3.狩りの時間(3)
「わーい! わんわんはやーい!!」
俺の背に乗る幼女、イデアはご機嫌である。
さっきまで泣いていたのが嘘のように。
「まぁぁぁ、ちょ、ちょっとままってくださいジロウぉぉさぁぁん!!!」
それに比べて彼女の親衛隊、カメレオンのかめちょんは慌てふためき落ち着きがない。
俺の頭上で情けなく悲鳴を上げている。
頼りない親衛隊さんだ。
けどまぁ仕方ないだろう、今俺はおおよそ時速40kmで走っている。
100メートル10秒きる位だから人間のトップアスリートと同じ位のスピードだ。
そのスピードの中で俺の頭上にしがみついてるんだろうからそりゃびっくりするだろう。
まぁ、まだ本気は出してないけどな。
俺がカボスの丘から墜落して、イデアと出会った森を抜けた先、そこには広大な草原が広がっていた。
広々と広がる空間には満点の星空が輝く。
この世界の日照時間はプレーヤー毎に現実世界とリンクしていて、日中仕事のある俺は基本的に夜行性だ。
夜とは言ってもこの星明かりのおかげでさして暗いと感じたことはない。
なんにせよここでなら獲物は見つけやすい。
視界が開けていて好都合なのだ。
そう思った矢先、草原の真ん中に一匹のヤギを発見する。
辺りをキョロキョロと見渡しおぼつかない足取りだ。
見た所あれは新参プレーヤーだろう。
新参狩りはあんまり趣味じゃないが弱肉強食のこの世界でそれは通用しない。
「今から加速するしっかりつかまれ!!」
俺は更にスタミナゲージを消費し加速をつける。
「うん! わんわん!!」
「ちょっとぉぉーーーーーー!!」
新人相手だろうが本気でいかなきゃ飢え死にしちまう。
イデアの喜ぶ声とかめちょんの慌てる声が入り交じって聞こえる。
「悪いがあんた! 狩らせてもらうぜ!」
俺はプレーヤーが獲物の場合必ず声をかける。
弱肉強食のこのゲームだがプレーヤーが一人の人である以上最低限の礼儀がある。
俺はそう思ってる。
「ひっ、狼だ!!」
怯えた表情で標的であるヤギは逃げ出す。
古参プレーヤーなら声をかける前に気付かれるもんだが……。
俺の声に気付いて逃げ出したところを見る限りやはり新参なのだろう。
かくして俺とヤギとのレースゲームを始める。
山羊の速さはおおよそ時速40km。
とぼけた顔の造形とは裏腹になんだかんだ本気で走れば一般道の車に追い付けるらしい。
それに対して獲物をおう俺の速さは時速45km。
少し速いくらいだがまだ追いつけない。
……まだ足りないんだ。
体中に意識を回しスタミナゲージ分のエネルギーを体に伝える。
……50、60、……地を蹴る体は次第に加速し時速65kmを迎える。
やはり背中に色々乗ってるぶんいつものペースは出ないがこれなら充分仕留めれる。
足に力が入る。
そんな感じがする。
全身に血液が流れているのを感じる。
心臓の鼓動が体に響き渡る。
獲物めがけて一心不乱に駆けるこの瞬間、俺はこれが好きでこのゲームをやっている。
面倒な人間関係のあれこれも、損得を考えての行動もなにもいらない。
一心不乱に一つの標的へ向けて駆けるこの瞬間が好きなんだ。
相手を殺して食い物にする、原始的な本能のままでいれるこの瞬間が好きなんだ。
感情高ぶる俺の耳に聞きなれない声が聞こえる。
「わんわんがんばれー!!」
それは背中に必死に張り付く少女、イデアの声だ。
速度を維持し駆け抜ける中で彼女の声が確かに聞こえた。
……あれ、なんかおかしいな。
変な気分だ。
「食べないでくれー!!」
いつも聞いていたのはあのヤギみたいな声だ。
ゲームとはいえ命のやりとりだ。
恐れて逃げる。
当たり前のことだ。
「わんわんはやーい!」
無邪気なイデアはそんなこと気にしない。
ただ俺を誉めてくれる。
……なんだこれ?
俺は今命のやりとりをしてるんだ。
それを俺の背中の幼女は喜んで見てる。
俺は今……、何をしているんだ?
~~~※※※~~~
二分間の闘争の末、俺はあのヤギを仕留めた。
仕留められたプレーヤーは所持アイテム、及び種族に応じたドロップアイテムを落としランダムでこの世界の別の場所にリスポーンする。
更にいうならリスポーン時にランダムに別の動物に変更することが出来る。
ソーシャルゲームのガチャみたいなものだ。
逆に言ってしまえば別の動物になるときは一度死ぬ必要があり今の姿に愛着のある人は極力死ぬのを避ける訳だ。
俺の頭の上には目を回したカメレオン、背中の上には楽しかったと騒ぐ幼女が乗っている。
いつもと違うのはそれだけなのになんか変な感じがする。
いつもと同じように楽しく狩りをしていただけなのに、なにかがいつもと違う……、そんな気がする。
とにかく減った空腹ゲージを回復するためにヤギからドロップした肉を食べる。
俺の横でイデアが「ごはんーごはんー!!」と騒いでいる。
……この子は食事はしないんだろうか?俺はふと疑問に思う。
これはゲーム的な意味でもあり、生き物としてどうなのかという興味でもあった。
ただ俺の食事を見つめて楽しそうに騒ぐ少女の姿に変な気持ちを抱きながら体力を回復させた。
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