10.オフ会(3)



「いらっしゃいませ!」


 ハスキーな声の女性店員がやって来る。


「お二人様ですか?」


 にこやかな笑顔で俺達を出迎えてくれている。


「はい」


 俺が返事をすると個室に案内された。

 知名度の割には綺麗な店内で中々いい感じだ。


 天上には鳥の模型が吊るされていてバードフェイスの名の通り鳥が全面的に押し出されている。

 店の人は鳥の愛好家なのだろうか?

 俺達が席につくと先程の店員がお絞りとメニューを持ってくる。


「お決まりになりましたらボタンでお呼びください!」


 てきぱきと話す女性は高校生だろうか、俺も学生時代に居酒屋のチェーン店でバイトをしたことがあって妙な親近感が沸く。

「松下の好きに選んでいいぞ、今日は奢るよ」


 今まで部下と飲む機会がなくて言えなかった台詞が遂に言えた。

 別に言いたかった訳じゃないがなんとなく嬉しくなった。


「いいんですか先輩?」


 松下はいつになくおどおどしている。

 あまりこういう場になれていないのだろう。


「ならカシスオレンジとシーザーサラダ、あとオススメのこんがりチキンをお願いします!」


 松下が指差すオススメのこんがりチキンは大きな鳥手羽をオーブンでじっくり焼き上げた一品と書かれており、写真もパリパリに焼き上げられた鳥手羽がこの店秘伝のタレで光沢を帯びていた。

 お腹の空いた俺達は迷わずそれを注文した。


 俺の元にビールと松下の元にカシスオレンジが届く。


「ならとりあえず下見ということで、乾杯!」

「はい、先輩今日はわざわざありがとうございます!」


 俺と松下はグラスを交わす。

 あんまり飲み会は好きじゃないがこういうのもたまには悪くない。

 かめちょん達とのオフ会も少し楽しみになってきた。


「ところで松下、なんで俺を誘ってくれたんだ?」


 一杯目のビールを飲みながら松下に訊ねる。


「そ、それはいつもお世話になってますし是非お話をと思って」


 まだカシスオレンジしか飲んでないのに松下は赤くなる。お酒弱いのだろうか。


 松下と飲むのは春にやった営業所の歓迎会以来だ。

 期待の新人と言うことで係長や所長にいじられてるのはみたが俺はさほど話してなかった。

 うちの会社はそこそこ大きな中小企業で各地域に営業所がある。

 各営業所内の人口はそれぞれ事務員を含めて十人程度で若手が少ない。

 結果的に俺が松下と一番年の近い社員となる。

 だから松下が俺に話しかけやすいと言うのもわかる話だ。


「……先輩はよく飲まれるんですか?」


 もごもごしながら松下は聞いてくる。営業所では割とはきはきしゃべるほうだから意外である。


「俺はあんまり飲まないかな。 松下は?」 

「……私もあんまりです」


 カシスオレンジ一杯で赤くなるのだからそうなのだろうな。


 俺達の間に少し間が開いた後で先程の店員さんが注文した品を持ってくる。

 枝豆とポテトフライ、シーザーサラダだ。

 それぞれ綺麗に盛り付けてあってなんとか映えしそうだ。


「美味しそうですね先輩!」


 松下はそういってサラダを皿に取り分けてくれる。

 最近上新井と一緒にいるせいで気付かなかったがこう言うのが女子力が高いというのだろう。

 上新井の料理も悪くはないものの配膳はしてくれない、大皿に盛り付けてあって各自で取り分けるのだ。

 改めて考えれば韓国人の父親の影響なのかもしれない、向こうはそうゆう食文化だとテレビかなんかで見た気がする。


「松下は家で料理するのか?」


 俺は不意に訊ねる。


「……私は全然ですね。 いつもスーパーの安いお総菜を買ってます」

「そうか、俺も昔はそうだったよ。」


 彼女の言葉に新入社員だった頃を思い出す。


「何だか気が合いますね」


 そういって松下は笑ってくれる。

 それはとても角の悪魔だとは思えない笑顔だった。




 さて、どう切り出したものか……。

 乾杯も済ませ食事もやってきたところで俺は悩む。

 今回松下と飲むことにしたのは俺がジロウであることをナチュラルに伝えるためでもあった。


 正直未だに気まずい。

 ゲームのリリース当時からしのぎを削ってきたライバルがまさか会社の後輩だったなんて当時の俺は微塵にも考えなかっただろう。


 しかし今となってはその事実を知った上で彼女に事実を伝えなくてはならない。


 これは最早俺個人の問題ではなくイデアの今後のために必要なこと、そうかめちょんも判断したからなのだ。

 勿論俺もそれには賛同している。

 イデアの今後を見守る以上ゲーム内の仮初めの関係だけでなく実際に会って作る信頼関係が必要だろう。

 イデアだって行き連れではあるが共に出会った仲間とこれからも冒険したいだろう。

 だからこそ松下とも仕事の関係だけでなく仲間としての信頼関係を築く必要があるのだ。


「先輩って休みの日は何をしてるんですか?」


 俺がぼんやりと考え事をしていると松下が問いかけてくる。

 これはチャンスだ、少しずつ情報をだして「ワイルド・シミュレータ」の話に持っていかなくては!


「……そうだな、朝はランニングして昼はゲームとかしながらゆっくり過ごすかな」


 ゲーム好きの松下ならなにかしら食いついてくるはずだ。


「凄いですねランニングしてるだなんて! 私も見習わなくちゃ!」


 くっ、そっちに食いついたか。

 どうにか軌道修正だ!


「まぁランニングと言っても軽くだよ、体に無理のないようまったり走ってるのさ。それより松下は休みはどうしているんだ?」


 前に話したときにゲームをしていると言っていたのを俺は覚えている。

 これならきっとこの話が出るはずだ。


「そうですね、私は一日家で遊んでます」


 惜しい、だがもうあと一歩だ。


「なにして遊んでるんだ?」

「……えーと、いろいろです!」


 照れ隠しなのか少し笑いながら話す松下。

 お前は気付いていないだろうがこの四ヶ月近く俺に挑みかかってくる大鹿を俺は知っているぞ。

 今更何を隠すことがあるんだ。


「色々ってゲームとか?」


 俺は思わず質問を付け足す。

 これなら逃れられまい。


「……そうですね、結構やってます」


 顔を赤らめながら話す松下。

 そんなに恥ずかしがることはないぞ、俺はもうお前がヘビーユーザーであることを大体知っているのだからな。




「お待たせいたしました!こんがりチキンです!!」




 最高に間の悪いタイミングでハスキーボイスの女性店員が現れる。


 確かにお腹は空いていたが話が進まないじゃないか!


 俺は少しイラっとしたが運ばれてきた鶏肉の香ばしい香りを嗅いで食べてからでもいいよなと落ち着きを取り戻す。


 こんがりチキンはメニューに乗っていたのより一回り大きく食べごたえがありそうだった。


「美味しそうですね先輩!」


 松下は一層笑顔になる。

 ……とりあえず話はこれを食べてからだ。

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