〈たからもの〉 古びた首輪

6.〈たからもの〉の秘密(1)


 松下角子は独り暮らしである。

 ある会社で営業マン、もとい営業ウーマンの卵として働く彼女の趣味はゲームなのである。

 外に出掛ける元気もお洒落をする時間も殆どをゲームに費やしているのだ。

 それだけ今流行りの「ワイルド・シミュレータ」が魅力的なゲームとも言える訳だが彼女にとってゲームは自分とは別の自分になれる場所なのだ。

 営業職として人当たりよく他人から浮かないことに気を配って生きている彼女は誰か他人を傷付けたりするようなことは決してしない。

 そんな彼女であっても職場環境でのストレスを全く感じずに過ごしているわけではない。

 社会への不平不満がないわけではない。

 彼女のストレスは概ねこの仮想世界で晴らされているのだ。

 ゲームの世界で戦いに明け暮れ敵を凪ぎ払うことで日頃のフラストレーションを発散しているのだ。


 ことさらに言うならば彼女は戦いの為に徹底した戦略をとっている。

 わざわざレアキャラのギガンテウスオオツノジカを自機キャラとして設定したのは草食動物で生存能力も高く、なおかつ戦闘能力も高いからだ。

 厳しい環境下でも力任せで解決できるパワーと機動力、これを備えていると判断した上での選択だったのだ。

 そんな彼女の戦略は中々的を得ており、リリースが開始された「ワイルド・シミュレータ」においてそこそこ有名なプレーヤーとなっている。


 ついた異名は「角の悪魔」。


 彼女の傍若無人な活躍は肉食動物プレーヤーでも逃げ出す程であった。

 しかし彼女の連勝記録を止めたものがいた。


 その名も「一匹狼」のジロウ。


 彼もまた名のあるプレーヤーであり圧倒的な持久力と攻撃性能で一匹で十匹分の群れの様な強さを誇っていた。




 彼女と彼が出会った時、激しい戦いを繰り広げた。




 ジロウは狙った獲物にしか攻撃を仕掛けないため「角の悪魔」が「一匹狼」を追い回す戦いになったのだ。

 戦いの当日は二人のプレーヤーにも時間があった。六時間に及ぶ闘争の末にジロウが勝利を勝ち取ったのだ。

 彼女はこの事に強いショックを受けている。

 ストレス発散の為に今まで多くの敵を凪ぎ払ってきたのだが長きに渡る死闘の末勝てなかった相手がいるのだ。

 負けたままで引き下がってはストレスが溜まる一方なのだ。


 それ以来ジロウの出現情報を聞いては戦いに挑む、これが彼女の日課になったのだ。




~~~※※※~~~




「ジロウさん、こんなところまでわざわざ来るプレーヤーもきっとそんなにいないはずですよ!」


 俺達は今パワーオブメタルズを離れ次の街、空中都市「スカイフロントウェア」を目指し〈ナツメグ山道〉の中腹に来ているところだ。

 山間に小さな洞窟があり丁度その中にいる。

 光源になるアイテム「蛍ランプ」があって助かった。

 現実時間で言うなら闘技大会から一週間と一日経って日曜日になったところだ。


「お前が言うと妙に誰かが来そうな気がするんだが」


 わざわざ洞窟に隠れているのはイデアの〈たからもの〉を開けるためだ。老虎の忠告に従って他のプレーヤーの少ないこの山道をわざわざ通ってきたのだ。


「たからもの!!」


 険しい道のりだったが相変わらずイデアは無邪気だった。


「ならイデアお嬢様! 開けていいですよ!」

 かめちょんが宝箱の隣でイデアに向かって声をかける。

 イデアも今まさに宝箱を開けようとしている時だった。


「見つけたわジロウ! 前の借りを早速返させてもらうわ!!」


 洞窟の外から大きな角をもつ化け物が現れた。

 勿論知っている顔だ。

 この前激戦を繰り広げたオオツノジカのナチュラルだ。


「えっ! つけられてたんですか!?」


 かめちょんはビックリして紫色に変わる。


「気配を感じなかったが……、いったいどうやって?」


「こんなときのために姿を隠すアイテム〈森の羽衣〉をゲットしてきたのよ!早く勝負なさいジロウ!!」


「待ってくれナチュラル、今取り込み中なんだ!」

「問答無用!!」


 彼女がそう叫んだとき後ろから光が放たれた。


 俺達が話しているうちにイデアは宝箱に触れていたのだ。

 光の中で宝箱は本来の〈たからもの〉としての姿を取り戻す。




「なんなのこれは!?」

「どうなるんだかめちょん!?」

「こんなの私聞いてませんよー!」




 光が落ち着くとイデアは手に何かを持って俺達の方を向いてきた。

 最初は光に包まれてなにかわからなかったそれは次第にその光を弱め姿を現す。

 それは首輪だった。

 よく使い込まれたボロボロの首輪だ。


 イデアは俺の方を向いて一言呟く。




「……フレディ?」




 イデアは泣いていた。




 何かに怯えているのではない。

 その顔は始めてみる表情だった。

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