21.「海」の街 アクアリウムガーデン(3)
「兄貴!」
ここは新年を迎えた高島家。
花火の後で妹の南はログアウトして兄の元に駆け寄る。
「どうした南? そんなに興奮して?」
「交代の時間だ、早く変われよ!」
「……年越しの営業で疲れたから今日はパスで」
「なにいってんだよ兄貴! もう、これで、これで最後かも知れないんだよ!?」
「……だからお前がやるんだよ南」
「……兄貴?」
「お前が行くべきだ」
「なんでだよ兄貴?」
「俺よりもお前の方がプレイ時間長いだろ?」
「……だけど兄貴」
「ジロウの旦那も華やかな方が喜ぶだろ?」
「……でも」
「タカちゃんはなぁ、時々冗談を言うお茶目な鳥、その方がキャラがたつだろ?」
にししと笑う兄を見ながら妹は不安そうな顔をしていた。
「……兄貴があれを渡さなくていいの?」
「……いいんだ南、そもそもあれは俺個人のものじゃない」
孝人は彼女の肩に手を置いて優しく力を込める。
丸で何かを託すように。
「ウルフライダーズ、みんなの〈たからもの〉なんだからな!!」
~~~※※※~~~
「これが最後の〈たからもの〉です」
セレーナは俺達に宝物を差し出す。
「これを手にしたとき、イデアちゃんの記憶は完全に再生される空間、〈思い出の場所〉に転移されます」
イデアは宝箱を見つめる。
「後悔はありませんか?」
セレーナはイデアではなく俺達を見ていう。
「……決めるのはイデアちゃんです」
かめちょんは答える。
「うん、大丈夫だよお姉ちゃん」
イデアは答え〈たからもの〉に手を触れる。
その瞬間、日の光の届かぬ深海に空から光が指したのを感じた。
~~~※※※~~~
「……始まったか。 ……新年早々残業したかいがあったね」
アクアリウムガーデンに差し込んだ光はズー大陸のどこからでも目撃出来た。
それは勿論グリーンホスピタルでも同様であった。
長でガラパゴルドと森の番人、パパは静かに光を眺めていた。
「ガラパさん、なんなんですかあれは?」
パパの質問に対してガラパゴルドは別の質問を投げかける。
「……パパよ、君は死ぬのを恐れたことはあるかね?」
「……何を言ってるんですかガラパさん、私達にはそんな概念存在しませんよ」
「……あぁ、わかっている。 そう考えるように私がプログラムしたからな」
なんの疑念も示さずに話すパパに対してガラパゴルドは少し寂しそうな顔をした。
「……どうかしましたかガラパさん?」
「……彼女はそうではないのだよ。 彼女は意識そのものを我々の足りない技術で無理矢理プログラムに書き換えた存在なのだよ」
「……ガラパさん?」
「……なに、パルメニデスが私に泣きついて来た日を思い出していたのだ」
ガラパゴルドは日光浴をする亀のようにゆっくりと目を細め静かに笑った。
「くだらない話だ」
二人の前に一匹の獣が現れる。
彼に対してパパは強い警戒をみせる。
「……フィンリル。 どうしてお前がここにきている?」
彼等の前に現れたのはかつてイデア達を襲ったニホンオオカミだった。
「よいのだ、パパよ。 彼は私が呼んだのだ」
「どうしてまた?」
「彼を作ったのは私だからな」
「そういうわけだ、兄弟」
フィンリルと呼ばれた狼は皮肉交じりにそういった。
「……どういうことですか、ガラパさん?」
「ジロウ君はイデアお嬢さんにとってとても大切な存在だ」
ガラパゴルドは俯き考え込むようにパパに語りかける。
「しかし彼も本来は社会人。 もしジロウ君がイデアお嬢さんとの冒険を辞めてしまった時のために私が彼を用意した」
「つまり……?」
「フィンリルは彼の過去のプレイデータから作ったAIだ」
「今まで彼等に危害をあたえる者が現れないように警護にあたってもらっていたが今日まで彼がイデアお嬢さんと共に歩んでくれたおかげで杞憂に終わってしまったな」
「……ふん」
「なによりも過去のデータを元に作ったフィンリルとジロウ君は最早別人だ」
いぶかしげな面持ちでガラパゴルドは語る。
「それだけ彼は彼女達との交流で思考傾向が変わったということだ。 研究がはかどるよ」
「……ふん。 そんなことはどうでもいい」
話を遮るようにフィンリルは唸る。
「今の俺はちゃんとあの娘を守ってやれてるのか?」
彼の様子を眺めながらガラパゴルドは微笑んだ。
「それは今から一緒に見届けようではないか、我が子達よ。 彼等の大冒険の顛末を」
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