お父さん
18.お父さん(1)
「ありがとう、運転手さん」
仕事帰りの俺が家につくすぐ手前、タクシーが止まり中から帽子を深く被った黒服の男性と恰幅のいい男性が二人降りてきた。
帽子を被った男性の言葉は片言で外国人だというのがすぐにわかった。
時刻は夜の九時半、この通りに人気はない。
俺は関わるまいと足早に帰路につく。
「ジロウさん大変です!!」
帰って早々にかめちょんは騒がしい。
「どうしたんだよいきなり?」
「しゃ、しゃ、社長がいらっしゃってます!!」
「……は?」
俺が玄関先で立ち竦んでいると先程の黒服の集団がやってくる。
「こんばんわ」
帽子の男性は片言の日本語で挨拶する。
「遅くに失礼するよ、ジロウ君」
~~~※※※~~~
俺の狭い部屋に彼は上がってきた。
二人の恰幅のいい男達は玄関の前で待機しているようだ。
かめちょんが最初に待っていたときといい近所に変な噂がたたないか不安になる。
落ち着きのないかめちょんは彼に話しかける。
「Long time no see Mr.Edwards.」
初めてかめちょんが英語で喋るところをみた。
改めて考えれば彼女はアメリカに住んでいたのだ、日本語よりもそちらが母国語なのだろう。
しかし俺は英語はさっぱりだ。
確かに大学をでるまで何かしら勉強してきたが今どき自動翻訳器がスマホで簡単に使えるようになったから困ることはなかったのだ。
俺はなんと答えればいいのか迷っていると俺達の前にいる人物はポケットからネクタイピンのような機器をとりだし襟元につける。
「大丈夫だよジロウ君、翻訳器は用意してある。 我が社の商品だしね」
その男性が話した英語は遅れて落ち着いた男性の音声として話される。
「自己紹介が遅れたね。 私はパルメニデス・エドワーズ、株式会社デミウルゴスの社長をしているものだ」
彼はそういって俺に手を差しのべてくる。
「株式会社御手洗商店の大崎士郎です、よろしくお願いします」
それに対して俺は仕事の癖で営業時の挨拶で出迎える。
向こうの礼節がどんなものか知らないがいつも通りの対応が無難だろう。
「遅くに失礼したね、ジロウ君。 話はかねがねメイチョン君から聞いているよ」
握手を済ますと彼はにこやかな笑顔を俺に向けてくる。
こんな時間に訪ねてきて失礼な人だと思っていたがそれを許してしまえるような爽やかさがある。
外では帽子を被っていて分かりにくかったが改めてみると歳は所長よりもとっているようだが若々しい印象、短く整えられた金髪でいてどこかイデアを思わせる外見だ。
だが彼の瞳は青くなかった。
力強いブラウンだった。
「こんな時間にお邪魔して済まないね。 中々時間がとれなくてね」
パルメニデス氏は話始める。
「娘がお世話になっているようだから一度挨拶をと思っていたのだよ、日本に来る機会は少ないから目立たないようにするのは大変だったね」
困りげな顔で喋る彼はこの世界に名を馳せる大企業デミウルゴスの社長、今俺の家にいるということがまずありえない。
その口ぶりからここに来るために多くの労力をさいていたようだった。
「デミウルゴス」は脳の発する微弱な電磁波の解析に成功した企業で今あるVRデバイスの技術の殆どをこの会社が生み出したのだ。
俺達の遊ぶゲームもそうだが医療やレジャーの分野もこの会社のもたらしたVRデバイスの力で盛り上がりを見せている。
世界のどこにいてもVRデバイスと緻密な操作が可能なロボットアームを通じて高度な手術が受けられるし家にいながら遠くの国の様子を見られるのだ。
近年は人工知能の開発に力をいれておりその一環としてワイルド・シミュレータはうまれたのだ。
「申し訳ありません、なんの準備も出来ていなくて」
かめちょんが申し訳なさそうにしていることから事前に連絡があったというわけでもなさそうだ。
「いいんだよメイチョン君、君の頑張りはいつも見ている」
パルメニデス氏は穏やかな表情で答える。
「それよりも話を本題に移そう。 娘の話だ」
パルメニデス・エドワーズ、俺達の前にいる彼はイデア・エドワーズの父、俺達がイデアと呼ぶ少女の父、その人なのだ。
「いつも娘と遊んでくれてありがとう、感謝するよ。 君達の冒険はとても愉快だ、見ていてとても面白い」
「……見ているって?」
「私はいつも君達の旅の様子を見させてもらっている」
俺の問いに落ち着いた顔の男は淡々と答える。
「あの世界は私の会社のものだ。 全ての出来事を映像データで確認することが出来る」
そこには大企業の社長としての威厳を感じる。
「見るだけでなく君達に害をなすものを排除することもね」
彼は俺達の旅の全てを知っていた。
闘技大会での白熱した試合も、沢山の鳥達とのかくれんぼも、一日限りの奇妙なサーカスも……。
彼は見ていた。
俺達のプレイ時間もかめちょんを使って把握して可能な限りその目で見ていた。
「……どうしてなんですか?」
それだけ聞いて俺はふと、檻のなかにいたイデアのことを思い出した。
「……ジロウさん?」
俺達が振り向いた時に二人がいなくなったあの日のことを思い出した。
「どうしてそれが出来るのにイデアと居てやらないんだ!!」
俺の中にあったのは怒りだった。
あの世界での冒険を経て、積み重なったもやもやが今明らかになった。
それは怒りだった。
「ジロウさん! 落ち着いてください!!」
「大丈夫だメイチョン君、…彼の言いたいことはよくわかる。 私はわかっているよ」
彼は冷静だった。
思えば顔を合わしたときから、さわやかではあれど静かだった。
「……君達には聞いてもらいたい。 私の懺悔を」
神を信仰する信徒のように彼は静かだったのだ。
「私はこれを伝えるためにここに来たのだ」
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