24頁:ヒーロー気取りはピンチの時に
「海里……」
「長日部くん……!」
目で確認できるのは、身なり的に三年生であるスキンヘッドとソフトモヒカン、それから茶髪の不良達。
「よく見たら、ハツカネズミ研究会の長日部もいるじゃねえか」
「……あぁ、どうも」
「し、知り合いか?」
嘘だろ、海里ってこういう奴ともつるんでいるのか?
「いや、以前研究会の仕事でぶん殴った〈キャスト〉だ。スキンヘッドから順番に金太郎のくま、卑怯なコウモリのコウモリ、サルカニ合戦の猿」
「ここまでテンプレでいかにもな〈キャスト〉初めて見た」
作中でもひねくれた性格だったよな、こいつら。
「なんだお前ら、あれだけ俺が遊んでやったのにまだ遊び足りないってか?」
「今回はそっちが俺達の溜まり場にきてんだろ、出てけよ」
「溜まり場も何も、ここは学校だ」
海里自身の言う事は正論だけど、場所だけ見ると立ち入り禁止だから俺達も同罪だと俺は思うけどな。
なんて、他人事でそんな事を考えているとくまのスキンヘッドが俺達に気づいたようで、楽しそうにこちらを見てきた。
「なんか横の二人、弱そうじゃね」
「殴りがいがありそうだな」
待て、今のは不穏すぎる。
「なんだ長日部、お前舎弟でも作ったのか?」
「……こいつらは関係ない」
庇うように目の前に手が添えられたが、明らかにロックオンされてしまった。正直、やばい。
「すごいな、あいつさっきから目の色がころころと変わるぞ」
「長日部がいなかったら、俺達で遊んでやるのに」
いや、けっこうです。確かに海里から離れたい気持ちはあるが、それなら俺はこのままでいいよ。
けれどもそれは、あくまでも俺個人の考え。ニヤリと笑う茶髪の猿は、俺の目を静かに見つめていて――
「そうだな、確かに憂さ晴らしにはいいな……『海のハサミは打ち砕け!』」
瞬間、赤く光る破片が俺達の方に向かい飛んでくる。これは……カニの爪?
「って、地味に危ないヤツ!」
地味に痛いんだぞ、甲殻類の甲羅ってのは!
「ひぃ、逃げ場がないよ二人とも!」
フェンスから下を覗き込んだ豆原は、青ざめた顔で俺と海里に叫んでいた。そりゃ、ここ屋上だからな。
「俺にとってはカニのすべてが〈トラウマ〉なんだ、『海のハサミは打ち砕け!』」
もう一度叫べば、爪達は速度を増して襲いかかってくる。だめだ、豆原の言う通り屋上じゃ逃げ場がない。
「くっ、どうする!」
「は、灰村くん、君も〈キャスト〉だから」
「馬鹿お前もだろ、俺の〈トラウマ〉はこの状況じゃ激弱なんだよ!」
なんて言ったって、一回使ったら十二分無防備だからな!
「だから下がってろと言ったんだ、特に成!」
「なんっで俺だけ!」
そもそもお前、俺の〈トラウマ〉見た事ないだろ。
「二人ともそこを動くなよ、『我が主人は鬼城と共に!』」
海里の叫びと共に現れたのは、薄緑色の壁。レンガのように組まれたそれは、俺と豆原を守るようにぐるりと作られていた。
「これは……」
「灰村くん、ハツカネズミ研究会なのに長日部の〈トラウマ〉を知らないの?」
「シラナイ」
そもそもとして、こいつが〈キャスト〉だって知ったのがこの一ヶ月以内の話なんだ。知っているわけがない。
「じゃあなんだよ、教えてくれ」
「そんなに知りたいなら教えてやるよ、俺の〈トラウマ〉」
聞こえてきたのは豆原の声ではなく、海里本人の声。
薄緑色の世界から見る海里は俺達を一瞥すると、さっきみたいに手を前に突き出しゆっくりと言葉を紡ぐ。
「俺の〈トラウマ〉は、ご主人を上に立たせるためであれ鬼の住んでいた城を選んだ事。そしてそこがご主人の城だと言い張り、それを守った事――『我が主人は、鬼城と共に!』」
さっきと同じ叫びだが、明らかにナニカが違う。さっきのは俺達を守るために紡がれた叫びで、今のは戦う力のための叫び。
そんな叫びの中で突き出された手元は薄緑色に光り始め、やがて小刀のような形を作り出していた。この薄緑色の壁と武器が、海里の〈トラウマ〉らしい。
「それは……」
「これが俺の〈トラウマ〉……俺の、罪!」
コンクリートで固められた地面を蹴り上げると、そのまま三人の間を縫うように懐へ入り込む。真一文字に切り裂く動作をすると、そこから突風が生まれ茶髪の猿を一瞬で吹っ飛ばしてしまった。
「って、それは確かにアウトじゃ!」
いくら〈キャスト〉だからって、刃物を使えば怪我をするのはわかりきっている。こんなの、明らかに不良達のが不利だ。
「大丈夫だよ、灰村くん」
「いや、どこが」
「あの小刀、実態はないんだ」
「……はい?」
実態が、ない?
