「海」の街

「海」の街

20.冥府の悪魔(1)


 現実世界では年の暮れ、12月31日。

 無事に年末の仕事を終えた俺達はこの日を最後の一日に選んだ。

 理由は単純に年末年始の連休で時間がとれるから仕事を気にせずにイデアと過ごせるためだ。


 休みは三が日の間あってその間もずっと彼女と過ごしていたい。

 けどその後のことを考えて俺は今日彼女との冒険を終わらせようと決めたんだ。


 イデアが死なないように出来ないかも沢山考えた。

 やってみなきゃわからないって言葉もある。

 

 けど現実に生きる俺達は生きるためにしなきゃいけないことがある。

 ゲームの中の彼女のために全てを捧げることは出来ないんだ。




~~~※※※~~~




 新年を控えたズー大陸の空はどうしようもない程に澄み渡る青空だった。

 俺達の意向を察した社長が世界をいじったのかどうかは知らないがこの世界は俺達の冒険を締めくくるのに最も相応しい姿で出迎えてくれた。


 潮風が頬を撫でる。


 晴天の空を映すように目の前には広大な海が広がっていた。


「ジロウ!! 海だよ!!」


 俺達の思いを知ってか知らずかイデアは元気だった。

 これはいいことなんだと思う。


 最後の街までの距離を考えて俺達の旅は年が明けくらいに終わるのかもしれない。


「潮風が気持ちいいね!!」


 出来るならこうしていつまでも彼女の笑顔を見ていたい。

 でも俺達は……、立ち止まれない。


「楽しみだね! 海のなか!!」


 なによりもイデアは進みたがっているのだ。

 彼女は俺達の緩やかな旅の中で間違いなく彼女は一人進むことを望んでいた。

 それは三つの試練を経て彼女の記憶が不完全ながらも取り戻されて来たからだ。




 彼女は自分が何者か知らない。

 だからそれを知りたがっているのだ。




 俺達は社長から真実を聞いた。

 彼女が自ら死を望み、いずれ死んでしまうことを知っている。




 けどそれを彼女に教えることは出来ない。

 そこへは彼女自身の力でその答えに行き着かなければならないのだ。

 俺達に出来ることは見守ることだけなのだ。


 ガラパゴルドさんは言っていた。

 彼女の中に受け皿が出来ていると。

 いまになって思えばあの言葉は彼女が真実にたどり着いた時、俺達との冒険が真実を受け入れるための受け皿になるってことなんだろう。


 だから俺達は彼女と共に進み見守っていくんだ。


 ……いや違う、するべきことはもうひとつあるんだ。




「楽しみだなイデア!」




 それはイデアを愛してあげることだ。

 俺はそれをナチュラルに気付かされた。


 俺が出来て社長には出来なかったこと。


 何よりも彼女が求めていたことに……。


 俺は彼女の笑顔に笑顔で答えた。




