25頁:情報過多は解決手前

 そこから先は、あっという間だった。

「てい、や!」

「なんだ、おしまいですか?」

 女子二人の活躍により意識を失ったいかにもヤンキーの三人は、か細い腕をした月乃にまとめて縛り上げられていた。

「えっと……ありがとう」

「なるるん無事ー! よかったー!」

「もー、そんなんだから激弱先輩脱却できないんですよ!」

「おい今のは罵っただろ」

 俺でもわかるぞ、馬鹿野郎。

「けどすごいや灰村くん、シンデレラだったんだね!」

「はは……そ、そうだな」

 すごいかどうかはノーコメントだが、そりゃ〈トラウマ〉を見れば一発でわかるよな、俺がどの〈キャスト〉かなんて。

 二人が俺にぴったりとくっつき離れない空間でそんな事を考えていると、俺の中にはふつふつとある疑問が生まれる。

「えっと、こいつらは……」

 そう、さっき倒されたこの三人。確かに海里がボコボコにしたが、三人揃って強く縛られても目覚めないのだ。まさか、死んでいたりはしないよな?

「ご心配なく、私の〈トラウマ〉で気絶しているだけです……ほら」

 真紅が目線を送る先。

 屋上の真ん中になるそこには、さっきまではなかったブラックホールのような穴が存在していた。

「これは……」

「私め真紅の〈トラウマ〉です」

 どんなのかは知らないが、かなりやばそうなのはわかるぞ。

「赤ずきんとしての〈トラウマ〉はお腹の中での記憶、真っ黒な世界に取り込んで、記憶を覗いて吐き出してしまうのです。中はブラックホールの数百分の一ほどの圧力ですが、じゅうぶんに攻撃はできます」

