第18話 曇天

 ——時間は戻り滋賀県大津市


「おったおった、すまんなー待たせて、君ら関東高の生徒やろ?」


 僕たちの少し離れた所から目の前まで手を振り駆けてくる1人の男性。

 かなりのどぎつい関西弁にしては若く20代前半位だろうか。


「えらい待たせて悪かったな〜君ら関東高のAグループでええん……よな?」


「あっ……はい関東高の城内格闘戦キャッスルコンバットのAグループ総勢35名です」


「おっとっと! もしかして、自分……土御門つちみかど宇多うたちゃん」


 目を大きく広げ宇多うたの顔を覗き込む。


「えっ、あっ、はい……そうですが」


 宇多うたのその動揺した感じを見ると、宇多うた自身には覚えが無いらしい。


「やっぱ宇多うたちゃんか〜! まぁおっちゃんの事は覚えとるわけないよな〜、会ったのは14年も前やしな」


 その頃、宇多うたは2歳かそれは覚えてなくて当然だな。


「あの頃はな〜」


 どうしよういきなり語り始めたけど、聞いていた方が良いのだろうか?

 僕達駅前でずっと立たされているんだけど……


「あの頃おっちゃんは陰陽道の大阪支部に入りたての新人隊員でな、その頃に陰陽師としてのノウハウを叩き込んでくれはった先生が宇多うたちゃんのお父様、万象ばんしょうさんなんや、いや〜これは運命やな〜、その時に宇多うたちゃんと会ってるんやで」


 14年前が入りたての新人……30超えてるのか……。

 人は見た目では判断出来ないな……。


 それよりも気になったのは宇多うたが、お父さんの名前が出た時……なんだろう、一瞬感情を忘れた様な表情になっていた様な……気のせいだろうか。


 それから立ちっぱなしで10分が経過する。

 10分が経ってもなお、言葉が湯水の様に溢れてくる。

「あのー、そろそろホテル行きませんかー」


 遊馬あすま、空気は読めてない感じだけど助かった……。

 多分皆んな同じ気持ちだと思う。


「おっとそうやな、そうや紹介がまだやったな。

 陰陽道京都総本部所属、滋賀第1支部支部長の信条しんじょう 時政ときまさや、よろしくな〜」


 


——それから僕達はバスに乗り込み琵琶湖沿いを走る。


「ほれ、皆んな見てみぃ琵琶湖の真ん中辺りにでっかい建物立ってるやろ、あそこが君らが本番に戦う舞台や、やけど残念ながら今は立ち入り禁止! せやから訓練は滋賀第1支部にあるレプリカ城でやってもらうからな」


 確かに琵琶湖の真ん中にポツンと、けどかなりの存在と風流を醸し出す古城が建っていた。


「訓練は明日からやから、今日はホテルで長旅の疲れをとるとええよ、ホテルは後20分位で着くからもう少しの辛抱やで〜」


 その言葉を聞き皆んなは、気を張っていた肩の力を抜く。


宇多うたちゃん、隣ええ?」


「えーっと、はい……」

 とても偉い人ではあるんだけど、話を聞ける事は有難い事なのだろうが……正直一対一だときついものだろう。


「じゃあちょっと失礼、少しな……聞きたい事があんねん」

 先程までバス内に響きわたる声量で話していた人とは考えられない位、しんみりとした声で宇多うたに話かける。


「最近家族には会ってるんか?」


「……」

 口をつぐむ。


「そうか……なんか悪かったな、あぁ〜今の無しや! 宇多うたちゃんが家族には内緒で京都高じゃなく関東高に行った時正直何となく分かっとったのに意地悪い事言ったなスマン!」


「……いえ、いいんです」


「そうか……それでな、ほんま言いづらいんやけど、おっちゃんな滋賀第1支部での訓練者リストに目を通したんやけどな、宇多うたちゃんには先に言った方がいいと思ってることがあんねん」


「……何でしょうか?」


宇多うたちゃんの同じグループに宇多うたちゃんの双子の兄の宇海うみくんがおんねん……」


「——ッ!」

 宇多うたは今上手く声を出すことが出来なかった。

 強く握りしめた拳が小刻みに震えていた。


 宇多うたは恐怖から脳に染み付いた過去を思い出す。

 ——その日は忘れたくても、忘れられない。

 雲が空を覆い昼でも暗く人の穢れをあらわにする様な日だった……。


宇多うたは魔力が使える癖に弱いなー、こんな魔力もない僕に勝てた事が無いんだからね!』


 ガッと、宇多うたの綺麗に手入れされた髪を鷲掴み強引に引っ張り上げる。

『いっ痛い……』


『何でお前みたいな奴にお前だけが魔力を使えるんだよ! 弱い癖に……弱い癖に!』


 宇海うみは左足を振りかぶり、無防備な宇多うたの腹部を蹴り上げる……吐こうが、泣こうが何度も、何度でも



 痛い……痛いよ……何で私だけこんな目にあっているの……。

 助けて……助けてよ……お父さん、何でそこでただ見ているだけなの。


『——』


 離れていてよくは聞こえなかったが、口の動きで自分の父が何を呟いたのか分かった……分かってしまった。


【何故、宇多うたが選ばれてしまったのか……】


 人の父親からの言葉とは考えられない言葉に宇多うたは、何か大切な何かが無くなった様な気がした。

 それから高校になるまで虐待は続き、高校になり家を捨てた……。






「……ふぅ、ふぅ」


「大丈夫か……悪かった何か思い出させてしまったか……」


「大丈夫です……大丈夫ですよ、私はもうあの人達には屈しません。

 それにあの人達は知らないんです、私が強くなるために隠れて鍛錬してた事に、強くなった私の力に」




 一向バスはこれから一週間滞在する、南部フェリスタホテルに到着する。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る