呼び方問題
駅に着くと、もうすでに彼女は来ていた。太い柱を背に、行き交う人を眺めている。その目が、俺を捉えた瞬間、ぱあっと笑顔の花が咲いた。
俺は人を避けながら、彼女に駆け寄った。
「早いじゃん!」
「エヘヘ、先輩だって早いじゃないですか」
小柄な彼女が上目遣いに俺を見ている。
彼女は、茶色のダッフルコートにカラシ色のガウチョパンツを合わせ、頭には白いふわふわのベレー帽がちょこんと乗っている。
「デートで、女性を待たせる訳にはいかないからな」
「あは、デートかぁ……そうですね」
デートという言葉に反応して、彼女の頰が少し赤く染まった。
「あ、いや、デートっていうか……」
彼女の反応に動揺する俺。我ながら、情けない。
「デートですよね。先輩との初デートです」
「そ、その、先輩って呼び方、やめない?」
何とか話題を変えようとしたが、これが逆に自分の首を絞めることになった。
「いいですよ!何て呼べばいいですか?」
俺の目を真っ直ぐに見上げながら、首をかしげる彼女。そこ仕草も可愛らしい。
俺は彼女に、何て呼ばれたいんだろう?即答は、できなかった。
「俺は、何て呼べばいい?」
「あ、私はみゆきって呼んでください」
「エェッ!呼び捨て!?」
「はい。変ですか?」
「い、いや、変じゃないけど……」
女の子を下の名前で呼び捨てにするなんて、親戚の子以外にはいない。
高校時代に親しくなったクラス委員の子とは、お互い苗字で呼びあっていた。
「みゆきちゃんとかは?」
「ダメです。ちゃんと、みゆきって呼んでください」
俺の妥協案に、彼女は頰を膨らませて抗議してきた。
「わかったよ、み、みゆき」
「エヘヘ、照れますね」
顔を真っ赤にして照れているみゆき。彼女のこんな表情を見られるとは思っていなかった。
「先輩は、何て呼んで欲しいですか?」
俺は彼女に何て呼んで欲しいんだろう?
「並木さんじゃダメですよね…修一郎さんとか?」
みゆきは、アゴに人差し指を当てながら、考え込んでいる。
「修一郎さん?修一郎くん?修くん?修くん!」
どうやら、答えが出たらしい。きっと、反対しても、押し切られるだろう。
こうして、俺の呼び方は『修くん』に決まった。
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