第33話 暗影

 6月15日15時00分

 ガチャと滋賀第1支部内にある医務室の扉が開き、「失礼しました」っと宇海うみが出てくる。

 宇海うみは下を向き感情を無くしたかの様な顔で廊下をコツ……コツ……とゆっくり歩き出す。


「おっ宇海うみ君治ったんだね〜」


かしわ……と天音あまねも一緒か、そういえば試合の結果はどうなった……」


「引き分けだよ、引き分け! でもまぁ負けなかっただけいいんじゃね?

 まぁ賭けには負けちゃったけどねー」


 その柏の言葉に天音あまねは疑問を抱く。


「賭け……? 2人共それはどういう意味ですか……」

 宇海うみは口をつぐみ何も言葉を発することが出来なかった。


「僕達さー関東高の女の子を1日奴隷にしたくてさーこの試合の勝敗で賭けてたんだよね」


 かしわは賭け事を隠そうとはせず、逆に冗舌に淡々と事実を話し続けた。


「何言っているんだ! かしわ!」っと口元を右手で塞ぎ握り絞める。


「痛い痛い、痛いよー宇海うみ君、何言ってるんだって……」

 かしわニヤっと笑い。

「だって全て本当の事じゃないか」


 ギュッっと心臓を握り締められる感覚陥っていた、宇海うみにとって今のかしわは何処か別人の様に感じ、額からは冷や汗が顔を滴り落ちる。


 するとその話を聞いていた天音あまねは始め怒りで握り絞めていた拳が解け、身体中が脱力したかの様であった、そして天音あまね宇海うみに向け無表情のままボソボソと話し出す。

