9.〈たからもの〉の正体(3)
幼いままのイデアと幼い姿の上新井、二人はその小さな体に不釣り合いな机の前に座り談笑している。
「これはね! お父さんの絵!」
上新井に訊ねられたイデアは笑顔で答える。
「今度お父さんにあげるんだ!」
イデアの目はキラキラと輝きいつものように笑顔だった。
「凄いねイデアちゃん! 上手に描けてるよ!」
上新井もまたこれまでみたことがないような純粋な笑顔を見せていた。
「描けたら私にも見せてね!」
「うん!」
二人が約束したところで場面は切り替わる。
俺達が見たのは先程と同じ机。
木漏れ日が差し込んできていた窓は曇り、しとしとと雨音がする。
「……杏子おねぇちゃん」
次の場面でのイデアは先程と様子が異なる。
先程の笑顔からうってかわって今にも泣きだしそうな表情だ。
「どうしたのイデアちゃん!?」
そんなイデアに気付いた上新井は慌てて彼女に駆け寄る。
「……描けないの」
「……え?」
「……お父さんの絵」
イデアはそれだけいって顔をくしゃくしゃにして少しずつ涙をこぼし始める。
「……どうして?」
上新井は頭を撫でながら問いかける。
「……お父さんのかお、……わからないの」
イデアが言葉を絞り出す度に彼女の頬には雨垂れが増えていく。
「……杏子おねぇちゃんも、おねぇちゃんのお父さんもかけるのに……お父さんはかけないの」
泣き出したイデアを上新井は抱き締める。
「……大丈夫よイデアちゃん、……私も手伝うから、だから泣かないで」
~~~※※※~~~
二人の少女を見届けて俺達は元のSFチックな部屋に戻る。
部屋に戻ると立ちすくんでいたイデアはその場に倒れかかってくる。
「……イデア!!」
前回同様俺は全身で彼女を受け止める。
彼女は気を失っているのか全身に力が入っていない。
「……おい! しっかりしろイデア!」
「……イデアちゃん」
しばらく声をかけ続けたが彼女は未だ目覚めない。
「……くそ! どうなってるんだ!」
「〈たからもの〉はイデアお嬢さんが潜在的に強く記憶していた思い出を引き出すプログラムだ」
困惑する俺達に向かっていつの間にかチキンジョッキーは扉の前に現れ話始める。
「どんな記憶が引き出されるかは開けてみないとわからないんだよ」
その口ぶりと矛盾して彼はこうなることがわかっていたかのようだ。
「けど開けなくたってわかるんだ」
俺の頭上の小さな生き物は静かに震える。
「それはカメレオンのお嬢さんが一番わかってるはずだよ」
~~~※※※~~~
俺の部屋に一人の女がいる。
それが上新井京子だ。
なんだかんだこの女と俺は一ヶ月近く同じ部屋で暮らしている。
美人なのは美人だが図々しくて強引で人への気遣いってものにかけるやつで、偉そうに振る舞う癖に肝心な時に役にたたない。
それだけの情報で俺はこいつの事をわかった気になっていた。
正確に言えば、俺は突然家に上がり込んできたこいつに何一つ心を許してなかった。
ゲームが終われば帰ってくれるだろうとたかを括って、彼女のことを知ろうなんて思わなかった。
俺は彼女のこともなにも知らないままだった。
〈たからもの〉の開封後、イデアは起きなかった。
俺達はチキンジョッキーのはからいで街の中にある宿を借り、そこでセーブして現実世界へと戻った。
事情の飲み込めていないナチュラルには後日説明するということで無理矢理押し切った。
俺達は今二人きりだ。
この一ヶ月ずっとそうだったはずだが意味合いが違う。
俺と上新井との関係にはいつもイデアがいた。
そのイデアが倒れ、俺達は初めて二人きりになったのだ。
「どういうことなんだ上新井?」
カメレオンのように色を変える目の前の女は悲しむでもなく慌てるでもなく、すっと何かを決心したように俺を見ていた。
「……いつか話すことになることはわかっていました」
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