第3話 アポカリプス
――ユウキに出会ったのは約二年前まで遡る
そのころといえば、仕事を辞めてちょうど1年経ったころで、生活は今よりも
3年前に仕事を辞めた直後は貯金も時間も十分すぎるほどあったし、なにより日々の苦悩から開放されたことが嬉しかったのもあって、反動で様々なジャンルの本を買って読み漁ってみたり、器具を買って腹筋が割れるまで筋トレをしてみたり、調理器具を買ってプロ顔負けの料理をしてみたり、とにかく色々な事に手をつけてみた。
そのときはそうやって自分が熱中できるものを探す過程が楽しかった。
今思えば、何も無い真っ白の自分に何か色をつけたかったのかもしれない。
別に派手な色じゃなくていい、とにかく何色でもいいから自分が自分たるための色が、欲しかったのだろう。
それも数ヶ月すると、結局全部投げ出し、肝心の色は真っ白のままだった。
いや、正確に言うとこの時点で少し、くすんでいたかもしれない。
そうやって何色にも染まらないまま、何もしないままでいる時間が増えていくと、それに呼応するかのように過去の嫌な思い出ばかりが蘇ってくるようになっていった。
罵声を浴びせながら理不尽に蹴る上司の顔。
わざわざ本人に聞こえるように馬鹿にする部下たちの顔。
話しかけても無視をする同級生の……顔。
思い出す顔はどれも必ずニヤニヤニヤニヤと笑っていた。
その顔その人物がまるで今ここに存在するかのように、その場面を今もう一度実体験しているかのように、極めて鮮明に、そして唐突に襲いかかってくる。
今思えばフラッシュバックというやつだったのかもしれない。
そのおかげで徐々に精神は擦り切れてき、急激な速度でくすみは濃くなっていった。
そのころにはもう、生きる理由は微塵もなかった。
会社を辞めても、辞めなくてもそれほど差はなかったのだと実感した。
かと言って死ぬ理由も勇気もなかったため、ゲームや動画をぼーっと眺めながら、何も変わらない日々に身を委ねるしかなかった。
――数カ月後。
その日は、スマートフォンで「アポカリプス」というオンラインRPGをプレイしていた。
今までは、なんのゲームでも例に漏れず早い段階で投げ出してしまっていたし、プレイスキルもお世辞にも上手いとはいえない。
なによりゲームでまで煩わしい人間関係に束縛されたくないという思いが強く、ソロプレイが基本で、オンラインゲームをプレイする気にはならなかった。
しかし、懐かし2Dのドット絵、和テイストの世界観と荒廃した舞台とのミスマッチ感、そしてオンラインでは珍しいターン制コマンド式戦闘を採用していたため、これならゆっくりソロでも楽しめそうだと思ったのがきっかけで、あくまで暇つぶしに始めたオンラインゲームだった。
2週間前からプレイしているため、レベルはもう20にさしかかり、それなりに強くなっていた。
ベッドに寝転がりながら、ポチポチと仮想ゲームパッドをタップする。
『ノブナガの攻撃』ピロロッ……ザシュ!
『餓鬼に60のダメージ!』プシュー
『餓鬼は倒れた』
キャラクターネームはノブナガ。
本名の織田から連想するものと言えばやっぱりかの有名な第六天魔王、織田信長だ。
我ながら安直すぎる理由である。
まあ、使ってる武器も太刀だし、丁度いいといえば丁度いい。
見た目は「蜘蛛の糸」に出てくる餓鬼同様、頭は禿げ、極端に腹部が突出している。
ドット絵だから多少かわいく見えるものの、実際にいたら相当気持ち悪いだろう。
こいつら序盤の敵のわりにいっぱい出てきてなかなかうっとうしいんだよなぁ……太刀だと範囲攻撃出来ないし、シンボルエンカウントじゃないから避けられないし、あーもう面倒くさい。
なぜこんな真似をしてまでわざわざ序盤の村に足を運んでいるかというと、やり残したクエストがひとつだけあったからだ。
そのクエストをクリアしないと次のクエストが進まないキークエストのようなものだ。完全に見落としていた。
村に着くと、早速クエスト受注NPCを探した。
ピコピコと歩き回る姿は自分のキャラクターながらなんとも可愛らしい。
ドット絵ならではだ。
受注NPCは割とすぐ見つかった。
白髪でお団子頭の老婆っぽい見た目の村民だった。
『そこの冒険者さんや、待ちなされ。話を聞いてくださらんか。最近村から北にある洞窟に厄介な鬼が住み着いてしまってのう。そこらへんの鬼なら問題ないんじゃが、手下の鬼をたくさん従えておるからあの恐ろしい
なんかこの台詞とモンスター名の感じ、中ボスキャラっぽいのがムンムンに伝わってくるなあ、一応薬草多めに持っていくか。
少し村から離れたところにある洞窟までの道中は餓鬼だけではなく、巨大な両腕を持つ
ふー着いた着いた。その大鬼ってやつはこの奥か。ソロかーいけるかな。
そのとき、画面の右下、洞窟の出入り口のところからピコピコとキャラクターが出現した。
あ、誰か来た。この人もクエストで来たのかな。
そんなことを思っていると、その誰かのキャラクターは俺のキャラクターに近づき、上に吹き出しが表示された。
『ようアンタ。アンタも大鬼のクエストか?』
・ ・ ・
今まで自分で話かけたこともなければ話かけられたことも無かったため、一瞬フリーズした。
『おい、聞いてる?』
慌ててチャットを起動して文字を打つ。
そもそもチャットすら打ったことがなかったため、急な出来事に手が震えてうまく打つことができない。
『はい』
そう答えるのが精一杯だった。
『なら一緒にいかないか?多分あの鬼は協力しないと倒せないぞ。二人でやろうぜ。』
プレイヤー名を見ると、「ユウキ」と書かれていた。
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