「愛」の街

「愛」の街

12.三獣士(1)

「せーんぱい!」



 日が暮れた営業所に今日もタイピング音が響いている。

 そんな中俺を呼ぶ声がする、後輩でありゲーム仲間である松下だ。

 

「今度いきたいお店あるんですけど、また一緒に来てくれませんか?」


 なんだか前の飲み会以来彼女は妙になついてきている。

 ……まぁそれはいいことなんだ。 


「あ、割り勘で大丈夫なんで!」

「……俺が払っても問題ないけどさ」

「いいんです、いいんですよ先輩!」


 なんだか今までよりも明るくなった気がする。


「どのみち今週末は例の飲み会だろう?」

「先輩と二人がいいんです!」


「いいねぇ、若い二人は。 僕はお小遣い制だからあんまり外食出来ないんだよね」


 寂しそうに話すのは係長、お子さんの学費の為に節約しているのだとか。


「俺も時間があれば一緒に行きたいんだがな!」


 がははと笑いながら話すのは所長、年末に向けて最近忙しない。


 かくいう俺達も決して暇なわけではない。

 年末には得意先の岡見さんのところでも忘年会が開かれてそのために大量の発注がかかる。

 主任になった以上それに見合う仕事をしないといけないのだ。


 時は十一月の上旬、怒濤の年末に備えて力を蓄えないといけないのだ。




~~~※※※~~~




「ジロウさんどうですか今日の御飯! 寒くなってきたので父の得意料理のサムゲタンを作りました!」

 楽しそうに俺に話しかけてくるのは上新井。


「確かに体が暖まるなかめちょん」


 今では俺も彼女をかめちょんと呼んでいる。

 そもそもこいつは本名がややこしいのだ。


「えへへ! それはよかったです!」


 嬉しそうに話すかめちょんもすっかりうちに馴染んでしまった。


「なんなら私を暖めてくれてもいいんですよ?」


 そういう彼女は前よりも明るい。

 前から明るかったがなんとなくそんな気がする。


「……はいはい、布団にでもくるまってろ」


「あージロウさんのいけず!!」


 その分前より面倒になった気もする。


「前みたいに頭撫でてくださいよー!!」


「……はいはい」


 彼女からイデアの話を聞いて以来かめちょんはそれを要求してくる。




「えへへ!」




 撫でてやると猫みたいに喜ぶのだ。


「やっぱりジロウさんはお父さんの素質がありますよ!」


 ……意味のわからないことをいう。


「……程々にしてくれ」


 俺だって独身男性だ。

 今までたいして意識してなかったがこの図々しい女に興味がないわけではない。


「なんならもっと激しくしてくれてもいいんですよ!」


 しかしそうゆうのはよくないと思うのだ。




 その理由はイデアだ。




 今は彼女と真剣に向き合うためによそ見をせずに彼女を見てあげる必要があると俺は考える。




「もージロウさん!」




 例え仕事が忙しくても。




「私ってそんなに魅力ないですか?」




 例えこのうっとおしい女に可愛いげがでてきてもだ。




「……もしかしてホモなんですか?」


「……違うわ!!」




