お別れ

〈思い出の場所〉

22.〈思い出の場所〉(1)


 俺達は光に包まれ、幻想的だったアクアリウムガーデンはその一切の姿を消した。


「これで……私がなんなのかわかる……」


 イデアがそうつぶやいた時、彼女はその手になにかを握っていた。

 それは前の記憶で幼いかめちょんがイデアに渡したペンダント。

 母と父の写真が刻まれた家族の証。


 ひび割れ崩れたペンダントがそこにあった。




~~~※※※~~~




 意識が暗転するといつもみた屋敷の一室に二人の人物がいた。


 それは今よりも大きく成長したイデアと以前あった時よりも若々しい社長、パルメニデスさんだった。


 パルメニデスさんは書斎しょさいに座り込み淡々と書類を眺め続け、離れたところからイデアがもじもじとして声をかけようとしている。


「……お父さん、今度の日曜日動物園にいこう?」


「どうしたんだ急に」


 どうしようもないほどに彼は無頓着でどうしようもないほどに彼女は弱腰だった。


「お父さんと出かけたいなぁって」


 イデアは背丈だけなら高校生位だろう。

 でもどこか言動が幼さを感じる。

 父の前だから甘えているとか、そういうものではない。

 どこか彼女は未熟なままだった。


「お前はもう大人だ、一人で行きなさい」


「……一人でいくのは嫌なの」

「……勝手にしなさい。 私は忙しいんだ」




 それだけのやりとりで二人の会話は終わった。

 そこに俺達がみてきた元気なイデアの姿はなかった。

 びくびくと震え、父の様子を伺い続けるか弱い少女がたっていた。




 しばらくする場面は変わりイデアはフレディの墓の前にたっていた。

 缶のような小さな箱とスコップを握りしめ独り言をいいながら庭の土を掘り返していた。


「疲れちゃったよフレディ」


 血色のない彼女は静かに墓を見つめていた。


「京子お姉ちゃんも日本に行っちゃったし、話が出来るのはあなただけよ」


 土をかけて埋める前に彼女は箱の中身を確認する。

 そこにあったのは使い古した首輪、顔のない似顔絵、枯れた花束、俺達が今までの集めてきた〈たからもの〉達があった。


「私ももうすぐあなたとお母さんのとこにいくから……、だから先に荷物だけ送っておくね」


 確認を終えた彼女はそれに蓋をして黙々と土を被せる。


「私の大事なたからもの、……ゴミみたいだけど家族との思い出のもの」






 箱を埋め終えたイデアは再び墓の前に直立し語りかける。


「……ねぇフレディ、……天国にいったらお友達沢山出来るかな?」


 かつてそこにいた家族に向かって。


「上辺だけの友達じゃくてさ、ちゃんと喧嘩しても仲直り出来るような大事なお友達よ」


 彼女は年頃の女子相応にはにかむ様子を見せながら子供のような夢を語る。


「私ね、お友達が出来たらみんなで冒険するの」


 その時だけはイデアは空を見上げいつになく嬉しそうだった。


「天国は空の上にあるらしいからそこで大勢で遊んで、みんなでショーをみたり、遊園地にいったりして楽しく過ごすの」




「それが私の理想……、理想の世界なの」




 最後に彼女はふっと息を吐き、寝ぼけ眼のように揺れる瞳で呟いた。


「……でも天国、……いけるかな? ちゃんと連れて行ってねフレディ」




 そこからの世界は色を失っていた。


 白黒の街並みの中でイデアは一人突っ立ていた。




「あんまりいたくないといいな」



 白黒の信号機をみつめながら彼女は呟く。


 瞬間、彼女は交差点の中に駆け出す。






 クラクションが悲鳴をあげ、ブレーキ音が唸りをあげる。






「……ばいばい、みんな」




 少女の体は中を舞い、白黒の世界が赤く染まる。




 彼女の握っていたペンダントだけがその上に砕けて転がり、……そこでこの世界は終わった。

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