9.〈たからもの〉の正体(4)
今ここに俺の知るこうるさいカメレオンはいない。
初めてあったとき、唯々頭を下げてきた物憂げな女がいた。
「……イデアお嬢様、いえ、イデアちゃんは私の妹のような存在でした」
目を伏せながら話す彼女は俺の知らない人物だった。
~~~※※※~~~
私の母はアメリカを旅行しているときにエドワーズ家の執事をしていた父と出会い、現地で結婚して私を産みました。
なので私は幼少期をアメリカで過ごしイデアちゃんと共に過ごしました。
仕事に追われ娘さんに時間をとれない社長の代わりに私達が相手をしていました。
兄弟のいない私にとってもイデアちゃんは大切な人でした。
イデアちゃんがああなってしまったのは去年の七月くらいですかね。
当時のイデアちゃんはハイスクールにいく前くらいで私は会社に入って一年目位でした。
私は高校時代から日本で過ごしていたので四年間イデアちゃんに会っていませんでした。
何も言わずベットに横たわるイデアちゃんをみてどうして日本に来てしまったのだろうと後悔しました。
病室で私はイデアちゃんのお父さん、つまり我が社の社長と一緒に泣きました。
少し落ち着いてから社長は研究中のAIの話を私にしてくれました。
現実の世界で話が出来なくてもバーチャル世界ならもう一度イデアちゃんとお話出来るはず、そう社長は言っていました。
社長は自身の権力を使ってイデアちゃんを病室から移し、人工知能の開発を進める会社の企画部で脳をコンピューターに繋ぐ実験を行いました。
……結果だけ言ってしまえばそれは失敗でした。
画面の中に産まれたイデアちゃんの意識は不完全で赤子も同然でした。
どうにかしてああなる前のイデアちゃんに戻そうと様々な計画が練られました。
その過程でイデアちゃんを仮想世界で探検させて記憶を引き出すプロジェクトがうまれました。
それがこのワイルド・シミュレータでありプロジェクト「IDEA」です。
私は入社したてで会社の末端の存在なのでした。
なのでプロジェクトの全容は知りませんでしたが幼少期のイデアちゃんを知っていることからプロジェクトに呼ばれ、私も参加を強く希望しました。
こうして仮想世界ワイルド・シミュレータでイデアちゃんと過ごすことが私の仕事になりました。
~~~※※※~~~
一通りの流れを話した上新井は伏せていた目を俺に向ける。
「仮想世界でのイデアちゃんは人間を恐れていました。
「何故人を恐れるのか、理由は簡単です」
「イデアちゃんは事故にあったんじゃないんです」
「……どういうことだよ」
「彼女は自分から事故にあったんです」
「……後で聞いた話ですがハイスクールでいじめがあったそうです」
「……つまり自殺未遂なんです」
彼女の言葉に俺の言葉は消された。
停止する俺の頭にたたみかけるように上新井は口をきる。
「それゆえにワイルドシミュレータは動物のみの存在する世界になりました」
「けれど動物の皮を被った人間達をイデアちゃんは好みませんでした」
「β版が配信される前の半年間、私は様々な姿を試してイデアちゃんと接触しましたが拒否され続けていました」
「カメレオンとなって姿を消して毎日触れ合っている内にようやくイデアちゃんと接触出来るようになりました」
「それから毎日実験をしてイデアちゃんが私を認識し、一人で歩き回れるようになって初めてこのゲームはリリースされました」
「でも、リリースされてからもイデアちゃんは動物との接触をさけ一人で放浪するばかりでした」
「そんな中であなたが現れたのです」
上新井は俺を強く睨み付け次第に語気を強める。
「私があんなに頑張って、ようやく話してくれるようになってくれたイデアちゃんが、出会ったばかりのあなたにすぐになついてしまってとても嫉妬しました!」
「私の方がイデアちゃんを知っているのに! 私の方がずっとイデアちゃんを大事に思っているのに!!」
上新井は立ち上がり怒っていた。
……怒っていたけど泣いていた。
「だから私はあなたのところに来たんです! あなたと私は何が違うのか! 私に何が足りないのか!! それを確かめるために!!」
「あなたの住所を調べ、会社には無理を言って出張申請をして本社から飛行機で八時間、電車で二時間かけて!! あなたのところに来たの!!」
それだけいい終えると上新井はその場に座り込む。
「……あなたと一ヶ月過ごしたけどイデアちゃんがあなたになついた理由はわからない」
「昔イデアちゃんが飼っていた犬のフレディにあなたの見た目が似ていたから? 動物としてあのゲームを楽しんでいたから? それともあなたもゲーム内で一人でいたから?」
「色んな理由が考えられるけど私にはわからないよぉ……」
上新井は泣いている。
「生きることを嫌がったイデアちゃんがどうしたら私達に顔を向けてくれるの……」
「イデアちゃんが苦しんでたときに何もしてなかった私は、どうしたらイデアちゃんとお話出来るの?」
「記憶を取り戻したらもとに戻るの? その時私はイデアちゃんとお話しできるの?」
「どうやったらあの頃のイデアちゃんに会えるの?」
「私にはわからないよぉ……」
上新井は泣き崩れていた。
俺が思っていた以上にこいつは幼かった。
俺の知らないことを知っていて、それを隠しながら俺を利用しようとしてるんだ、そう思ってた。
けど違った。
こいつも悩んで苦しんで、迷ってたんだ。
その時俺は直前にみたイデアの記憶を思い出す。
こういうときどうすればいいのか。
不意に左手が前にでる。
上新井の髪に俺の手が乗る。
……今まで触ったことなかったけど猫みたいな肌触りだ、とても爬虫類のそれじゃない。
「……大丈夫だ上新井、俺も手伝うから」
イデアを慰めていた幼い上新井を真似て、俺はただただ言葉をかける
「……俺に何が出来るかわからないけど、俺も手伝うから」
「……士郎さんは優しいんですね」
ぐすぐす言いながら上新井はしゃべる。
「……お父さんみたいです」
そういって彼女は笑いかけてくる。
涙で顔は崩れているがいい笑顔だ。
「……バカいえ、俺に子供なんていねぇよ」
俺もとりあえず笑い返す。
笑い返してふと気付く。
「……そう言えば今まで聞いてなかったけどお前今いくつなんだ?」
「……言ってませんでしたっけ? 今年で二十歳ですよ!」
お前松下より若かったのかよ。
「それでアメリカ生まれなんだろ?」
「はい、そうですよ!」
やっぱりハーフだったのか。
「名前は日本名なんだな」
「あぁこれは母の旧姓を名乗っているんです、本名はキョウコ・メイチョンです!」
「……親はアメリカ人なんだよな?」
「いえ、どちらかというと父の出身は韓国らしいです。」
これから上新井のこと何て読んだらいいのやら、設定が多すぎてややこしいぞ。
「かめちょんでいいですよ!」
俺が悩んでいると上新井が語りかけてくる。
「私も今まで通りジロウさんって呼ぶんで!」
彼女はまた笑顔になった。
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