~~~※※※~~~




「おや、また会ったねジロウ」

「なんだ? またあんたらか?」


 俺達は港町〈オーシャンエアポート〉にて老虎達と再会した。


「久しぶり! 白いおじさま!」

「ご無沙汰ですね老虎さん!」


「ふん、相変わらず騒がしい連中だ」

「こらテルー、貴方という者は」


 相変わらず無愛想なラーテルのテルーとそれを注意するサーベルタイガー、確かブレイドって名前だったか。


 この二人はなんだか他人の気がしないな。


「こんなところでどうしたんですか?」


 俺が老虎に訊ねると彼は困りげに苦笑いをする。


「前に勧誘に回っていると言ったのを覚えてくれているかねジロウ?」

「……ええ、確か二人会いに行くって言ってましたね」

「そう言えば俺達も森の番人にあったぜ、虎の旦那!」

「……あいつにはあんまりいい思い出ないわね」


 ナチュラルがそう言うと三獣士の一人、アナコンダも頷く。


「我々も彼には手こずりましたね。 我々三人がかりで漸く痛み分けといったところでした」

「ふん、蛇鬼とブレイドが足を引っ張らなきゃ俺だけでなんとかなったんだ!」

「テルー、貴方はよくもそんな口がきけますね」

「まぁまぁ二人とも主の客人の前だ、落ち着いてくれ」


 三獣士が落ち着いたところで老虎は喋りだす。


「それでだねジロウ、今日はもう一人の勧誘に来ているのだがどうにも困ったことになっていてね」

「……冥府の悪魔ですか?」


「あぁ、彼は今この港の周りの海域で暴れまわっていてね、この町の者から討伐クエストが出ているのだ」

「なんだかおっかないですねジロウさん」

「なんでもアクアリウムガーデンへ向かう旅人も狙っているようでね、被害者は多数いるそうだ」


「それじゃ私達も進めないじゃない」


 ナチュラルはそういいながらも内心喜んでいる、そんな風に感じた。

 多分俺がそうだからそう思ってしまうんだろう。


「折角海に来たのに!」


 でもイデアは困った顔をしているのだ。

 俺は二人の気持ちがそれぞれ理解出来た。


「討伐クエストが出てからも何人か挑戦者がいたようですが彼は水中で最強、海のギャング、シャークヘッド達も返り討ちにされたようです」


 三獣士の落ち着いてる方、ブレイドと蛇鬼が代わる代わる説明をする。


「そこで私達もリーダーの勧誘のために彼を無力化しようと準備していたのですが何分彼は水性生物、海の中での戦いは不利なのです」




 ここでこのゲームにおける水中の話をしよう。

 このゲームで陸上の生物が水中に入る場合泳ぎの得意な動物でなければ機動力は減少し更に酸素ゲージが0になると窒息ダメージもうけてしまう。

 酸素ゲージについては割りと簡単に手に入るアイテム「空気玉」を装備することで克服出来るがアクションゲームであるこのゲームでの機動力の低下は戦闘において致命的なハンデになってしまう。

 それ故に地上で最強の名を欲しいままにしているパワーオブメタルズの彼らも水中の相手になると話がかわってくるのだ。


「ジロウさんどうしましょうか? 老虎さん達がその暴れてるやつを倒さないと進めそうにないですよ」


 かめちょんの言葉にイデアの顔が曇る。


「海入りたいのに……」


 ここは大人しく待つべきなんだろう。


「イデア、ここは待とう」


 折角ここまで一人も仲間とはぐれずに進んでこれたんだ。

 訳のわからない相手に襲われて遠くの場所にリスポーンしてしまったら色々と困る。

 なによりイデアと離れ離れになるわけにはいかない。


 イデアの先にある真実を聞いた今、無理に進みたくはないのだ。




「嫌だ!!」




 イデアは初めて俺に反抗の意を示した。






「危ないんだぞイデア!」




 俺も初めてイデアを叱った。




「……」




 涙目のイデアはその場から駆けだし俺達の元を離れる。




「ち、ちょっとイデアちゃん!?」

「待ってくれイデア!!」




 俺はかめちょんを乗せたまま彼女を追って駆け出す。


「ナチュラル! タカちゃん! そこで待っててくれ!」


「ちょっと! ジロウ!!」

「仕方ねぇな、旦那」


「なんなんだあいつら?」


 テル―は頭を抱える。


「……仕方ないのだよテル―、……彼らは進みたくないがあのこは進むしかない」


 いぶかしげな面持ちの白い虎は去って行く彼らを見つめる。


「親の心子知らずとはよく言ったものだ」


 老虎の言葉を尻目に俺達はイデアを追った。




~~~※※※~~~




 イデアはある程度走ると疲れたのか足を止める。


「イデアちゃん! みんなのところに戻ろう!」


 かめちょんが優しく呼びかけるがイデアはこっちを向いてくれない。


「イデア……、お前がはぶてるのもわかる。だけど聞いて欲しいんだ」




「……わかってるよ!!」




 イデアは今まで聞いたことのない怒鳴るような声で言った。




「わがまま言ってるのはわかってるもん!!」




 イデアは目を潤わせながら俺達をみる。




「いつもみんなが私に優しくしてこともわかってるもん!!」




「わっかってるけど、わかってるけど……」




「私は早く自分がなんなのか知りたいの!!」




 ……わかってはいたんだ。

 けど確かに今、彼女の本心を聞いてしまった。


「……わかったよイデア」


 俺はイデアを見つめる。




「なら約束してくれ」


「約束……?」




 イデアも俺を見つめてくれる。


「〈たからもの〉を集めた後もみんなで冒険し続けようって、約束だ」

「……ジロウさん」


 わかってるんだ。

 彼女がどうなるか。


 仮にイデアがこれからもずっと元気だったとして、俺達は年老いていく。

 仕事を続ければ忙しくなるだろうし、いつまでもいつまでも楽しく過ごすことは出来ないだろう。


 永遠に幸せな時間なんてありはしないんだ。


 けど……、俺達はそれでも……。




「……? 当然だよ! 私ずっとジロウ達と一緒にいる!!」


「……」




 泣き止む彼女を前にして俺達は何も言えなかった。

 俺にも子供がいたのならもっと正しい叱り方が出来たんだろうか。




 それでも俺達は彼女と一緒にいたいんだ。




~~~※※※~~~




 俺達は先程の場所に戻って再びみんなと合流した。


「……老虎さん、俺に出来ることがあるなら協力させてください」


 彼女の進む先に敵がいるなら俺はそいつを倒さなきゃいけない。


「私もやるわよジロウ、もう遅れはとらないわ」


 彼女が進みたいのなら俺達も進まなきゃいけない。

 彼女に迫る脅威は俺達が全て取り払うのだ。


「……ジロウ、……角ねぇ」


 彼女の笑顔をこれ以上曇らせる訳にはいかないんだ。




「これは心強い、年の瀬までゆっくりと準備していた甲斐があったよ」


「……大丈夫よイデアちゃん! ジロウさんとみんなでやっつけるからね!」

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