死‐Pad
「こちらをご覧くださーい」
そう言って、鈴木は俺が持っているのによく似たタブレット端末を手渡してきた。
「そちらは、『死-Pad』でーすぅ。並木様がお使いのスマートフォンを開発されたあの方が、亡くなった後に当社のために開発してくださいましたぁ。あ、もちろん、あの方も生前は当社をご利用いただいておりましたぁ」
マジか?鈴木と取引していなかったら、もっと生きられたのではないか?そう思うと残念でならない。
「そちらのタブレット、大きな声で『ヘイ、Sini!』と言っていただければ、起動いたしまーすぅ」
もう、完全に俺が持っているタブレットと同じじゃないかと思った。彼ほどの天才でも、アイデアは有限ということなんだろう。
「へ、へい、Sini……」
部屋には俺と鈴木の2人なんだけど、妙に気恥ずかしい。このシステムは、絶対に日本人向けではない。だから、俺は自分のスマホもタブレットも、この機能はオフにしている。
俺の声に反応したタブレット端末の画面が、明るさを帯びてくる。そして、画面には『並木修一郎様用メニュー』と表示された。俺の声で顧客を判別したようだ。この辺は、俺のタブレットにはない機能だ。あの人は、死んでからも新しいアイデアが湧いているんだろうか?
「あの方だけでは、ございませんよぉ。何でも売っているショッピングサイトのあの方も、実名SNSのあの方も、当社のお客様でございまーすぅ。他にも、ハリウッドで大人気の俳優の方、神業を披露するスポーツ選手の方などは、当社のシステムを利用されておりまーすぅ」
そんな話は、聞きたくなかった。俺が徹夜をしてまで熱狂していたサッカー界のスーパースターも、鈴木の顧客だったなんて。俺の睡眠時間を返して欲しい。
「あ、厳密には、私のお客様というより、当社の海外支社のお客様でーすぅ」
さっきから、ちょいちょい気になっていたんだけど、鈴木は俺の心が読めるらしい。死神らしい能力だから、敢えて驚きもしなければ、突っ込んでやるつもりもない。
タブレット端末に表示されたメニューは、わかりやすく整理されたカテゴリに分類されていた。例えば、学歴や職歴などは『キャリア』。他にも、『恋愛、結婚』や『能力、才能』なんてカテゴリもある。
カテゴリの中には、おそらく、今、俺自身が望むであろうすべてのことが網羅されていた。『ぱっちり二重にしたい』なんて、ささやかな願望までバレているのだ。
「基本的には、どのような願いでも、漏らさずにご用意させていただいておりまーす。ただ『長生きをしたい』といったような、私どものビジネスと相反するようなものは、ご利用いただけませーん」
ホントに、どこまでも、よく考えられている。俺が、今、ざっと見ただけでも、選びたいモノが10個以上ある。問題は、余命だ。
「もし、願いを選んだとして、余命が尽きて、すぐに死んだりしないのか?」
「良い質問ですねぇ。決済は、お客様の願いが成就した時点で行われまーす。すぐにお亡くなりになるような、悪どいマネはいたしませーん」
「決済?」
「はぁい。私どもは、余命をいただくことを『決済』と呼んでおります。奪うや喰らうなんて表現は、物騒でございますからねぇ」
そういって、鈴木は声をあげて高らかに笑った。どこが笑うツボだったのかは、イマイチわからなかった。
「今、決めないとダメなのか?」
「いーえ、そのようなことはございませんよぉ。じっくり、お考えになり、決心がついたら、先程、お渡ししたお名刺に呼びかけてくださいませぇ。私、飛んで参りまーす」
きっと、いや絶対に空を飛んでくるんだろう。この短時間で、余程のことじゃないと驚かないくらい、ハートが強くなったみたいだ。
「わかった、少し、考えさせてくれ」
「承知いたしましたぁ。ご利用、心よりお待ち申し上げておりまぁす」
そう言い残すと、鈴木はタブレットを回収して、その場から煙のように消えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます