渋谷の圧力

 電車の中では、渋谷に着いたらどこに行こうとか、何を食べようとか話していたんだけど、いざ改札を出ると、2人とも渋谷の雰囲気に圧倒されていた。


 見上げるほどの高いビル。派手な服装の人たち。流れている空気さえ、俺たちが住んでる下町と呼ばれるエリアと違う気がする。


 特に、スクランブル交差点。あんなに大勢の人たちが、ぶつかりもせず、行きたい方向に渡れるなんて信じられない。きっと、どこかで練習してるんだろう。外国人観光客が写真を撮るのもうなづける。


 みゆきの方も、似たような感じで、普段からぱっちりしている目が、2割増しで大きくなっている。


「す、すごいね……」

「は、はい……」


 映画の時間までは、まだ3時間近くある。どこか適当なお店を探して、時間潰しをする予定だったけど、今はそんな心の余裕はない。

 しょうがないので、目に入ったマクドナルドでお茶をしながら、軽く何かを食べることにした。


 マクドナルドで向かい合って席に着くと、少し落ち着いた気がする。馴染みのテーブルや風景、メニューのおかけだ。全国チェーンのありがたみを感じる。

 みゆきの様子も、いつものみゆきに戻っている。


「すごい人でしたね!」

「ん、スクランブル交差点?」

「はい!前に来た時も、あんなに人が多かったかなぁ??」


 みゆきは、少し興奮しているようだ。多分、俺と同じくらい渋谷経験値が低いのだろう。


 俺たちが住んでる下町エリアは、渋谷や新宿、池袋といった大都会とは雰囲気がまったくことなる。下町の雰囲気に慣れている人間は、大都会に出ると緊張する。

 それでも、千葉や茨城、群馬に住んでる人から言わせると、下町エリアも十分に都会なのだ。


 群馬に住んでる人は、一度、埼玉の大宮でリハーサルをして東京に遊びに来るという。千葉や茨城の人も同様だ。

 下町エリアは、そういう人たちの東京進出の第一歩の街になっている。


 別に、大都会に慣れたいとは思っていない。自分の街で、生活するには十分にこと足りている。物価も安く、人情味がある良い街だ。


 ただ、みゆきと一緒の時は、しっかりとエスコートしてあげたい。だから、俺はマクドナルドで時間を潰している間に、映画館までの道筋を再確認していた。


 マクドナルドでは、これから見る映画の話で盛り上がった。前作の最後、含みを持たせる終わり方をしたからだ。


「修くん、前作の最後で、白銀の一角獣を殺したのは誰だと思います?」

「あぁ、黒幕ね。俺はエルフの王子が怪しいと思うなぁ」

「あぁ、確かに!闇に染まったエルフは、ダークエルフに落ちるみたいな説明がありましたよね」

「そうそう。あれが伏線なんだよ!」


「私は人間の勇者、アランゴルが怪しいと思ってます」

「いやいや、アランゴルは、世界を救う勇者になると思うよ」

「そうですかねぇ?勇者になるのは、エルフの王女じゃないですか?」


 あらかじめ、予習していたおかげもあって、『魔法王国物語』の話題でも、みゆきと対等に話せる。

 俺自身が、ハマったせいもあるけど、自分でネットを検索して色々と調べてみた。設定も細かいので、専用のサイトがいくつも立ち上がっていた。


 話が白熱すると、時間はあっという間に経過する。楽しい時ほど早く過ぎるというが、ホントに時間の流れは不平等だと思う。


「そろそろ、映画館に行こうか?」

「あ、そうですね。もう、そんな時間なんですね」


 みゆきも、時間が経つのを早いと感じてくれているのだろうか?少し驚いたように、腕時計を確認していた。


 マクドナルドから、映画館までは、少し歩く。途中、難所のスクランブル交差点が控えている。ちゃんと渡れるか心配になる。


 スクランブル交差点までは、さっき来た道を戻るだけなので迷う心配はない。問題は、そこから先だ。


 俺たちの待って場所からは、スクランブル交差点を斜めに横切る形になる。距離が長いので、みゆきと離れないよう注意しなければいけない。


 信号を待っている人が、どんどん増えてくる。これだけの人が四方八方から押し寄せてくるのだから、混乱するに決まっている。


 みゆきの様子を見てみると、心なしか緊張しているようだ。背が低いから、恐らく、前も見えないんじゃないだろうか。


 信号が青になる直前、俺は意を決して、みゆきの手を握った。


「大丈夫!」


 みゆきは、一瞬、驚いたような表情をしたけど、すぐに嬉しそうに微笑んでくれた。


「はい!」


 みゆきの返事が合図になったかのように、信号が青に変わった。

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