ため息もつけないこんな世の中
「何で俺のところに来た?」
「我が社では、お客様の個人情報を他から入手したりはしておりませーん。独自に開発した『ため息モニタリングシステム』略してTMSで訪問するお客様をピックアップしておりまーすぅ」
また怪しい名前が出てきた。語尾を変に伸ばす話し方のクセに、英語の発音だけが妙に流暢だったことが、少し鼻についた。
「以前は、1日20回ため息をついた方にご訪問させていただいておりましたが、この様なご時世。ため息をつく方も増えていらっしゃいまーすぅ。そこで、1日20回以上のため息を2週間続けた方に、ご訪問させていただくようにしておりまーすぅ」
どうやら、沢山、ため息をつくと、死神に目をつけられるらしい。うかうかため息もついていられない。つくづく、面倒な時代になったもんだ。
「並木修一郎様は、先程のため息で、めでたく3週間達成でーすぅ。本来なら、先週、お訪ねするべきでしたが、こちらも多忙なため、本日のご訪問とあいなりましたぁ」
俺はそんなにため息をついていたのかと、改めて情けなくなった。でも、それは俺のせいではない。俺を受け入れない世の中が悪いんだ。俺は社会の犠牲者なんだ。
「私ども死神商会は、お客様の余命と引き換えに、どんな願いでも叶え、夢のような人生を歩んでいただけることをお約束しまーすぅ」
――きた。やっぱり俺の命を奪う気なんだ。
「余命と引き換えってことは、やっぱり、俺は死ぬんじゃないか」
「確かに、私どもは余命と引き換えにビジネスをしておりまーすぅ。しかし、考えてみてくださーい。100歳まで生きたとしても、95歳以降の5年間は寝たきりになるかもしれませーん」
鈴木は、指を立てながら、目を閉じて説明を続ける。
「不慮の事故で、若いうちから脳死状態になる方もいらっしゃいまーすぅ。そのような方は、余命を削ってでも、今を充実させて生きたいと思うはずでーすぅ」
なるほど、一理あると素直に思う。おそらく、何百人という人に同じ説明をしてきたんだろう。鈴木の説明は、実に堂にいっていた。
「じゃあ、余命を何年使うかは、俺が指定できるのか?」
「残念ながら、それはできませーん。何故なら、望みを叶える難易度が人によって異なるからでーすぅ」
鈴木の説明では、同じように願っても、その人の能力や現在の地位で難易度が異なるから、引き換える余命に差があるんだという。例えば、地下アイドルが有名になりたいと願ったとして、元々、ルックスがイイとか、歌がうまいとかがあれば、少ない余命で有名になれる。逆に、何も持ち合わせていなければ、多くの余命が必要になるという訳だ。実に合理的で、よくできたシステムだ。
「実際、今、大人気のアイドルグループのメンバー様や人気芸人様なども、当社をご利用されておりまーすぅ」
俺は鈴木があげた個人名を聞いて、心底、驚いた。テレビをつければ見ない日はないくらいのタレントが、この鈴木の顧客だという事実。週刊誌に漏らせば、一大スキャンダルになるだろう。
「逆に毎年、雨後の筍のように出てきては消えていく、俗にいう一発芸人様は、当社をあまりお使いにならなかった例といえるでしょうねぇ」
余命をケチると、効果も少ないという訳か。死神らしい、人の弱みに付け込む、いやらしいシステムだ。しかし、成功例を聞くと、断りきれない気持ちがあるのも本心だ。
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