第12話 野外演習二日目


「なぜ、ティア=オルコットさんは貴方達と一緒にいるの?」


 夜、静寂と暗闇が森を支配する時刻にたまたま見張り番が一緒になった(本人曰く本当にたまたまらしい)サラはケイに唐突に訊ねた。目の前では、焚き火の明かりによって照らされるケイの姿が映されていた。彼はお馴染みの筋トレを行いながら眉をひそめる。


「いきなりなんだよ? ティアが俺らと一緒にいちゃ悪いのか」

「悪いってわけじゃないけど、私の目にはとても彼女の成績が不振になっているなんて信じられないのよ」

「そりゃまた、サラ=ジャスティス様がどうしてそんなことを?」

「前にリンさんを教えたことがあったでしょ」

「あぁ、覚えてるよ」


 懐かしいようで最近の出来事だ。あの日、リンの魔力操作の欠点が浮き彫りになったのだからチームメイトとしては忘れがたい記憶である。


「その時、ティアさんの魔法も見せて貰ったのだけど、見事なものよ。魔力量は平均的だけど、魔力操作はピカイチと思うわ」

「……マジで?」

「嘘言ってどうするのよ。あれで成績不振っておかしいと思ったもの」


 サラが言うのだから、恐らくその通りなのだろう。将来有望な魔導士様はそういう人を見る目は確かである。

 それに、ケイ自身も思うところがあった。リンと違ってティアはどこにでもいる普通の生徒。どこにも欠点などないように感じていたのだ。

 魔力操作もでき、魔力量も平均的、それに座学の成績も中の上くらい。

 ならば、なぜ彼女は自分たちと一緒にいる羽目になったのだろうか。


(なんか知ってるな、あの学院長……)


 筋肉を鍛えながら頭には豪快に笑う金髪が浮かび上がった。一体、彼は何を隠しているのだろう。思わず苦い顔をするケイ。


「……それと、ティアさんに関してもう一つ気になったことがあるの」

「気になったこと?」


 腕立てのメニューを終えたケイは腹筋に切り替えて再び問う。サラはそんなケイなど気にした素振りなく喋り続けた。


「彼女、攻撃魔法を覚えていないみたいなのよ」

「攻撃魔法? 確かにあいつ支援魔法や回復魔法を得意って言っていたけど、覚えていないなんてことあるのかよ」


 攻撃魔法は《ボルトショック》や《ファイヤボール》など文字通り攻撃する魔法であるが、どんなに回復魔法を得意とする魔導士だろうと数種類の攻撃魔法を覚えているものだ。護衛のためには必要なものだからだ。


「それは分からないけどあの日、攻撃魔法も見せて貰おうと思ったのだけど、覚えていないの一点張りだったわ」

「ふぅむ……」


 ふしふし、と筋トレを続けながら考える。

 ティアの魔力量は平均的、そして魔力操作も上手い。なのに、攻撃魔法を覚えていない。中々あべこべな感じである。ケイは初めて会った学院長室で見せた怪訝そうな顔を思い出す。


「……分からない」


 理解出来ない。魔力があり、魔法を使えるのに覚えない。人によっては怠惰だの傲慢だの言われるだろう。しかし、ケイには彼女がそんな怠け者や驕っている者のようには思えなかった。自分のような《稀代の落ちこぼれ》と言われている者とも話してくれた優しい子だ。理由がないなんて考えにくい。


「まぁ、帰ってきたら聞いてみようかな」

「というか、その恰好どうにか出来ないかしら、目立ってしょうがない」

「そうか? 皆見事にスルーしてるけど」

「それは、貴方と関わりたくないから。私ぐらいよ、一緒に見張り番してくれるの」

「別に頼んでないけど……」

「ん?」

「いえ、なんでもないです」


 笑顔を向けてくるサラであるが、焚火の炎で影が作られて何やら怖い。直感的に危機を感じ、首を全力で振るケイ。


「で、森はどういう感じ?」

「……そうねぇ、大人しいものよ」

「それはなにより」


 話題を変えようと、森の様子を訊ねる。【魔力感知】という魔法を習得しているサラには異様な魔力を感知することが出来る。夜は魔獣の活動が活発になる時間帯、何が起きる分からないために見張りは欠かせない。ケイたちより少し離れたところでは、他の者が二人のように森の入り口を見張っていた。


「今のところ大きな怪我をしたという報告もないし、このまま行けば平和に終わりそうね」

「終了はいつだっけ?」

「明日のお昼まで、覚えておきなさいよ」


 明日、日付的には既に今日だが、森で一夜明かしたグループは最初に集まった場所まで戻り、ちゃんと人数確認してから被害状況、討伐した魔獣の数、その証拠となる部位を提出、その結果によってそれぞれのグループが評価されるようになっている。