「……チーム皆んなの為とか言って、結局は私達は貴方の私利私欲の為使われたに過ぎないんだね……」


 その言葉に宇海うみは激情し、本性があらわになる。

「あっ……当たり前だろ! 俺の成績、今後の出世にお前ら下の人間を使って何が悪い! お前らは俺に使われて無かったらここまで来れなかった筈だ!」


 その言葉に天音あまねは返す気力も無く只々下を向いて涙を流していた。


「あーあ宇海うみ君言い過ぎたよ〜、……フフッ試合で宇多うたちゃん、あきら君に無様に負けた癖にさぁ」


 宇海うみはギリッギリッと廊下に響くほどの歯ぎしりの後、かしわの右頬を殴り飛ばす。

「痛ッ……フフッ宇海うみの本性は不良さんでしたね〜」


 かしわの言葉に何も返すことなく、また廊下をコツ……コツ……と歩き出す、誰の顔も見ない様に下を向きながら……。


 するとブブブッとかしわのスマホが鳴る。

「ごめん天音あまねちゃん俺もちょっと用出来たから」っと言い宇海うみとは逆の方向に歩き出す。

 天音あまね何も出来なかった自分に、好意を持っていた宇海うみに騙されたこと、色んな事が重なりその場でしゃがみ込み泣く事しか出来なかった……。


 ——周りに誰もいない通路でかしわは誰かと連絡をとっていた。

『了解、それじゃあ俺らも行動始めるわ』


「はい、よろしくでーす」


『やぼな事聞くが、本当に良いのか? 仲よかったんだろ?』


「何言っているんですかーあれにそんな感情はありませんよフフッ」


『お前本当に恐ろしい奴だな……まぁ分かった、じゃあまた後でな』

 プーップーッ


「あぁ楽しみだなぁ」

 かしわはスマホを握り締め、満面の笑みで笑っていた。




 ——18時03分生徒達はホテルに戻る為のバスへ乗り込んでいく。


「ちょっと早くバスに乗りなさい、土御門つちみかど君」


 すると宇海うみはバスとは反対方向を向き。

矢柄やがら先生……俺歩いて帰るよ、帰り道知っているし」


「何言ってるんですか! これからまた雨が強くなるんですよ、傘も無しにずぶ濡れで帰るつもりですか」


「あぁ、そのつもり……」っと宇海うみは歩き出す。


「ちょっと待ちなさい!」

 するとかしわ宇海うみを追おうとする先生を止め。

「まぁまぁ矢柄やがら先生、宇海うみ君が自分で歩きたいって言ってるんですから良いじゃないですか」


「陰陽道の基本は団体行動! そんな自分勝手は許せません!」


「先生……良いじゃないですか」っとかしわは左人差し指をクンッと折り曲げると、矢柄やがらは性格が変わったかの様に。

「そっ……そうね、土御門つちみかど君の事は置いて私達は先バスでホテルに戻りましょう、土御門つちみかど君の事です、きっと何かあるのでしょう」


「そうですよ……先生」


 そしてバスは出発する——。




 18時40分次第に雨、風が強くなっていき、大量の雨水が宇海うみの身体を打ち付ける。


 靴の中にも雨水が浸水しており、ベチャッベチャッっと音をだしながら一歩一歩、歩き続ける。


宇多うたちゃん、あきら君に無様に負けた癖にさ』

 かしわが放った言葉が脳裏から離れず、思い出すたび色んな感情が宇海うみを襲う。


「くそっ! くそっっ!!」

 宇海うみは頭を抱えてしゃがみ込み、「消えろ、消えろ、消えろよ!」と叫び続けていた。


「おやおや、こんな所でどうしました? 風邪をひいてしまいますよ」


 顔を上げると、目の前には全身を黒いレインコートで身を隠している、身体付きから見て男性が立っていた。

 男性はしゃがみ込み、宇海うみの顔にそっと手を添え。

「どうしたんだい、そんな酷い顔をして何か抱えている事があるなら私に話してみないか?」


「誰だ……お前、それに得体の知れない奴になぜ話さないといけない!」


「おー怖い、いやね知らない人だからこそどんな事でも言えるんだよ、多分だけどね君が今苦しみから解放出来る事それは心の中の感情をさらけだすことさ」


「……」

 それから宇海うみは何もかもさらけだす、嫉妬、怒り、悲しみ積もり積もった感情を気がすむまで叫び続けていく。


「おやおや、そうだね君は悪くない! 君は間違って無いさ妹の嫉妬は優しい君に向けられた周りの心無い大人の所為、チームの子達は分かって無いんだ君がいなくても強いと錯覚していまって……上の者が下の者を使うのは当たり前の筈なのにねぇ……」


「そうなんです……そうなんですよ、あいつら、あいつらが!!」


「どうだろ復讐っていうのはなんか違うと思うけど、皆んなに自分達の愚かさを分からせたいとは思わないかい?」


「どうやって……」


「簡単さこの注射器を腕に刺し体内に液体を流し込めば良いから」

 男はレインコートのポケットから赤い液体が入った注射器を取り出し、宇海うみの前に差し出す。


「これ……大丈夫なんですか?」


「大丈夫さ! この液体はね筋力が上がるだけではなく……なんと体内で魔力が作られ、君が欲しかった魔法が使える様になるんだ」


「魔力……がっ」

 今、宇海うみの視界にはその注射器しか見えていなかった。


「欲しいだろ?」


 宇海うみは躊躇していたのだが、いつの間にか右手がその注射器に手を伸ばしていた。


「身体は素直だね、いいよこれは君にプレゼントだ」


 男はその注射器を渡すと、立ち上がりその場から立ち去っていく。


「これがあれば……はぁ、はぁ」

 右腕を伸ばし注射器を構える、注射器を持つ左手は今更になり恐怖で震え出すが宇海うみ決心は揺るがないものとなっていた……。

「はぁ……はぁ……」——





 19時56分南部フェリスタホテル入り口ホール


「ごめんちょっと、遅いから途中まで迎えに行ってみます」っと天音あまねがレインコートを纏い宇海うみを心配し、暴風雨の中ホテルを出ようとしていた。


「あっ……危ないよ」


「そうだぜ天音あまねっち、別あいつの事なんかほっとけばいいさ」


「でも……ごめん」っと飛雲ひうん地行ちぎょうを振り切るように走り出しホテルから飛び出していく。


 入り口を出るとバスロータリーの端にかしわが腰を掛けており、天音あまねに対し。

天音あまねちゃん、宇海うみ君にあんな事言われたのに心配してあげるなんて優しーんだね、どんな事でも許せるこれが愛の力って奴かね?」


 天音あまねは顔が赤くなり。

「なっなっなんで、私が宇海うみの事好きだって……」


「いやいや、もう皆んな気づいてたから」


「そうでしたか……まぁそうですよ、あんな事言われても私は宇海うみを信じたいんです……昔から好きだったので」


「はいはい分かった、ほら早く迎いに行ってやんなよ」


 天音あまね恥ずかしさで顔を隠しながら走り出す——


 それから10分後

「あっ宇海うみー!」

 天音あまね宇海うみの姿を見つけ、手を振り駆け出す。


「あいつは……天音あまね……あぁぁぁ!」

 宇海うみはまた頭を抱えしゃがみ込む。


「どうしたの! 宇海うみ! 大丈夫なの宇海うみ!」


『うるさい、うるさい……お前なんか、お前なんか!!』


 ——お前なんかもう要らない——



 ザシュッという斬撃音と共に最初の犠牲者の首が飛ぶ。

 悲鳴、断末魔は雨の音にかき消され血液は雨で流せれていき、周りを血の池と化していた。


「痛くない……もう痛くない、人を殺したのに心が頭がスッとした感じだ最高だぁあいぁんああ……」


 その瞬間、宇海うみの身体はバキバキと骨が砕ける音と共に全身から血が流れ出す。

「あぁぁぁあいあぁぁー!」


 するとこの光景を先程の黒いレインコートの男が物陰に隠れ観察していた。

「あらら、やっぱり意識を保つのは無理でしたね、全身鬼化が始まりましたね……まぁいいでしょう、じゃあ次は戦闘実験に移りますか……伊豆いず殿、御殿場ごてんば殿……移動しますよ。

かしわ殿には私から連絡しておきます」

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