彼の来た道
私の妻は出会った時から病気を持っていた。
金持ちの娘だったがどうにも治らない病気だったのだ。
あの娘が生まれた後、私の妻は死んだ。
わかっていたんだ、死ぬことは。
今時、代理出産すればいいのに……、妻はそれを拒んだ。
そしてあの娘は生まれた。
私は怖くなった、あの娘が。
そっくりだったのだよ、妻と。
死んだはずの妻と同じ顔の彼女が生まれた。
死んだ筈の妻が私を恨んで蘇ったかのようだった。
……私は愛していなかったのだ、あの女を。
あの女が思うほどに、私は愛していなかったのだ。
私は怖くなって逃げた。
持てる時間全て仕事に勤めた。
私にはあの娘が大きくなるのに十分な資産があった。
何も困ることはない。
そのはずだった。
あの娘は自ら死を選んだ。
妻と同じ様にな。
正確には違うと君達は言うのだろう。
けれど私には同じだった。
息はあれど動かなくなった娘を私はみた。
病室について初めて彼女が人間関係に悩んでいたことを知ったよ。
……我が家の執事、メイチョン君の父から聞いたのだ。
私はその時、自身の愚かさを知った。
怖れていたあの娘が大事なものであったと気付いた。
……おかしな話だよ。
私はその日までそんなことを考えたことはなかったのに。
娘よりも会社の方が大切とすら考えていたのにな。
私はもう一度やり直したくなったのだ。
彼女との関係を。
可能な限り手は尽くした。
しかしこの世界でそれは出来なかった。
ならこの世界ではない場所で。
そこに私達の理想とする世界を作ろう。
私はそう決心した。
私の会社にはそれが出来た。
それが出来るだけの技術があった。
私は神にでもなったつもりだった。
私達は彼女を作ろうとした。
彼女を元にその世界に彼女を作ろうとした。
私の持てる全てをもってだ。
それは神に誓うよ。
しかし上手くはいかなかった。
彼女は彼女ではなかった。
私の知る彼女ではなかった。
技術的には問題はなかったはずだ。
何が足りなかったのか。
その時の私にはわからなかった。
私の雇った技術者達にもわからなかった。
私達の試みは失敗した。
しかし会社の技術を集結して行ったプロジェクトだ。
失敗の二文字で片付けることは出来なかった。
彼女を作るために沢山の金と時間、他社からの技術提供があったからだ。
生きた人間のIA化、この
だから彼女が彼女でないことを知っても私達の実験は続いた。
彼女を彼女にするために新しいプログラムが開発された。
人工知能として未熟なそれを彼女に近付けるための修正プログラムだ。
それが自己改善プログラム、君達の言う〈たからもの〉だ。
しかしその内容を知って私は怖くなった。
そのプログラムは自身の根元にある内部データをとりだし、それを元に起動するものだった。
つまり彼女の過去の記憶から起動するのだ。
それの中に私の記憶があるのか。
私は怖くなった。
わかっていたからだ。
彼女の記憶の中に、私がいないことは。
私自身、家族の思い出など疎ましいものとして考えていた。
あの女を愛してはいなかったし、こうなるまであの娘のことも深く考えたことはなかった。
プログラムの起動にあたって私は怖くなった。
私がいかに
私自身の目でそれを受け入れることが出来なかった。
だから見守ることにした。
娘を慕っていたメイチョン君を使ってね。
私は私の作った世界の神になり、空から彼女の誕生を見守ることにしたのだ。
プログラムの成長も時間をかけて四段階にし、ゆっくりと見守ることにした。
プログラムの性質上、一度に負荷をかける訳にもいかないという理由もあった
だがそれ以上に私はその事実をみたくなかった。
彼女の記憶の中に私がいないことを認めたくはなかった。
思考回数を増やすことで淡い期待を持ちたかったのだ。
プロジェクトが立ち上がるとメイチョン君はよくやってくれたよ。
私が話すことの出来なかったあれと話せるようになったのだから。
メイチョン君の努力でプロジェクトは軌道にのったものの順調ではなかった。
私は内心喜んでいた。
あれの中にあった記憶を見なくてすむのだからと。
しかし私の安心はすぐに覆された。
君が現れたからだよ、ジロウ君。
君は偶然あれの前に現れた。
私は知っている、君の目的が少なくともあれとの出会いでなかったことはね。
あれは君を見つけると今までにない反応を示した。
何がそうさせたのか私達も解明出来てない。
ただ確かなのはあれにとって君は喜ばしいなにかだったのだ。
メイチョン君にもそれはわかっていた。
だから彼女が君の元へ出張申請をだした時、私も困り果てた管理部を説得して許可をおろさせた。
君達の旅を見守っているとあれは確かに彼女に近付いていった。
君達は旅を進めることで当初の目的であったプログラムの起動を順調に進めた。
その際に彼女の記憶に触れたと思う。
私もそれを見ていた。
やはり彼女の記憶に私はいなかった。
私はその事実に直面する度に、同じ事実に直面する君達を見てきた。
君達は彼女の記憶をみて、あれに歩みよっていった。
それは私には出来なかったことだった。
そしてジロウ君。
君はあの非現実の世界であれを家族だと言ってくれた。
私にはそれは出来なかった。
私には出来なかったのだよ。
彼女を作ろうとしていた私にとって。
あれを娘だと認めることが。
……私には出来なかったのだよ。
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