〈たからもの〉 枯れた花束

15.〈たからもの〉の鍵(1)

「つまり君達の侵入を強く拒んだのもリンリンが君達を乗せてきたのも全て計画通りだったと言うわけだよ」


 俺達はガラパゴルドの住みかに来ていた。

 住みかと言っても草原の真ん中に屋根と寝床があるくらいで辺りは吹き抜けだ。


「私達が正面突破したらどうするつもりだったのよ?」




「出来なかったろう?」




 ナチュラルは問いかけに後ろの巨大な動物、パパが笑いながら答える。


「……あんたへのリベンジ、ここでしてもいいのだけど?」

「角の悪魔はおっかないなぁ……」


 ナチュラルの好戦的な姿勢にもパパは寛容だ。

 それだけの自信と余裕があるのだ。


「じゃあストロンガーもお仲間なのかい、ガラパの旦那?」

「ストロンガー? 誰だねそいつは?」

「……ゴリラですけど?」


「それは知らんな。 この町にゴリラはおらんしリンリンのところにもいないはずだよ」


 結局あいつはなんだったんだ?




「……それで試練は本当にクリアでいいんですか?」


 いがみ合う草食獣と頭をひねる俺達をよそにかめちょんは訊ねる。


「ああ、そもそも試練の裁量は私達長に任されている。 私がいいと思うのだから当然よいのだ」


 気のいいおじさんのような声の彼は答える。


「なによりも君達は既に期待通りの働きをしてきているのだ。」


「……期待通り?」


「ああ、この話をするならここは少し人目につくね」


 ガラパゴルドは足元の地面を三度踏む。

 すると地面が割れて地下道への道が俺達の前に現れた。

 ぎりぎりナチュラルも通れるくらいの大きさだ。


「パパ、君はそろそろ警備に戻ってくれたまえ。 この時間はまたフィンリルの連中がやってくるかもしれない」

「……あぁ承知した、ガラパさん」


 パパはガラパゴルドと話を終えるとすぐに門の方へと去っていった。


「ではお客人方、私の秘密の部屋に案内しよう」


 ガラパゴルドはニッコリ笑って地下へと入っていく。

 俺達もそのあとに続いた。




~~~※※※~~~




「ここが私達の秘密の部屋さ」


 地下道へ続く階段は想像以上に長かった。


「な、なんなのここは?」


 俺達がたどり着いた先は小さな部屋などではなく広大な空間が広がっていた。

 それは俺達が見た地上の森をそのまま再現したような空間だった。


「ここは誰もいない、所謂残骸だよ」

「分かりやすく言うならワイルド・シミュレータのプロトタイプで最初に作成されたワールドデータだ。 時々実験で使うんだよ」


 昔を懐かしむようにガラパゴルドは言った。


「何で、そんなものがここに……」




「私はこのゲームを開発した一人なのだよ」




 彼は四大都市の長だが他の長と比べて情報が少ない。

 その理由の断片を俺達は今知った。


「……それって」


 俺の問いに対してガラパゴルドは新たな問いを答える。




「ここグリーンホスピタルはこのゲームで最大の人口を誇る、何故だかわかるかね?」




「そ、それは守りが固くて平和だからなんじゃないですか?」


 かめちょんは不安げに答える。


「その答えは半分あっていて半分違う」




 首を横に振りながら彼は含みを持って答える。




「この施設はなのだよ、人工知能のね」




「……どうゆうことなの?」


 ナチュラルの疑問に対し穏やかな表情の亀は静かに答える。


「ここにはプレーヤーと共に多くの特殊なNPCが存在する。 それはプレーヤーと判別が出来ないほど緻密な思考を行うNPC、つまり人工知能を搭載した自己成長するプログラムだ」


「パパもその一つだ」




「……え?」




 何も知らなかった俺達は衝撃をうける。

 何の違和感もなく俺達と会話したあいつが、人間ではないってのか……。


「彼らと人は当たり前のように会話し当たり前のように接している」


 ガラパゴルドの声に先ほどまでの陽気さはない。

 淡々と事実を伝える研究者、それが今の彼だった。


「彼らと民間人との接触を通じての成長過程を研究することが私の仕事なのだ」


「このためにこの都市には警備員を雇って防衛戦を築いてもらっている。 それ故に人口が多いのだ」


 それだけ話してガラパゴルドは一呼吸いれる。


「勿論人工知能の研究を軍事利用しようとするものも多い。 現に私以外のグループが戦闘データの研究も行っている」


「……なんですって?」


「人工知能と他生物との共存、或いは兵器利用、その研究の為に用意された資金があるからこそこのゲームは無料で全世界に公開されているのだ」


「……ただより怖いものはないってか」


「私の立場ではそれをどうこう言うことは出来ないがね……」


 悲しそうな目をしたガラパゴルドは研究者としてではなく人としてそう話した。


「とにかくここで話したことは世間には内密で頼むよ。 話したところで信憑性もないし、何よりお嬢さんの為にならない」


 急に笑顔になって彼は俺達の中の一人の少女をみる。


「そちらのお嬢さん、……イデアちゃんと言ったか、彼女は本当に特例だ……」


 イデアはガラパゴルドに見つめられ少し緊張している様子だ。

 ただ昔のように俺の毛皮を掴むことはない。

 彼女も成長してる……ってことなのか。


「彼女は記憶を取り戻すことで自身の構成データを書き換え本来の姿に戻ろうとしている」


 ガラパゴルドは俺達に情報をくれる、しかしその上でイデアを気遣っている様子がみれた。

 彼は恐らく口にした言葉以上のことを知っているがあえて伏せている、そんな感じがするのだ。


「……全部の記憶を取り戻したらどうなるんですか?」


 俺は問う。


「……それは君達次第、ということにしておこう」


「私の推察を話すよりも体感してもらう方が早いだろう」

 ガラパゴルドは〈たからもの〉を取り出す。

 それをみた俺達は一瞬躊躇ちゅうちょする。

 また前のようにイデアは倒れ苦しむのではないか、その不安が頭を過る。

 俺達の不安と裏腹にイデアは一歩前に踏み出す。


「……イデア」

「……大丈夫だよジロウ」


 彼女は笑ってこちらを向く。


「……私知りたいの、お父さんのこと」


 前の記憶を見てから彼女はお父さんについて話さなかった。

 けれど間違いなくその存在を認知しはじめていたのだ。


「〈たからもの〉を開ける前に一ついいかね?」


 宝箱を前にしてガラパゴルドは躊躇いながら言った。


「なんですか?」




「どうかを責めないでやってくれ。」




「……やつって?」

「……いや、いいのだ。 イデアちゃん、開けてくれたまえ」


 彼はもどかしそうに、それでいて優しい顔をしていた。




「……なら開けるね」




 俺達が次の言葉をかける前に彼女の周りが光に包まれる。


 彼女は光の中で花束を抱えていた。

 それは様々な花で構成され綺麗に整っていて手作りの花束なのだとわかる。

 しかしその色彩はどこかくすんでいた。

 綺麗な花束ではないのだ。

 何日かたってそのどれもが枯れ始めている。


 それを持つ彼女は無言だった。



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