余命半年のバラ色人生

夢崎かの

死神の訪問

「はぁぁぁ」

 俺は、この日何十回目かの深いため息をついた。


 つまらない毎日、クソみたいな人生に飽き飽きしている。4年間通った大学は、留年ギリギリ。バイトでは、頭のイカれたクレーマーのせいで怒られてばかり。当然、彼女ナシ。今年のクリスマスもシングルベルだ。


「はぁぁ」

 俺はもう一度、ため息をついて、仰向けに倒れた。いつもの部屋の天井の木目でさえ、意地悪く俺を罵っているように感じる。それから逃れるように、俺は目を閉じた。


 特に疲れていた訳ではなかったんだけど、どうやら少しの間、眠ってしまったらしい。俺は、重いまぶたを押し上げて目を開いた。


 すると、そこには見慣れない男が立っていた。髪を七三に分け、ビジネススーツを着た男が、満面の笑みを浮かべながら、俺を興味深そうに見ている。


「だ、誰だ」


 本当は心臓が口から飛び出すくらいに驚いていたんだけど、そんな時ほど、口をついて出るセリフは、平凡なものになる。よくある話だ。まぁ、動揺を察知されなかったので、ここは良しとしよう。


「こんばんはぁ。並木修一郎さんで、お間違えないでしょうかぁ?」


 怪しい男は、恭しく頭を下げながら、声をかけてきた。


「あぁ、並木修一郎は、俺だよ。あんたは?何で勝手に人の部屋に入ってるんだよ」


 俺は、男の不法侵入に抗議した。確か、カギはかけたはずだけど……この男が部屋に入って来たってことは、どうやらかけ忘れていたようだ。


「大変、申し訳ございませーん。急ぎの用事だったものですからぁ」


 男は、貼りついたような笑顔を崩さずに言った。

 七三分けで色白。ややつり上がった目は、ネコというより爬虫類を想像させる。年齢は不詳。俺と同じ20代にも見えるし、40代にも見える。


「さて、急ぎの用事なので、自己紹介は手短かにさせていただきまーす。私、死神でーすぅ」


 語尾を微妙に伸ばす話し方も気になるけど、それよりもっと気になるワードを耳にした気がする。『死神』なんて、小説やマンガ、映画の中でしか聞かない単語だ。

 あまりにぶっ飛んだ自己紹介に、俺はあんぐりと口を開けてしまっていた。


「んー、その反応、いいですよ!死神と聞いて、わかりやすく驚かれてますねぇ。死神と言えば、魂を抜き取る死の使いのようにイメージされてますが、それは誤解でーすぅ」


 明るく笑顔で誤解だと言われても、根拠がない。そもそも、この男が死神かどうかだってわかったものではない。


「あ、なるほどですねぇ。私を死神かどうか疑ってらっしゃるとぉ。了解でーすぅ」


 そう言うと、男はビジネススーツの裾を翻し、フワリと宙に浮かんだ。そしてそのままゆっくりと上昇を続けて、天井を突き抜け行ってしまったのだ。


「どうですかぁ?これで信用してもらえますかぁ?」


 天井から、首まで出して、男が問いかけてきた。

 人間では、あり得ない技を見せつけられた俺は、わかりやすくパニックになっていた。この際、死神がどうかなんて、どうでも良かった。この変な男から、逃げ出したい一心だった。


「改めましてぇ、私、死神商会から派遣された死神、鈴木と申しまーすぅ。今回は、並木修一郎様に人生逆転のお話をご提案させていただくために参りましたぁ」


 俺は人生ではじめて、天井から逆さまになっている男から名刺をもらった。名刺には、確かに『死神商会 鈴木』と書いてある。

 

 俺は、この死神が言っていた人生逆転という言葉が気になった。毎日、イヤになるほど、クソみたいな人生だった俺に、逆転のチャンスがあるなら、聞いてみたいと思ってしまった。例えそれが悪魔と契約するような話だとしてもだ。


「死神なら、俺の命を奪ったりするんだろ?」

「皆さま、当然、その質問をされまーすぅ。ですが、我が社は公明正大な魂ビジネスの会社でーすぅ。無理矢理、魂を奪うようなことはいたしませーん」


 魂ビジネスなんて、聞いたことがないが、そういう風に言うものなのかと変に納得させられてしまった。それというのも、この鈴木という男の腰の低いセールスマンといったスタンスに嫌味がないからだ。

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