~~~※※※~~~




 現実世界での仕事とゲーム世界でのイデアとの触れ合いを行ききする生活も二ヶ月近く続き大分慣れてきた。

 俺達の都市巡りは二つの試練を乗り越え残るは二つ、つまり半分を過ぎたと言ったところだ。


 俺達は昆虫類のNPCが多数出現する森〈パンプキンジャングル〉を通っていた。


「見て見てジロウ! 変な花だよ!」


 野生のハナカマキリをつまみ上げイデアは笑う。

 カマキリなんだから危ない気もするがイデアに摘ままれたそれは抵抗する素振りを見せない。

 かめちょんから聞いた話ではNPCがイデアに危害を加えないようチートコードが仕込まれているらしい。


 前までは先を急ぐばかりで気付かなかったが今の俺達はイデアとの旅を楽しみ緩やかに進んでいる。


「イデアちゃん危ないよ!」


 危なくないことはわかっているけどかめちょんは注意する。

 やっぱり彼女はイデアのお姉ちゃんなのだろう。


「ジロウ、イデア! こっちにも色々虫がいるわ!」


 辺りに生えるカボチャを角で持ち上げナチュラルは声をかけてくれる。

 するとコオロギやキリギリスが姿を現す。


「しっかし先週の騒ぎが嘘のようですな、ジロウの旦那!」


 気が付けばタカちゃんも俺達に同行し二本の鉤爪を地面にたてながら俺の隣をついてくる。

 余計なジョークを言わないところから兄の方だと察せられる。




 この森は先週まではハロウィンイベントで盛り上がっていたがイベントも終わり閑散としていた。

 それこそ先週はコスプレ大会やら期間限定NPC「ジャックオランタン(を被ったブルドック)」も出現したりと忙しなかったのだ。


 まぁそれはそれで楽しい思い出になった。


 ……それはいいのだ。




「へっへっへ、見つけたぜウルフライダーズ!!」


 俺達の後ろから声がする。

 烏の烏龍ウーロンだ。


「またあんた達? 雑魚の相手は勘弁なのだけど」


「雑魚とはなんだ雑魚とは!」

「てめーなんか怖くねぇや!」


 烏龍の後ろにはスカイフロントウェアにつく前いつぞやみた鳥達がいる。

 ハンターコミュニティ「烏合衆うごうしゅう」の面々だ。

 確か前はナチュラルが一掃してたっけか。


「おいおい烏龍ウーロンよぉ、そいつらは俺達の獲物だぜ?」


 「烏合衆うごうしゅう」とは別に森の茂みから声がする。

 ゆっくりと現れるのは体長一メートル程のワニ、コビトカイマンのハングリー。

 本来のコビトカイマンはもう少し大きいのだが彼なりのこだわりなのだろうか?


「あ、闘技大会でジロウさんが秒で倒したやつですね!」




「う、うるせぇ!! 今回はちゃんとで来てるんだ、負けやしねぇ!!」




 ハングリーの後ろからぞろぞろと動物が現れる。

 その群れは蛇やトカゲ、コモドオオトカゲと言った爬虫類で構成されている。


「あれはゴロツキの集まり、スケイルチームズですぜジロウの旦那。 悪い噂が多いぜ」




 タカちゃんはそういってにやっとする。

 ……また面倒なのが出たな。




「まてまて、ウルフライダーズは我らが討ち取る」




 今度は左の林から別の動物が現れる。

 この中でも一際大きい獣、ヒグマだ。




「一匹狼のジロウ! 角の悪魔ナチュラル! お二人の命もらい受ける!」




 ヒグマの隣から渋い声で現れたのはヒグマより小さなレッサーパンダ、その隣にはヒグマと同じ位大きなシロクマもいる。

 クマ三人組だ。


「おっと今度は熊手道場だ。 やつらは動物の姿でカンフーの達人らしいぜ」


 妙に嬉しそうにタカちゃんは説明してくれる。

 お前はそのためについてきたのか?


「私達すっかり人気者になっちゃいましたねジロウさん」


 何故かかめちょんも嬉しそうだ。

 目立つなって話はどこへいったんだ?


「しつこい雑魚は嫌いなんだけど?」


 これだけの大勢を前にしてナチュラルは強気である。

 まぁぶっちゃけナチュラルだけでもこいつらは倒せる気がする。


「お友達が一杯だね!!」


 イデアも状況を理解していないのか、いや理解した上で楽しそうに喋る。




 なぜならここのところずっとこうなのだ。

 

 ログイン直後に攻撃を仕掛けるリスポーンキルを狙われることこそないものの道行く先でこのゲーム中の力自慢が俺達に勝負を仕掛けてくる。

 二つ目の試練をクリアした後にその様子が街のおさであるチキンジョッキーの動画で公開され俺達のコミュニティ「ウルフライダーズ」はかなり有名になってしまった。

 ちなみに名前はみんなから呼ばれるからそのままそれを採用した。

 子犬を背に乗せたオオカミという俺とイデアのわかりやすく目立つビジュアルも相まって道行く先で声をかけられ、歓迎されたり襲われたりしてる。

 そんなことが続いているが犬に変装したイデアの正体に気付かれる事もなく、会社の方から警告もなく、何より色んな動物に囲われてイデアが楽しそうなのでそのまま旅を続けている。




「へへ、テメーらには多額の懸賞金が掛かっているんだ!」


「おおよぉ、それでいて色んな都市を暴れまわって調子にのっているようじゃないか?」


「故に狙われるのは至極当然。 観念するがいい」


 まるで打ち合わせでもしたかのように息のあった三チームのリーダー達はそのメンバーと共に俺達を囲んでくる。




 ……はぁ、イデアと遊ぼうと思ったらこうやって毎回邪魔が入る、一体何なんだ。




「ファッキンジャープ!!」




 なんか気付いたら横にゴリラのストロンガーも混じってるし何がなんだか……。




「おやおや、騒がしいじゃないかジロウ?」




 俺達を取り囲む集団の外側から新たな声がする。

 その声は落ち着いていて、とても力強く懐かしい声だった。

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