映画館
スクランブル交差点は、はじめ人の波に押されるように進んで、中央に近づくにつれて四方八方から人が交錯するようになる。真っ直ぐ、目的の方向に進みたいんだけど、なかなか思うようには進めない。ぶつからないようにしていると、どうしても目的の方向からズレてくる。それでも、信号が点滅する頃になると、人も少なくなって、ようやく、思う方向に進むことができた。
時間にして1分弱。その間、必死にみゆきの手を握りしめて歩いた。みゆきも、しっかり握り返してくれながら、俺についてきてくれた。それが何より嬉しかった。
「すごい人だったね……」
「は、はい……」
率直な感想だった。何となく、みゆきの手を握り続けていることが申し訳なく思えて、俺は手を放した。
「あ……」
みゆきは、一瞬、悲しそうな顔をした気がした。それでも、すぐに笑顔になって俺に微笑みかけてくれた。
「修くん、ありがとうございました。心強かったです」
「い、いや……」
照れくさくて、みゆきの顔がまともに見られなかった。
「映画館は、確か、こっちだったはず」
俺は、この場の空気をごまかすように、映画館を目指すことにした。
「映画も混んでますかね?」
「あ、さっき、アプリで予約しといたから、混んでても大丈夫だよ」
「すごぉい、さすがですね」
こんなことでも、褒めてもらえるなんて、嬉しい限りだ。
「修くんは、できる男ですね」
「そんなことないよ」
でも、彼女がずっとそばにいて、いつも褒めてくれていたら、俺もできる男になれるかもしれない。そう思った。
「あ、ここだ」
「無事に着きましたね」
意外と簡単に映画館は見つかった。人気の映画だけあって、かなり混雑していた。座席は、端の方だけど、別に問題はない。
俺がチケットを購入したので、飲み物とポップコーンはみゆきが出してくれた。2人で並んで座って、ポップコーンを食べていると、館内が暗くなり、宣伝が流れ始めた。
映画の本編は、期待通りのできだった。前作よりもパワーアップして、面白かった。
途中、泣けるシーンでは、みゆきがグスグスと鼻をすすっていた。きっと、泣いていたんだろう。あまりに切なくなったのか、俺の方にもたれかかってきたりもした。
おかげで、後半部分は、全然、映画に集中できなかった。
上映が終わって、明るくなると、みゆきは大きく伸びをしていた。
「あぁ、面白かったぁ」
「そうだね。前作よりも良かったね」
「ですね!」
観客の出て行く流れが落ち着くまで、2人でシートに腰かけて話していた。
映画館を出ると、2人で近くのカフェに入った。
「やっぱり、アランゴルが怪しくなってきましたね」
みゆきは、自分の説が有力になってきたので、フフンと得意げになっている。
「いや、エルフの王子は、今回、影が薄かったけど、それだけに、怪しいとも言えるよ」
「エルフの王子は、旅に出ちゃいましたからね」
「ダークエルフになって、旅から戻ってくるかもよ」
「エェッ、それは驚きの展開ですね」
2人とも、『魔法王国物語』の話になると、止まらなくなる。色々な感想を言い合って、今後の展開を予想し合った。正解なんて、作者にしかわからないのに、それでもすごく楽しい。
気がつけば、映画の上映時間と同じ時間くらいをカフェで語り合っていた。
「あ、もうこんな時間だね」
「そうですね、そろそろ帰らなきゃ……」
みゆきの表情が、少しだけ寂しそうな色を帯びた気がした。
「修くん、また一緒に、映画に来てくれますか?」
「もちろんだよ!」
「エヘヘ、良かったぁ」
カフェを出て、駅へ向かう間、今度はどちらからともなく、自然と手を繋いだ。電車の中でも、ずっと繋いだまま放さなかった。
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