19.終わりに向けて

 パルメニデス・エドワーズさんは帰っていった。

 世界的な大企業の社長の癖にタクシーを呼んでだ。


 ……不思議な人だった。


「……ジロウさん、寒いです」


 俺がぼーっとしているとかめちょんが袖を引っ張ってくる。

 玄関前で戸を開けたままだった。

 年の瀬が近付く夜空の星はいつもより綺麗だった。

 俺は玄関を閉めて部屋に入る。


 俺とかめちょんは改めて二人きりになった。


「……なぁ、かめちょん」

「なんですかジロウさん?」

「……お前は知っていたのか?」

「……いいえ、明確な答えは知りませんでした」


 かめちょんはいつになく静かだった。


「……でもきっとそれは嘘になりますね。 暗にそうゆう意図があることは気付いてました」


「……そうか」

「……」


 俺はベットに座りこむ。

 よく考えたらまだスーツのままだ。


「……なぁかめちょん」

「……なんですかジロウさん?」

「俺の家は普通の家だったと思うんだ」

「……と言いますと?」

「……親父もお袋も喧嘩はするけど普通に仲良かったし、一人だけいる弟とも特別いがみ合うことなく普通に過ごせてたと思うんだ」


「……いいですね、兄弟がいるのって。 高島さん達を見てると羨ましくなります」

「あいつらほどは仲良くねぇよ、あの兄妹はなんか普通じゃない」

「そうなんですかね」

「そういうのじゃないんだ……」

「……」


「……俺は自分が子供だった頃の思い出はあるけど子供を持ったことがないんだ」

「知ってますよそのくらい」


 かめちょんは少しはにかんだ。


「……親の気持ちなんてわからねぇよ」

「私だってそうですよ」




「……俺はあのこを、……イデアをどうしたらいいんだ?」




 まだ頭がまとまってない。

 イデアと冒険するようになって三ヶ月くらいか。

 最初はわからないままに旅にでたけど、俺達の冒険は間違いなく終わりに向かっている。

 それが明確になるたびに俺は無性に不安になってしまう。


「……ジロウさんはそのままでいいんですよ」


 俯く俺にささやくように彼女は言葉をくれた。


「なんだよそれ」


 静かだった彼女はにっこりと笑い言い聞かせるように語る。


「ジロウさんは十分お父さんの才能がありますよ、私が保証します!」


「なんだそれ」


 俺もつられて少し笑った。

 俺が笑ったのを確認した彼女は少し顔を近づけてきてぽそっとつぶやく。




「なんだったら本当になっちゃいますか?」




「……どうゆう意味だよ」

「私はジロウさんとだったらいいですよ」


「……ばーか」


 かめちょんの頭に手を置く。

 最近慣れてきたけどやっぱり猫みたいな手触りだ。




「そうゆうのは泣きながら言うもんじゃないだろ」




「……たって、しろうさん」




 くしゃくしゃな顔の彼女のことも随分慣れてきた。


「……しろうさんもなひてるじゃないですか」

「……うるさい、黙ってろ」


 かめちょんは潤んだ目を擦って俺の頭に手をのせる。


「……なんだよかめちょん?」


「いつものお返しです」


 暖かい手のひらが俺の頭上にある。

 そう言えば俺が撫でられたことなんてなかったな……。

 だけど、なんていうか……、いつもの感じがする。


「……なんだよまったく」


「ジロウさんはもふもふですね」


 黄色いカメレオンが俺の頭上にいた。




~~~※※※~~~





「先輩いいんですか? 明日で年の瀬ですよ?」

「なんだよ松下、なにか問題あるのか?」


 あれから数日たって俺と松下は二人で居酒屋バードフェイスに来ていた。


「だって上新井さんが家で待ってるんじゃないんですか?」

「……別にあいつは俺の嫁でもないし問題ねぇよ」

「…でも先輩」

「いいんだ松下、今日はお前と飲みたいんだ」




「……なにかあったんですか?」




「……」




