5.野獣達の闘技会(3)


「いよいよあなたと決着をつけるときが来たわねジロウ!」


 決勝戦はやつの予告通りナチュラルが相手だった。

 やつはその角でストロンガーをぶっ飛ばし場外へ送り出したのだ。


「まぁさっさと終わらせようぜ、俺は用事があるんだ」

「最近顔を見ないと思ったらあの観客席の方々と群れて大人しくしてたじゃない、なんなのあいつらは?」


 今日のナチュラルは妙に突っかかってくるなぁ。


「お前の言う通り旅の連れ添いだ、色々あってな」


 俺の回答に少し機嫌を悪くさせながらナチュラルは睨み付けてくる。


「あなたが何をしてようと勝手だけどあなたを倒すのは私よ! 馴れ合って弱くなってたら承知しないわ!!」


 やつは角を構え交戦体制をとる。


「……その辺は心配ないぜ、勘は今まで通りだ」




「それでは決勝戦! 開始!!」




 その宣言と共にナチュラルは突進してくる。

 やつの体は俺より一回り大きくまず投げ飛ばすのは無理だろう。

 さらに巨大な角は左右の退路を断ち高速でブルドーザーが突っ込んでくるような迫力がある。

 だが何の問題もない、俺は狼だ。

 突進してくるやつの頭に向かって飛びかかりそのまま爪をたてやつの背中を駆け抜ける。


「逃がさないわ!!」


 俺が背中をとったのに気付いた彼女はその大きな角を振り回し俺を振り落とそうとする。

 俺は角と体の合間を縫ってやつの足元に降り立ち前足に噛み付き肉に牙をたてる。


「その程度じゃ効かないわよ!!」


 やつは蹄をたてて俺を振り払う。

 普通の鹿なら今の噛みつきで動けなくなるがこいつはそうはいかない。




 ギガンテウスオオツノジカ、氷河期に地球上に存在していた動物で体長は約3メートル、角の重量だけで50キロを超える大物だ。

 まずあの角の一撃を食らえば俺でもひとたまりもない。

 毛皮も氷河期を耐え抜くだけあって分厚く牙や爪の通りが悪い。

 ストロンガーを一蹴する強さは伊達ではないのだ。




 俺はやつと距離をとる。

 インファイトでスピードによる撹乱かくらん作戦を行ったが半端な攻撃じゃ大したダメージも期待できない。




「ぼさっとしてるんじゃないわよ!!」




 再びやつの角が俺を目掛けて突っ込んでくる。

 初めてあったときと変わらずごりごりのパワータイプだ。


 ……やれやれ、本気で戦う必要があるな。




 今まで大して話してなかったが狼って生き物は本来大して強くない。

 俺は狼の中でも大型のハイイロオオカミだが顎の強さや爪の鋭利さで言えばライオンや熊の方が圧倒的に強い。

 スピードも時速70キロ程度は出るがそれより早いやつらはたくさんいるし体格だけならゴリラや目の前の鹿の方がたくましい。

 本来狼は群れでの連携で強くなる生き物だ。

 だけど俺は誰かと協力して戦うことは少ない。

 別に一人でいることを悲願じゃいないがな。


 ならば俺が戦い続けられる理由はなにか?

 それは持久力にある。

 狼は最高速度時速70キロを走り続けることが出来る。

 つまりスタミナがその辺の肉食獣と比べて段違いに高い。

 この能力のお陰で長い長い狩りの中で野生としての勘を磨くことが出来た。

 俺の力の源は経験則と持久力に裏打ちされた凡庸ぼんようなものだ。

 しかしこれがある種のアクションゲームである以上これ以上の強さの秘訣は必要ないのである。




「……くっ、……相変わらずしぶといわね」


 十分位たったか……、ナチュラルは少し息をあらげている。

 恐らくこれがこの大会で最長の試合時間になるだろう。


「長きに渡る死闘を経ても! ジロウ選手、余裕の表情だ!!」


 実況のコンドルの叫びと共に会場は湧いている。


「いいですよジロウさん! そのままやっちゃってください!!」

「わんわんがんばってー!!」


 長いこと戦ってるのにあいつらはあきもせず声援を送ってくれる。

 思えば今までそんなことはなかった。

 俺はこのゲームで長い時間狩りに明け暮れて一人で自由にやってきた。

 会社みたいな組織の統制とか誰かの気を使ってヘラヘラ笑うこともなく自由に戦っていた。

 俺はそれが好きでこのゲームをやっていた。


 けどどうしてだ、それを誰かが応援してくれる。

 俺がしたいようにしても認めてくれるやつらがいる。


 ……どうしてゲームの中でそんなこと考えちまうんだろうな。




「いい加減当たりなさい!!」




 ちょっとだけ気がそれていた俺にナチュラルの角が向かってくる。

 こいつとの決着をさっさと着けないとな。


「悪いなナチュラル、これで終わらせるぜ」


 角を向けて突進してくるやつの鼻先に向けて俺は飛び付く。

 角の一撃をかすることになるが先に止めの一撃を決めておく。


 ゴキッっと鈍い音がする。

 少しかすめただけなのに骨が軋むような一撃だ。

 ゲームだから痛覚はないが間違いなく彼女の角から繰り出される衝撃は俺の全身に響いた。

 これは確かにストロンガーも秒殺出来るな。


 だが先に俺の鋭利な牙がやつの鼻先をつつみ口ごとに噛み千切らんとするように食い込む。


「……!?」


 熊を倒す有名な手段の一つ、鼻先を狙うこと。

 どんなに大きな生き物でも顔の周囲は感覚器官が多く脆い。

 このゲームにおけるダメージ判定はかなり現実に近い物理演算の元に行われているから自然界での必勝法則もそのまま当てはまる。

 加えて殆どの生き物の中身は人間だ。

 誰だって顔面にパンチ食らえば怯む。

 噛みつきなら尚更だ。


 口も鼻も塞がれたやつは俺を放そうと顔を振り回し俺の体も揺さぶられる。

 その勢いで俺の体はやつの角に叩き付けられ多少ダメージを喰らうがスタミナの減っているやつにそれを続ける元気はない。


 彼女はしばらくのたうちまわったがそれで目を回したのか体力がつきたのか、どさっと膝をつき倒れる。

 俺も少々目がまわったが先にへばらせておいて正解だったな。




 カーーーン!




 〈バトルマニア〉のベルが鳴り響く。


 ナチュラルがどんなに大きかろうと関係ない、俺の勝ちだ。

 柄じゃないが少しだけ雄叫びを上げた。

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