 ケイたちも去年経験しているために概ねの流れは知っていた。というか、二人にとってもこの野外演習は忘れがたいものであるために頭に残っていると言った方が正しいだろう。


「……もう、一年経ったのねぇ」


 懐かしむように森の方に顔を向け呟くサラ。焚火の炎で作り出された光陰が顔にかかり、暗闇の中で彼女の空色の髪の毛が清ました雰囲気を漂わせる。神秘的な彼女の恰好にケイは思わず目を奪われる。しかし、すぐに目を反らすと筋トレに戻った。

 トレーニングを続けながら、ケイは口を開く。


「今思い出しても、地獄だったな」

「あら、そう? 今思い出すと結構いいものよ」

「……お前の感性大丈夫か?」


 去年の野外演習を頭に思い起こすケイ。

 追い回す野獣。暗闇の森。生意気な女生徒。

 自分が勝手にやったこととは言え、過酷だったのは変わりない。つい、その時の疲労感まで思い出してしまいため息が漏れる。やはり、いい思い出とは言えないものだ。


「……だって、貴方と知り合えたのだから」

「え? 何か言ったか?」

「なんでもないわ」

「??」


 何やらぼそり、とサラが呟いたような気がしたのだが当人が首を振るのだからその通りなのだろうと首を傾げつつもトレーニングに戻る。しかし、その時、ケイは気づくことはなかった。

 サラの顔が嬉しそうに微笑んでいたことに。

 その笑みはとても美しく、それでいて年相応に女の子が浮かべる無邪気なものであった。

 夜の静かな森の声と、焚火の音が彼らの間で流れ続けていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌朝は、なんてこともない普通の朝だった。朝日が昇るとともに起き、テントなどを片付ける。探知魔法を扱えるユイが周囲を警戒しているが異変を感じることはなかった。


「それじゃ、このまま少し奥に行きましょうか」


 ユイの提案に全員異論がないようで頷いた。約一名不安そうな顔をする者がいたが、皆の意見に流されてしまった。


「大丈夫ティアさん?」


 そんな彼女の不安を感じたのか、ユイが心配そうに訊ねる。隣に立つリンもティアの顔色を窺っていた。


「は、はい、大丈夫です」


 森の奥にはより凶暴な魔獣が生息している。怖くないと言えば嘘になるが、それでも自分一人の我儘でチームの輪を乱すのはいけないと思った。ティアの反応にユイは僅かに渋い顔をするが、彼女もティアの考えに至ったようで計画を続行させる事にした。


「無理だけはしないように」


 それに、もし何かあっても自分がフォローすればいい。

 ユイはそれだけ口にすると、森の様子に意識を向けた。ティアはコクコク、と頷き杖を握りしめる。

 その時、ティアは横から視線を感じそちらに顔を向ける。すると、彼女の隣に立っていたリンと目が合う。刹那の時間、彼女たちの視線が交差しすぐに逸らされる。先に逸らしたのはリンのほうだった。


「何リン?」

「別に、なんでもない」

「そう……?」


 言いたい事があるのだろうかと訊ねるティアだが、リンは明後日の方向に視線を流して呟くだけ。どこかよそよそしい態度にティアは首を傾げる。

 しかし、言及しようと口を開きかけた時、ティアは既にメンバーが前へ進んでいるのが見えた。


「……行こうか」

「……うん」


 遅れるわけにもいかずそう言うとリンは静かに頷いた。

 やはり、いつもと様子がおかしいリン。言いようのない不安がティアの胸に広がっていた。

 野外演習二日目、リンたちGグループは森の奥へと歩みを進めて行く。陣形は昨日と同じ、ユイを先頭に最後尾にはリンとティアが配置される。

 森の中は相変わらず静かなものだ。風によって鳴る木々の音や上空を飛ぶ鳥の鳴き声が響き渡る。ティアが空を見上げれば、生い茂る葉の間から太陽の光が差し込む。今日も快晴のようだ。


「今日のお昼に森の入り口に戻らないといけないからそこまで移動はしません。けれど、注意を怠らないでください」


 先頭のユイが全員に対し警告すると、皆真剣な表情で同意する。何が起こるのか分からない森の中、一瞬の油断が命を落とすなんてこと度々耳にする。

 森の奥へと進んでくグループG。だが、どんなに奥に行っても魔獣と遭遇することはなかった。


(変ですわね)


