1.嵐の夜に(3)


 崖から落下して幾分かたった。

 俺は今木からしなだれるつたに絡まりだらしなくぶら下がっていた。


 ……くそ、落下ダメージはつたが絡まってくれたおかげで軽減できたがかなりHPを持っていかれた。

 これじゃあ銀の麒麟きりんを仕留めにいけない……。


 失意の中、俺はとりあえず蔦を振りほどき地面に降り立つ。

 この辺はまだ立ち寄ったことのない森だった。


 10万人もプレーヤーがいるのにこの世界はまだまだ未開のエリアが多い。

 それは生き残るのに中々シビアな難易度になっており即死級の自然精製されたトラップがひしめき合っているからだ。

 更に言うなら追加のマップも用意されているらしくこのゲームはまだまだ遊べそうだ。


 俺はこの森をどこに行くでもなく歩いていると湖につきあたった。

 気がつけば嵐は収まってきて月明かりが差し込んでいる。


「こんなきれいな場所があったんだなぁ……」


 そんなありきたりな感想をもらすと湖の真ん中に泡が立ち始める。


 誰かのテリトリーだったか!?


 そう思ってすぐさま身構える。

 俺の警戒心に比例してブクブクと立つ泡が次第に強くなる。


 ……来るか!?


 俺は攻撃体制を構え泡の主を睨み付ける。

 しかしそこから出てきたのは予想外の生き物だった。




「……人間だと?」




 泡の中心にいたのは大きな泡に包まれた小さな人間だった。

 小さな小さな……、金髪の幼女だった。




 その幼女は泡の中で静かに眠っていた。


 ……おかしい。


 俺はそう思った。

 ゲームの中の出来事だがこれが異常な事態であると気付いていた。

 このゲームにおいて一種類だけ登場しない動物がいる。


 それが人間だ。


 俺はこのゲームのことをリリース前から調べていて現状登場する動物……、プレーヤー、NPCを含めて全て把握している。


 確かにゴリラやオラウータンのような霊長類も存在するが明らかな人型のキャラクターは例え幻獣種でもいない。

 公式にそれは発表されていた。


 改造データの可能性も考えられるがこのゲームにおいてそれは限りなく低い。

 今や世界を牛耳る大企業「デミウルゴス」が大々的にセキュリティの高さをうたっているのだ。

 仮にそのデータが使えたとしても一日経たないうちにBANされるし、なんだったら改造プレーヤーを摘発てきはつすれば懸賞金がもらえるって話だ。


 ならどうしてこいつはこのゲームの中にいるんだ?


 悩む頭をよそに俺の体は一歩前にでる。

 泡から湧き出る神秘的な光がこの湖を照らしていた。

 その光は無意識のうちに俺を近くへと惹きつけていく。


 更に数歩近付いた時、幼女を包んでいた泡が弾ける。

 それと同時に、彼女は眠りから目を覚ます。


 俺はその瞬間、幼女と目があってしまった。


 金色の髪が夜風になびき、澄んだ青い瞳をしたそれは人というにははかなく妖精のようだった。




「わんわんだー!!」




 幼女は俺を見つけるとそう叫びながら飛び掛かってくる。


「な、なんなんだおまえはー!!」


 驚いて退くも一歩遅い。

 幼女は俺に飛び乗りはしゃいでいる。


「わんわん遊んでー!!」

「……はぁ? 何をいってるんだお前は?」


 このゲームをプレイする子供は少ない。

 一昨年前に施工されたVR規制法により14歳以下の子供のVRデバイスの使用は制限されているからだ。

 それでもこのゲームを遊ぼうとする子供は少なからずいるらしい。

 それを加味してもこのゲームのプレイ人口の殆どが中高生以上だ。

 この幼女はそんなの粗末事と言わんばかりに俺の背中ではしゃいでいるのだ。


「落ち着けお前!」


 俺はその幼女に忠告する。


「遊んで遊んでー!!」


 しかし彼女は聞く耳を持たない。


「黙らないとここで噛み殺すぞ!!」


 鬱陶うっとおしさのあまり少し声高に叫んだ。

 さすがに人間に近いやつを殺すのは気分が悪いから避けたい。

 すると幼女は黙りこみ突然泣き出す。




「あしょんでよーあしょんでよー!!」




 背中の上で叫ばれたらうるさくて仕方ない。

 それにこんな森の中みたいに見通しの悪いところで他のプレーヤーに見つかるのも不味い。


「わかった、わかった! 落ち着け!!」


 俺は幼女を乗せてその場を走り回る。

 よくいう「お馬さんごっこ」ってやつだ。

 それに気をよくしたのか幼女も笑顔を取り戻す。


「わーい! お馬さーん!!」


 俺は狼なんだが……。


 幼女の機嫌を無事にとることが出来たので彼女が何者か尋ねる。


「お前、名前は何て言うんだ?」


「イデア!」


 屈託ない笑顔で彼女は答える。

 ゲームの中の筈なのにまるで現実感のある笑顔だ。


「……お前もプレーヤーなのか?」

「ぷれーやー? なにそれ?」


 彼女は初めて聞いたとばかりにきょとんとしている。

 このゲームでは他のプレーヤーを視認するとある程度プロフィールを見れる機能がある。

 これでプレーヤーとNPCを見分けることが出来るのだがこの娘のプロフィールは何かおかしい。

 プロフィール自体は表示されるのになんのデータの記載もなく通常のプレーヤーと異なり「プロジェクトIDEA」という謎の記載が載っているのだ。


 運営が知らないうちに新要素を追加したのか?

 とりあえずそう思うことにした。


 ……ともかく今日はもう遅い。

 明日の仕事もあるしそろそろ落ちるか……。


「わんわん遊んでー!!」


 幼女は俺の毛皮を引っ張る。

 ゲームなので痛みはないがなんか痛い気がする。


「悪いな嬢ちゃん、今日はもう落ちるんだ」

「えー遊んで遊んで!!」


 ……聞き分けのない子供だ。


「……明日も遊んでやるから今日は勘弁してくれ」

「……ぜったいだよ!!」

「……わかった、わかった」


 守るとも知れない約束をたてることでその場をしのぎ寝床の用意をする。

 このゲームでは寝床を作って寝ることでしかセーブとログアウトが行えない。

 そうは言っても動物の寝床だから草木を集めた粗末なものでいいんだがな。

 強制ログアウトをした場合そこそこのペナルティがかされるのだ。

 このせいでゲームを中断しない人が多発し、ある種の社会問題として最近ニュースでも取り上げられている。

 寝床が出来上がり体を横に倒す。

 すると幼女は隣で横になる。


「……何してるんだおまえ?」

「わたしもねるー!!」


 そういって俺の体を掴みながら彼女はすやすやと寝息をたて始める。

 さっきまで泡の中で寝てた癖に面白いやつだ。


「……ふっ」


 さっきまではしゃいで回ってたのに面白いやつだ。


「……おやすみ」


 それだけ言い残して俺もログアウトした。




~~~~~※※※~~~~~




 ヘッドセットを外すと部屋の明かりが目に差し込んでくる。

 この人工的な明かりが先程までの大自然が仮初めのものであったことを俺に訴えかける。




「……誰かにおやすみっていったの、いつぶりだったかな。」




 それだけ呟いて今日はそのまま眠った。

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