「……お前赤ずきんだったのか」

「何をいまさら!?」

 いやだって、赤いポンチョは確かにそれらしいなと思っていたが自己紹介はジェットコースター並の速度だったんだ。そんな、いちいち確認する暇がなかったよ。

「言いましたよね私、自他ともに認める合法赤ずきんって!」

「だからなんだよ、その矛盾の自己紹介」

 いまだに理解できないぞ、合法赤ずきんってなんだ。

「まぁけど、そりゃこんなので人探しは向いてないよな」

「やっとわかっていただけましたか?」

 無邪気に笑う真紅に謝りながら右手を見ると、こちらは月乃が豆原に寄り添っていた。どうやら月乃の〈トラウマ〉、若干ではあるが心の傷も和らげる事ができるらしい。

「ごめん姫岡さん、ありがとう」

「きいくんはいっつも無理してるからね、がんばりすぎはだめだめだよ!」

 よかった、こいつは月乃に任せておけば大丈夫だろう。

「……問題は」

 月乃と豆原の反対、左手に目をやり溜息一つ。

 そこにいたのは、いつもの飄々とした様子の会長と今にも掴みかかりそうな表情の海里で。

「……どうしてここが、わかったんだ」

「あれだけ騒音がすれば、誰だって気づくさ」

「あの二人は大丈夫なのか……?」

 正直、見ているだけでヒヤヒヤするけどな。

「大丈夫大丈夫、ちょっとなるるんの事で普段からバチバチしてるだけ」

「どこが大丈夫なんだよ」

 個人的には全然大丈夫ではない。

 繰り広げられるそのやり取りを黙って見ていると、両隣に月乃と真紅、ついでに豆原がちょこんと座っていた。

「……なぁ、あの二人はなんの話をしているんだ?」

「んー、月乃わかんないー」

「真紅もですー」

「嘘つけ」

 その声は絶対にわかっているだろ。

「そこはなるるんがかっくんに、ちゃんと聞くべきだと思う。今までの事も、これからの事も」

「っ……」

 返す言葉は、見つからなかった。

 これ以上はきっと聞いても何も返ってこないだろうし俺も答えられないと判断し、溜息を漏らす。

「……けどさ、月乃。一つだけ教えてほしいんだ」

「なになに、月乃で答えられるのなら!」

「ニセモノって、なんの事だ」

 俺だって、引き下がってばかりの何も知らないままでいるのは嫌だ。

 そう思いぶつけた言葉は、どうやらダイレクトヒットで月乃に当たったようでその表情には急に影が差していた。

「それを教えてくれないなら、海里の事を教えてくれ」

「灰村先輩、いくらなんでもそれは」

「いいのしーちゃん、大丈夫」

 止めようとした真紅に笑いかけると、月乃は背筋を正し俺の方を真っ直ぐ見ていた。

「あのねなるるん、ハツカネズミ研究会の目的はわかる?」

「は?」

 何を、突然。

「教えて」

 押されるままに目を泳がせて、記憶を手繰り寄せる。ハツカネズミ研究会の目的と言ったら、最初に教えてもらった事だろうか。

「えっと、〈キャスト〉の相互扶助団体?」

「じゃあ、〈克服〉についてはどこまでわかる?」

「それは……自分の〈トラウマ〉に向き合って、縛られている呪いから〈トラウマ〉を知る事って」

「うーん、二十五点!」

「ほぼ赤点じゃないか」

 おい誰だ俺にそうやって教えての……香嶋と真紅か。

「まずはハツカネズミ研究会について。確かに相互扶助団体だよ、だってかいちょーがそう言ったもん。けど、それだけじゃないよ」

 それだけじゃない。

 ほぼ赤点の理由が知りたくて食い気味に話を聞いていると、月乃は難しくないよ、と俺にささやいた。

「この堂野木は〈キャスト〉で溢れている……こんな場所で〈トラウマ〉が弱いままじゃ生きていけないから、お手伝いしましょうって事もやってるの!」

「だから、あの時……」

 ハツカネズミ研究会に初めて行った時、真っ先に〈克服〉について俺に話そうとしていたのはそういう事だったのか。

 俺が今までの事を納得しながら頭の中で整理していると、月乃はさっきまでの話をなかったように笑いながら、じゃあ次なんて言ってきた。待って、早い早い。

「なるるんは、縛られている呪いから〈トラウマ〉を知るにはどうする?」

「それは……」

「そう、自分の童話を知らなきゃだめだね」

「俺何も言ってないけど」

 しかも答えを教えられても、何を言いたいのかさっぱりだ。

 いつもの明るさなんてないやけに含みのある言い方をする月乃に疑問を持ちつつも首を傾げると、じゃあねなるるん、と話を続けられる。

「なるるんは、中学の古典はわかる?」

「馬鹿にしてるのか?」

 俺だって自分が馬鹿な自覚はあるが、それでも中学の古典くらいはちゃんと受けていた。正しく言えば、教師が怖くて寝れなかっただけだが。

「じゃあ月乃の童話と書いた人、教えて?」

「月乃のって、そんな簡単な事……」

 それは古典どころか、下手したら幼稚園や小学生でもわかる話だと思う。

 月乃の童話は有名なかぐや姫で、古典としての正式名は竹取物語。作者はもちろん――

「……あれ?」

 作者は、もちろん……誰だ。だめだ、どれだけ考えても答えが出てこない。

「なーるるん」

「ちが、待って、ド忘れしただけで」

「違うのなるるん、それが正解!」

 俺がトリップしてしまいそうなタイミングで入ったフォローは、意味がわからなかった。それが正解って、つまり。

「作者が、いない……?」

「そうだよ」

 そうか、すっかり忘れていたよ。古典で習う竹取物語は、作者が不詳になっていたはずだ。

「つまり……」

「そう、月乃は本当なら〈克服〉できないの!」

 あっけらかんと言うそれは明らかにヘビーなもので、かける言葉が見当たらない。

「けど、じゃあなんで月乃は〈克服〉を」

「かいちょーにやってもらったんだよ」

 なるほど、ここでニセモノの本題に戻ってきたというわけか。

「かいちょーは童話の祖。月乃達みたいに〈トラウマ〉はないけど、その〈トラウマ〉の中身を少しだけいじる事ができるの……足りないものを、補うとかね」

「となると……月乃の場合は、作者の情報」

 けどそれが、どうしてニセモノになるのだろうか。

 わからずに首を傾げていると、急に肩を触られた感覚がしそのまま強く抱き寄せられる。誰がやっているかは、もう確認しないぞ。

「それは、結局強制的に〈克服〉したのは〈克服〉に入らないからだ。自分で向き合えていない〈トラウマ〉は、ただのニセモノだから」

「解説は嬉しいけど、抱き寄せるのはいい加減やめてほしいかな」

 幼馴染みの腕の中で大人しくしているのは、けっこう複雑なものだ。

 俺のそんな気持ちには多分微塵も気づいていないだろう海里は静かに笑うと、すぐに表情を固くし会長の事を見据える。それはもう、目だけで人を殺せそうなくらいに。


「だから成の〈克服〉は、研究会にはさせない」

「安心しろ、僕でも灰村の〈克服〉は無理そうだ」


 いちいち抱き寄せられるのが本当に気恥しいが、こいつはずっと俺の事を気にかけてくれていたらしい。なんだかそれが俺だけ肩肘を張っていたみたいで、気まずくも感じる。

「じゃあ、二人は仲直りしたという事」

「いや、それはない」

「下に同じく」

 それとこれとは話が別だ。

 これ以上引っ付いているとまた何か言われそうで無理やり突き放すと、俺は話を逸らすように目を逸らした。

「けど、〈克服〉するのも大変なんだな」

 俺は最初からイレギュラーだらけでできないのはわかっていたけど、普通にできるはずの〈キャスト〉もこれじゃできているのが奇跡に見える。

 きっと真紅や海里も、苦労したんだろう。

「まぁ、俺は簡単だったけどな」

「嫌味だろ今のは」

 悪かったな、俺のは簡単じゃなくて。

 けどこんな話をしたところで解決の糸口は見えないから、どうにもならない。〈克服〉がニセモノかホンモノかが今の焦点ではない、豆原の〈トラウマ〉を〈克服〉できるかが大切なのだ。

 それにジャックと豆の木は、月乃のように作者不詳とかではない話だし――

「……ん?」

 なんだ、今の感覚。

「ニセモノ、ホンモノ……?」

 違和感がまた一つ形を成し、俺の中で何かとナニカが繋がる。

「それって……」

「成……?」

 それなら、辻褄があう。月乃の話が、今までの事が本当ならば。

 ここまでの、の言動の矛盾だってわかる。

「……そうか」

 けどそうしたら、豆原はどうすればいいんだ。どう、〈克服〉をすればいいのだ。

「成?」

「なるるん?」

「何か気づいたようだな」

「……あぁ」

 確証はないけど、これしかない。

 ゆっくりと目線を動かす先にいるのは、一人のひ弱そうな豆の木に登った奴。

「なぁ豆原、一つ確認したいんだが」

「な、なんだい」

 わかりきっている答えを聞くために、ゆっくり、一文字ずつ慎重に言葉を選ぶ。

 豆原の、ジャックと豆の木を知るために。


「ジャックと豆の木って――作者は誰だ?」

 

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