「クリスマスの時からなんか二人ともおかしいですよ」


 いつも察しが悪い癖に今日の松下は妙に鋭い。

 ……いや、俺がわかりやすいのかもな。


「なんだなんだ? 夫婦喧嘩かジロウの旦那?」

「おあついねぇお二人さん!」


 年末年始で忙しない癖に高島兄妹は俺達の個室に顔をだす。

 相変わらず図々しい兄妹だ。


 こいつらも大事な仲間だ、ちゃんと説明しなきゃいけない。

 イデアのいないところで……。




「……イデアの親父に会ったんだ」




「……先輩それって」

「お、マジかよ旦那! 大企業の社長で超有名人じゃねぇか!?」

「うちらの店によってくれれば閑古鳥が鳴かずに済むんだけどね!」


 松下は静かに俺の言葉を理解していた。

 高島兄妹の声色は明るいようでいてそうではなかった。


 なんだかんだいって長いこと張り合ってきたライバルで仲間だ。

 こいつらのことは大体わかる。


「……聞いたんだ、イデアのことを。 アイツが何で、これからどうなるかを」




~~~※※※~~~




「……ジロウの旦那、これは俺の勝手な意見だけどよ、親父さんの言い分は間違ってると思うぜ」


 俺の話を聞いて最初に口を開いたのは高島兄だった。


「俺も子供はいないけどよ、生んだ以上は自分で責任を持つべきだぜ?」


 彼は暗に自分の経験からそう思うことを伝えてくれた。


「私も沢山兄貴と一緒に撮影してきたけどさ、イデア嬢が死ぬなんて嫌だよ!」


 高島妹は純粋に、唯々感情的にそう考えていた。


「……先輩」


 そして松下は。




「そんなのジロウらしくないわ!!」



 俺の胸ぐらを掴み席をたった。

 勇ましい彼女はどこかいつもより大きく見えた。


「初めて私達が戦った時のこと覚えてる?」


「……どうだったかな」


「私はあなたに負けたときどうしてそんなに強いのか聞いたの!!」


 やけにむきになって、こいつ……。


「……そうだったっけか?」




「あなたはこのゲームが好きだから、そう言ったの!!」




「……」


「私はただ暴れるために遊んでたのにあなたは純粋に世界を楽しんでいた!!」


 楽しんでいた……。


「イデアちゃんとの冒険でもあなたはいつも楽しそうだった!!」


 イデアとの冒険を……。


「確かに先輩は仕事も要領いいですし尊敬してます」


 俺は……。


「でも私の好きな先輩は大事なものを大事だって言えるジロウなんです!!」


 いや、ジロウは……。




「私のことも好きだって言ってくれたあの先輩が好きなんです!!」




「ひゅー、こりゃ凄まじいプロポーズだね兄貴。」

「あぁ南、俺も言われてみたいぜ。」


 二人がなにか言った気がするが俺にはよく聞こえなかった。


 それだけ松下の言葉は俺に響いた。


 イデアが俺を選んでくれた理由。

 イデアの父に出来なくて俺に出来ること。

 俺がイデアとの冒険を続ける答え。




 彼女の言葉が俺の探していた答えだった。




「……ありがとう松下、いやナチュラル」


 俺が感謝の念を述べると突然彼女は手を放し席につく。


「ば、バカね今はお酒がまわってて勝手に喋っただけよ! か、勘違いしないでよね!」


「お前のお陰でなんかわかった気がする」


「……ふふ、少しはいつもの先輩らしくなったんじゃないですか?」




「だから改めてお願いだ、ナチュラル。 それとタカちゃん」


「な、なによ?」


「私らついでだって兄貴」

「贅沢言うな南、カメラマンはそうゆうもんだぜ?」




「これからも俺についてきてくれ!」


「言われなくてもよね兄貴!」

「当然ついてくぜ旦那、乗っかった船だ!」


 ナチュラルは今までにない笑顔を向けてくれた。




「……あんたが嫌って言ったってついていくんだから!!」


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