イエスタデイ

「ビートルズ? 何それ?」


 信じられないが絵里奈はビートルズを知らないらしい。部屋に貼られている、四人が横断歩道を渡るポスターを説明してもさっぱりわからないようだ。


「ビートルズだよ、ビートルズ! 音楽の教科書にも載ってたでしょ?」


「私クラシックって聴かないの」


 なんてことだ。がっかりさせないでくれ。


 過去の名曲を聴かないなんて視野が狭すぎる。




 俺は部屋の片隅に置いていたギターを手にし「イエスタデイ」を歌ってみせた。


 SNSで声をかけてもまるっきりノーリプライ。つれなかった絵里奈を振り向かせ、清らかな交際三ヶ月目にして俺の部屋にようやく遊びに来てくれたというのに、なんでこんな色気のないことをしてるんだ俺は? こんなに抱きしめたいのに。


「知らない」


「マジかよ。天下のポール・マッカートニーだぜ?」


 キョトンとしている。ポールなんてどこにもいない男であるかのように。


 これならどうだ。俺は「レット・イット・ビー」を弾き語ってみせた。


 最初はおとなしく聴いていた絵里奈が途中でスマホをいじりはじめたことで俺の心は折れた。


 俺はとてつもなく疲れたよ……。


「よし、だったらこれでどうだ。本物を聴かせてやるよ」


 ビートルズオタの俺にとって、彼女の反応は下心を忘れさせるほどの屈辱だった。


 俺は本棚からビートルズの紙ジャケを引っ張り出し…………。


 …………ない!


 気がつくと壁に貼られていたはずのビートルズのポスターもない。


 動揺しつつ、AmazonMusicのアプリを起動。ビートルズを検索する。


 …………ない。


 嘘だろ?




 と、ここで思い出した。たしか、「イエスタデイ」って映画だっけ。過去にビートルズが存在しなかった世界に迷い込んだ主人公がビートルズの曲を自作として発表してスーパースターになるっていう、なろう小説のような俺tueee物語を。


 これだよ、これ。俺はビートルズのいなかった世界に迷い込んだんだ!


 よし、これはスターになれる! 俺tueeeし放題って感じ?






 趣味として割り切って音楽活動をしていた俺は本気でプロを目指すことにした。ビートルズ丸パクリのデモテープを様々な大手プロダクションに送ったのは言うまでもない。


 が、何度送ってもノーリプライである。どういうことだ?


「いい加減諦めたら?」


 絵里奈が諭すように言う。


「そんな変わった歌が流行るわけないじゃない」


 絵里奈はYouTubeを起動する。


 スマホの画面でアイドルが古賀メロディのような曲を歌っている。


「こういう十代に売れる曲を作れなきゃプロデビューなんて無理よ」


 まさか……。


 俺はもう一度AmazonMusicアプリを起動し、チャック・ベリーを検索する。


 ない。チャック・ベリーもないだと。


 リトル・リチャードも、ビル・ヘイリーも、ファッツ・ドミノもない。マジか。


 恐る恐るエルヴィス・プレスリーを検索。




 ……なかった。




 そうか、俺の迷い込んだんだ世界はビートルズを受け入れるだけの素養がまだできていない世界なのだ。


 ロカビリーやカントリーあたりから教育しなきゃいけないのか。


 しかし、プレスリーでさえ名前と超有名曲くらいしか知らない。


 ビートルズ以前のアーティストなんて見向きもしなかった俺は絶望するしかなかった。過去の名曲を聴かないなんて視野が狭すぎたようだ。


 誰か…………ヘルプ!

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