33頁:いや、あのさ

「おい、何ぼさっとしてんだ成」

「えっ……?」

 また日にちが空いた、ある日の土曜日。

 このままでは準備が終わらないと判断した俺達は、休み返上で演劇の練習をしに学校へ集まっていた。俺だってもちろんその一人だけど、今の時間は午前の八時。普段より確実に早く起きたんだ、脳みそはまだ布団の中だよ。

「いや、眠いなって」

「嘘つけ」

 俺、やっぱりこの幼馴染みが嫌いだ。

「何か考え事だろ」

「……まぁな」

 誤魔化せないなと感じ肩をすくめれば、作った笑いを薄く浮かべる。

 俺が聞いてやるよと笑うその顔が、なんだかひどく頭にきた。

「いやけど……なんか、わからない」

「は?」

 どこにも投げられない感情は俺の中で悶々と膨らんでいて、どうしようもできない。

 会長はあれから何事もなかったように俺に接してきて、仮面のような笑顔を貼り付けている。なんだ、俺だけがあたふたしているみたいじゃないか。

「八王子と言い会長と言い……なんだよ」

 わからない事はどんどん俺の中で積み上げられ、崩れそうで崩れないバランスを保つそれに溜息を漏らす。この数週間での事は、あまりにも怒涛で目が回ってしまいそうだから。

「〈アクター〉の事だってふりだし、突然現れた王子様はやけに引っ付いてくるし……」

 正直、静かだったあの生活に戻りたい。

 そんなできないってわかりきっている世界を羨み上を見れば、無機質な研究室の天井が俺の事を睨んでいる。何も知らないくせに、何も気づかないくせにこんな世界――

「……あれ?」

 今俺、天井に馬鹿みたいな殺意を向けていたよな。

 さすがの俺でも、そんな無差別な破壊衝動が起きた事なかったのに。

「なんだったんだ……」

「ほら何やっている灰村、行くぞ」

「なるるんれんしゅー!」

「あ、あぁ」

 会長と月乃の声で現実へ意識を引き戻すと、さっきの感情は綺麗さっぱりなくなっていて。多分あれだ、疲れていたんだ。

「今行く」

 少しぶっきらぼうに呟いて、五人の後を追う。

 心の中には、小さなしこりだけがひっそりと残っていた。


 ***


 運動部も今日は休みのようで、研究会の独壇場になった体育館は普段よりも心なしか広く感じてしまう。

「まずは役の確認だな」

 珍しくその場を仕切る会長は、どこか楽しそうな表情をしている。それがなんだか不思議で笑えてきてしまう。

「おい灰村、何がおかしい」

「別に」

 ここで怒らせては何を言われるかわからない。

 はぐらかすように目線を動かせば、横に静かに寄ってきた月乃があのね、と小さくささやいてきた。

「月乃もかいちょーも今年が最後の文化祭だからね、すごく楽しみなの」

「あっ……」

 最後なんて言葉で気づかされた、この二人はどうしようもないくらいに子どものようだけど立派な三年生なのだ。

「研究会の引退も生徒会の任期満了も近くて……だから、劇は絶対成功させたいの」

 なるるんもちゃんとやってよ、なんて言われてしまうと、自然と首も縦に動く。そんな事言われちゃ、頷くしかないじゃん。

「うん、いい子!」

「何を話している」

「なんでもないよ、かいちょー!」

 ふざけて笑う月乃に、さっきまでの含んだ言い方はどこにもなくて。

 だから俺もそれに合わせて、少しだけ頬を緩めて見せた。

「それより会長、役の確認はいいのか?」

「そうだな」

 こいつが朗らかな表情をしているのは珍しいんだ、ならばその表情が最後まで続くようにサポートしてやるよ。

「お前ら、自分の役はなんだ?」

「かぐや姫が生まれた竹ー!」

「狼のお腹の中に入った赤ずきんです!」

「猫を引き取った三兄弟の末っ子」

「よし、いいな」

「個人的には全然よくないと思うけどな」

 前途多難だな、おい。

 そんな様子を見ながら溜息交じりで舞台の袖に行き、ハツカネズミ研究会と書かれたダンボールを探す。文化祭の期間で体育館を使うグループはみんなここに荷物を置いているが、あまりにも無造作に置かれたそれらは奥の方に置いた奴の事なんか考えていない。

「しかもこれ、バスケ部のユニフォームじゃないか……」

 今度あいつらには苦情を入れよう。いや、元をたどればあいつらの練習場所を借りてるのだからお互い様なんだけどさ。

 他の奴らが今日の練習について話し合っている中ダンボールをかきわけていると、一番奥に一際大きなダンボールがあるのが見えた。そこにはマジックペンで、ハツカネズミ研究会とくっきり書いてあり。

「あった……!」

 よくよく考えれば、練習回数が他よりもうんと少ないんだ。そりゃ、ダンボールだって必然的に奥に行くさ。

 箱を開けて、中を確認。今日必要なのは衣装だけだから、それぞれ着る予定の物を箱の中から掘り起こす。

 海里の大人しめなポロシャツ。

 月乃は全身タイツじゃあんまりだからって、竹の精がテーマの緑を基調としたこじつけ感のある服。

 真紅は元々着ているポンチョがあって、最後は俺の――

「えっと、俺のは……あれ?」

「どうした、成」

 帰ってくるのが遅いのに心配したんだろう。

 横断幕から顔を出す海里は不思議そうに首を傾げながら、おっさんみたいな掛け声をお供に舞台上に上がってきた。

「おい、聞いてんのか」

「いや……あの、さ」

 だから俺は、わかるようにダンボールを大きく開け中を見せる。


「俺の……王子様の使いの服がない」


「はぁ?」

 俺でもわかるぞ、その反応絶対に信じていないだろ。

 けど嘘じゃない、本当なんだ。

 最後に開けた時には確かに入っていた王子様の使いの服が、どれだけ探しても見当たらないのだ。

「なるるんー?」

「どうしたのですか、灰村先輩」

 次から次へと壇上にくる野次馬連中を気にせずにしばらく探してみたけど、どこにもない。それこそ、俺の衣装だけを狙ったように。

「なぁ会長、これって」

「他の部活の奴が間違って持って行ったんだろう、毎年ある事だ」

「おい」

 今一瞬でも童話殺しの仕業かと思った俺の恐怖心を返してくれ。

「まぁ、衣装は僕の知り合いに手配させたやつだ。また頼めばいい」

「かいちょー太っ腹!」 

 それでいいのかと思いつつ首を傾げてみたけど、全員それで納得したんだからそれでいいのだろう。俺はよくないけど。

「悪い灰村、新しいのが届くまでは衣装なしでやってくれ……間違えた奴も、返せばいいのにな」

「あ、あぁ……」

 どこかの部活が間違えた。

 本当に……それだけなのだろうか?

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る