「それってどういう」
「メカニズムはわからないけど、この壁と性質は一生。だから当たったとしても、鈍器とかの部類になるんだ」
「へぇ……」
幼馴染みの事なのに、俺は何も知らない。それがなんだか嫌で、いかにも不機嫌な表情で海里の事を見た。
「……気に食わない」
「二人とも、色々あるんだね」
「そこ、うるさい!」
「ぐは!」
若干八つ当たりだろう下からのアッパーを打ち込まれたくまのスキンヘッドに心の中で合掌をしていると、目の前にあった薄緑色の壁が砂のように消えていく。
「あ、なくなった……」
「俺だって出しているのに体力使うんだよ……」
確かに海里の額には汗が滲んでいて、肩も上がっている。陸上で鍛えられているはずのこいつがこの様子だ、相当の体力が消費されるのだろう。
「さて……残りはお前だけだ」
そんな息も絶え絶えな海里の見つめる先。その場に座り込むモヒカンのコウモリは小刻みに震えながらも、ゆっくりと俺達の方へ顔を向ける。
「……だ」
「あ?」
「まだだ、うぉおお!」
海里も、判断力が鈍っていたのかもしれない。
腰を低くして前に飛び出したそいつは、海里の脇を抜けて俺と豆原の方へ向かってくる。よく見ればその手には、正真正銘物理的なナイフがあって。
「どうやら長日部はお前が大切らしいからな、お前さえ、パーカーさえ仕留めれば!」
「いや、ちょ、やばっ、『灰でもかぶってろ!』」
「ばっ、そいつにお前の〈トラウマ〉は……!」
咄嗟に飛び出した〈トラウマ〉は、いつも通り目の前で弾けモヒカンのコウモリに絡みつく。間一髪で当たってよかったと思ったのも、束の間。
「…………あれ?」
目の前にあるのは、信じられない光景。
「ぐっ……へぇ、なるほどな……『鳥も獣も一緒だろ!』」
「なん、で……!」
こいつはあの時の、童話殺しと同じように何食わぬ顔でその場に立っていたのだ。
「へぇ……お前面白い〈トラウマ〉持ってんだな」
「どうして、俺の〈トラウマ〉を直接受けて動けるんだ!」
あの時の童話殺しは、トランクがあったからそれで避けられた。ただこいつは、そんな盾になりそうなのがない。
「違う成、そいつは卑怯なコウモリ……どっちも付かずのコウモリは、〈トラウマ〉を吸収するんだ!」
「うるせぇんだよ、『灰でもかぶってろ!』」
「ぐっ!?」
俺から盗まれた〈トラウマ〉は、俺に手を伸ばそうとする海里に投げつけられぐるりと絡みつく。やばい、この距離じゃ俺を刺すのなんて十二秒でじゅうぶんだ。
「殺しはしねぇよ……けど、恨むなら長日部を恨むんだな!」
前動作なく振り下ろそれたナイフは、迷いなく俺の腹部に向かって振り下ろされる。
逃げられないし正直刃物なんて振り下ろされた事がないから恐怖でいっぱいで、身体が言う事を聞かない。
「成!」
海里の声が遠く聞こえる中で、怖さを誤魔化すように強く目を瞑った――が。
『私は月に還らない!』
『お腹の中は、大嫌い!』
「…………え?」
聞こえたのは二つの声だけで、腹部にくるであろう痛みは一向にこない。
あまりの静かさに何が起こったのかわからず目を開くと、そこにあったのは三つの人影で。
「なんだ、ずいぶんと苦戦しているようだな」
「にんげん苦戦はするさー!」
「そうです、しますって!」
「…………げっ」
他人事のように呟かれた言葉に、俺ではなく海里から死んだような声が漏れる。俺だってできるなら漏らしたい、代弁をありがとう海里。
「どうして、ここが……」
「いいだろ、そんな事は」
俺と海里としてはどうでもよくないのだが、そんな事は知らぬ顔。
紡がれるのは、いつも通りの歯に着せぬ言葉達で。
「どれ、このグリムが手助けをしてやろうではないか」
そこにいたのは、そんな事を嬉しそうに呟く会長と、その会長を守るような位置で立ち楽しそうに笑う月乃と真紅だった。
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