 静かすぎる。ユイは探知魔法の範囲を少しだけ広げたが、やはり魔獣の気配はしない。

 この森は学院が毎年訪れる場所だ。適度に魔獣が出て、適度に危険がない。見事なバランスによって選ばれた森のはずなのだ。

 それなのに、ここまで静かなのはどうもおかしい。


(嫌な感じ……)


 春も過ぎているというのに、ツーンとした冷気がユイの肌を刺激する。

 森の流れる魔力の流れ。それを掴み、異物を感じ取るのが探知魔法である《ディクティションランジ》。ユイの得意とする中級魔法。それなのに、森の中の魔力が大人しくまるで変化が見られない。それは、ある意味では正常だが、異常だった。

 通常、魔獣のいる森では常に魔力が動き続けている。まるで生き物のようにだ。

 それなのに、この森は魔力が動いていない。闇のごとく寡黙で、水のごとく無音。

 あり得ない。あってはならないのだ。


(一体、何が……)


 森の静けさに不気味な気分になるユイ。

 その時___


 ざわざわ……!


「……っ!」


 突如、彼女の背中に感じたことのない魔力が押し寄せる。重圧に振り返ると他のメンバーはどうしたのかと首を傾げる。唯一、ティアだけは顔色を青くさせすぐ自分もまた振り返る。

 遅れて、他のメンバーたちが見たその先にいたのは。


『グルルルルッ!!』


 牙を剥き出しにし、唸り声を上げるフォレストドッグたちの姿だった。

 Eランク討伐対象。学院生でも十分討伐出来るランクの魔獣だ。

 そう、低ランクの魔獣。



 数匹程度なら、の話であるが。



「逃げて!」


 ユイの叫びと共に全員一斉に地面を蹴った。

 目の前にいた魔獣の数、およそ30。決して学院生がたった6名で倒せる数ではなかった。


「《マッドアレスト》!」


 逃げる最中、ティアはフォレストドッグたちの足元に妨害魔法をかける。数匹のフォレストドッグがまともに走り出せず転んだ。


「《ファイヤボール》!」

「《アイスボール》!」


 足止めに成功したティアの魔法だが、数匹は妨害されることなく、自分たちに向かって来る。漏らした魔獣たちも他のメンバーが魔法を放ち直撃させていた。攻撃を喰らったフォレストドッグの悲鳴が森中に響き渡る。


「でも……」


 流石に数が多い。

 何匹倒そうとしても、全滅させる前にこちらが全滅してしまうのは火を見るよりも明らかだった。


「くっ……」


 ユイは口を結び、状況を整理してこれからどうするかを考える。

 冷静に、理性を持って思案する。自分はこのグループのリーダーなのだ。被害なんて出させない。全員無事にこの危機を脱するためにどうすればいいのかを、アイデアを出しては消し、出しては消しを繰り返した。


「……仕方がないですね」


 10秒も満たない時間の中、ユイは覚悟を決めた顔つきになり立ち止まる。

 急に立ち止まったユイに周りのリンも含めメンバーたちが怪訝な表情を浮かべた。


「ユイ様!?」

「一体何を!?」

「いいからそのまま駆け抜けなさい!」


 ユイの普段出さない強い言葉に、思わずメンバーは顔を見合わせる。何か言いたげな眼をするメンバーに、さらにユイが叫ぶ。


「私の命令が聞けないのかしら!」

『っ!』


 その怒号に、メンバー全員は顔を歪め指示に従う。一人、二人とユイの傍を駆け抜けていく。そして、最後にリンとティアが傍を通ったのを確認するとユイは向かって来るフォレストドッグに意識を集中させた。

