オフ会

10.オフ会(1)


「先輩……」


 午後7時、閑散とした営業所内で残業中に声をかけてくるやつがいる。

 それは俺の隣の席に座る後輩の松下だ。


「どうしたんだ松下?」


 係長は今外でタバコをふかしていて、所長は今日は本社で会議だから営業所にいない。

 事務員さんは定時で帰ってしまったし他のメンバーも今日はまだ帰ってこないだろう。


「今度の知り合いと飲み会に行くことになってしまいまして」


 これは松下のプライベートな話なのだが俺はなんの話か知っている。


「どうにも断りにくくて行くことになっちゃったんですけどあんまりそうゆう経験がなくて……」


 もじもじしながら話を続ける松下を見ながらそっと肩をおとす。


「……先輩の予定が空いてれば、一緒に会場の下見に来てくれませんか?」


 松下から誘われることなんて今ままでなかったしむげに断ると言うのもよくない。


 だが恐らく下見に行ってしまうと俺はその店に二度行くことになってしまうのだ。


 この事は松下は知らないし、知っていたらそんなことも言わないだろう。




 どちらにせよ松下とも一度話をしないといけないのだ。

 松下のいう通り一度下見に行くのもあながち間違いではないのかもしれない。


「……なら今週の金曜どうだ?」

「……ありがとうございます先輩!」


 俺はとりあえず安請け合いで答えた。




~~~※※※~~~




 松下がこんな話を切り出してきたのは恐らく先日のゲーム内の出来事がきっかけだろう。

 かめちょんから事情を聞いた次の日、ログインすると予定時間通りに他のメンバーも集まっていた。

 俺達は平日に大体十時から十二時までの二時間程度遊んでいる。

 休日はその倍以上遊んでいるんだがな。

 ナチュラルに関しては俺と仕事の時間も同じだし予定通りに現れるのは自然な流れだ。

 昔からナチュラルは俺と同じ時間帯でいつもいるなぁと薄々感じていたが今はそのからくりを知っているから驚きはないのだ。

 タカちゃんは俺たちよりも遅め、大体十一時前くらいでやって来た。


 俺達が集まってもイデアは眠っていた。

 かめちょんが本部に連絡したところ〈たからもの〉による記憶の再生で負荷がかかってしまったらしい。

 検査結果では一日安静にすることで目を覚ますらしい。

 とにかくイデアのプログラムは特別で余計な手が加えられないため安静にして経過観察する、とのことだ。

 実際とても心配ではあるが今は倒れたときと違いすやすやと眠っているのでとにかく見守ることにした。


 簡単に話をまとめると旅の主役であるイデアの療養が必要となったため俺達はスカイフロントウェアで足止めをくらったのだ。


 これを機会にと言うことでかめちょんはナチュラルとタカちゃんにイデアのことについて事情を話すことにしたのだ。


 イデアの記憶の深い部分を見てしまった以上中途半端な説明ではよくないと思ったのか、それともチキンジョッキーのいう通り旅は道ずれと言うことなのかはわからないが二人と色々話した。


 イデアが大企業デミウルゴスの社長の一人娘であること、自殺未遂で植物状態になったこと、それが今電脳世界で生きていること、かめちょんがイデアの記憶に出てきた少女本人であること、とにかく一杯だ。


 ナチュラルは最初驚いていたが二度もイデアの記憶に触れてイデアの過去を知ってきたからか割りと素直に事情を飲み込んでくれた。


 タカちゃんについてはよくわからない。

 何か知っていたかのような余裕があり、こいつがどう感じているかわからない。

 しれっとついてきて当然のようにこの場にいるのだ。


 とにかく二人に事情を説明すると二人も理解してくれて口外しないと約束してくれた。

 ゲームの中での口約束ではあるが二人も真剣な様子だったしそれに関しては心配はなさそうだ。

 それにこの個人情報ガバガバの企業が管理してるゲームだしプレーヤーの情報をかめちょんは概ね把握しているんだろう。

 タカちゃんが何者かはわからないが彼女なりに話していいと判断したってことか。


 その上でかめちょんは一度直接会って話がしたいと提案した。

 私情が入り交じったプロジェクトではあるがイデアの存在は会社の命運を握るものなのだ。

 俺の時のようにゲーム内だけで済ますわけにいかない、そう彼女は思ったのだろう。


 ナチュラルは強く反対していたが大きな秘密を打ち明けられた後で気まずかったのか断りきれず折れてしまった。

 タカちゃんについてはとても乗り気で場所のセッティングまでしてくれると言ってきたのだ。


 彼がどこに住んでいるかは知らないが彼の強い勧誘にかめちょんは乗り、俺達初のオフ会の日取りが決まったのだ。




 少なくとも俺と松下にとってはな。

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