を拡散させる。


「誰だか知らねぇが、俺らの邪魔をするなら始末するまで!」


「うーん、とりあえずは……まず」

 白コートはそう言うと小野目おのめの周りを手刀で空を切るとその瞬間、小野目おのめの身体に締め付けられていた糸が解けていく。


「なっ……俺の糸を……」


 御殿場ごてんばに少しのスキが生じた事に白コートは見逃さず、身軽になった小野目おのめを抱え、走り出し支部脇に木々が生い茂る林の中に身を隠す。


「くそっ! なんて逃げ足が速いんだ」

 追おうとする御殿場ごてんば楠那くすなが止める。


「放っておきましょう、今の最優先事項は比叡山に住む……いや狩籠かりごめの丘に封印されている魔に蝕まれた妖、大天狗だいてんぐ次郎坊じろうぼうその細胞ですよ」


 楠那くすな御殿場ごてんばは作戦を優先し支部を後にする——。


「ふぅ……どうにか行ったみたいですね」


「助けてくれたことは感謝してる、けど貴方は一体……何が目的で」


 すると白コートはフードを外すと切れ長な眼と真っ白な長い髪をした好青年。


「そうですね……急で混乱するかもしれませんが俺が貴方達……陰陽道に協力してあげます、けどそれには条件が1つあります」

 得体のしれない男の微笑んだ顔は何を考えているのか読めず少し恐ろしく感じ、小野目おのめは息を飲む。


「俺を特待生として陰陽道関東高校に入学させて下さい」


 想像していなかった要求に小野目おのめは言葉に詰まる。


「どっ……どういうこと」


「まぁ説明は必要ですね……っとその前に」


 男はその場に落ちていた木の枝を2本拾い、折れた小野目おのめの右腕にあてがいコートの中に入っていたハンカチで結び簡易的なギブスを作る。


義理母ははに口うるさくハンカチ、ティッシュを持つ様に言われてましてね結構頑固なんですよ……ねぇ、お姉さんは不死身の元人間の鬼って信じますか?」


 小野目おのめの瞳孔が広がる。


「その反応……何となくでしたが、やっぱり知ってましたか……呪いを受けたその人物の名前は伏……」


 ガチャ

 小野目おのめは素早く左手で右腿のショルダーに収まる拳銃を抜き取り男の額に銃口を向ける。


「あっ……えっと、落ち着いて下さい」

 男は額に銃口を向けられてもなお冷静に話を続けていく。


「すみません、色々と話を吹っ飛ばして喋ってましたね……、えっと順に話します」


 男が陰陽道関東高校に入学する理由……

「まず、あやかしの存在は信じますか? 俺は1年前に日常や家族を全てに失い路頭に迷っていた所を1人のあやかしが助けててくれたんです」


 男を拾い、義理の母として育てたあやかしの名を猫又ねこまた


「あっ猫又ねこまたって言っても見た目は何処にでもいる人間と同じですよ……義理母ははの仕事はスーパーのパート……お金余裕無いのにですよ得体のしれないボロボロの俺を拾って育ててくれたんですよ」


 男の額に銃口を向ける小野目おのめの上げられた左腕はゆっくりと下げられていた。


「それで恩返しをしたいと思い、お金になる陰陽道になる為に陰陽道高校に学費のかからない特待生として入学したいな! っと思いまして」


 小野目おのめは溜息を1つ。


「まぁ……わかったわ、それともう1つ……何で関東高校でないといけない理由はなに?」


「そうですね、話を最初に戻しますね……元人間の不死身の鬼……伏見ふしみ あきらですよね?」


「……えぇ、これは一部の人間しか知らない筈だけど」


「まぁ、今のはだろうなと言う予想ですよ……、実はあきらとは中学の時の同級生なんですよ」


「まさか……!」

 今小野目おのめの予想を遥かに上回る結果、現状を目の当たりにし、男の話を全て理解することが出来た。

 目の前の男の額中心から鋭く尖った湾曲の白く輝く鬼の角が額を割るように伸びてきたのであった。


「……貴方の事は信用していいのね?」


「勿論です」


「わかった、関東最高責任者に私から推薦しておくわ……それと最後貴方の名前は」






「名前は流川るかわ 充彦みつひこっていいます。

 これから宜しくお願いします、先生」







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