 右手をかざし、視界の範囲内、魔力探知の範囲内で確認出来る魔獣の数を計算。自身の中にある魔力を使い、素早くかつ丁寧に魔法陣を構築。

 威力、質量多め。方向、前方に広がるように。

 最大威力。

 風属性上級魔法。


「《テンペストジャグリ》!」


 嵐が吹き荒れた。

 森が鳴き、大地が叫ぶ。

 凝縮された魔力によって還元された風のエネルギーに、リンたちは地面に伏せ余波で吹き飛ばされないようにする。


『グヲオオオオ!!』


 彼方へと消え去るフォレストドッグたちの唸り声が木霊す。

 そして、その声が完全に聞こえなくなったのを機に伏せていた全員が顔を上げた。


「……凄い」


 思わず、リンは呟いていた。

 地面は抉れ、木々がなぎ倒されていた。先ほどまで自分たちを追いかけていたフォレストドッグたちは姿を失っている。

 これが、魔法。これが、自分にはない力。

 どうして自分には出来ないのだろう。どうして魔力があるのに扱えないのだろう。

 羨望、失望、絶望、様々な感情がリンの胸の中で渦巻き、かき混ぜる。自分にないものを持つ者への嫉妬の種火がパチパチ、と音を立てた。

 そして、同時に親友も持っている力だった。

 刹那の時間、呆然としたリンであったが近くから慌てたメンバーの声に我に返った。


「ユイ様!」

「ご無事ですか!?」


 ユイに近づくメンバーを見やり、同時に彼女の姿を目視したリンは瞠目した。


「はぁはぁ……」

「ユイ様、大丈夫ですか?」

「え、えぇ、ちょっと、魔力を消費し過ぎただけ、ですから……」


 膝を折り、呼吸を乱すユイにメンバーの一人が背中をさすりながら心配そうに覗く。

 上級魔法、それは学院の上級生でも扱えるものは少ない。通常、基礎を学び経験を積んだ者でも多大な魔力が要求されるからだ。

 それを、まだ入学して間もない一年生が覚えているだけでも凄いのに、放出させて無事であるはずもない。魔力を持っていかれ顔面も蒼白させる。


「ま、待ってください。今、回復魔法を」


 魔力が著しく欠けている状態をいち早く察したティアが、回復魔法をかける。淡い光がユイを包み込み、乱れる呼吸が徐々に落ち着きを取り戻した。


「横にさせて暫く安静にさせましょう」


 テキパキと指示を出すティアにメンバーも素直に従ユイをゆっくりと体を倒す。回復魔法は怪我を直したり出来るが魔力を回復させるには自然治癒させるしかないのだ。先ほどかけたのは、あくまで息苦しさを楽にさせたぐらいである。

 ユイを安静にし、グループは再びの襲撃を警戒させて周りを見渡す。グループの中で回復魔法を得意とするティアがユイの傍に鎮座し、様子を終始見守っていた。

 しかし、メンバーたちが動き回る中で、リンは佇んだままだった。


「……魔獣、全部吹き飛ばしちゃったわね」

「凄かったね。ユイさんの魔法」

「えぇ、でも、勿体ないわね」

「……え?」

「だって、あれだけの魔獣、解体してギルドとかに持って行ったらいくらになることなら」

「……」


 リンの言葉に、ティアが押し黙る。

 急に口を閉ざしたティアにリンは視線を寄越す。

 視界では、ティアが悲しそうな眼をして自分を見つめていた。


「……リン、それは不謹慎だと思う」

「……何がよ」

「ユイさん、皆を守るためにこんな風になったのに、お金の話なんて……」

「何よ、本当のことでしょ」

「本当の事でも言っていい事と悪い事があるでしょ」

「……魔法が使えるのがそんなに偉いの? 魔法さえ使えれば私ならもっと上手く」

「今はそんな話をしているんじゃないよリン。どうしたの? 今日ちょっと様子が変だよ」

「……やめて、心配するフリなんてしないで」

「フリ? どういう事?」


 ユイを軽んじる発言でちょっと眉をひそめるティア。そして、やはりいつもと様子がおかしい親友が心配になる。今はそれすらも疑われているが。


「だってそうでしょ。アンタ、私の事本当は心のどこかで軽蔑しているんでしょ。嘲笑っているんでしょ?」

「なっ……!?」


 身に覚えのないことを言うリンにティアは目を見開く。彼女がこれまでリンのことを嘲笑ったことなどないし、軽蔑したこともない。一度だって彼女を下に見たことなどなかった。

 驚きのあまり固まるティアは咄嗟に口を開く。


「そんな事ない」

「あるでしょ!」


 すぐに否定してみせるも、リンの声が彼女のセリフを遮る。


「そりゃそうよね。よく考えれば分かる事だわ。だって、私と一緒にいてアンタにメリットなんてないし」

「メリットなんて……」

「ないでしょ? で、魔力操作が下手糞な私を見て楽しんでいたんでしょ」

「そんな……」


 否定してもリンの口から放たれる非難めいた言葉。まるでこれまでの時間を忘れたかのようにティアはショックが隠せなかった。

 まくし立てるように言葉を並べたリンは送った空気を取り戻すために深く息を吸う。

 勢いよく喋り終えたリンに、ティアはぼそり、と呟く。


「どうして、そんな事を言うの……?」

「事実でしょが」

「違う、わ、私はそんな事……」

「いいわよ、もう隠さなくたって。分かっているから」

「ねぇ、聞いてよリン! 一体、何があったの!?」

「何もないわよ! もう、私の事放っておいてよ! 一人で何とかするから。チームを抜けるにしろ、どっか移籍するも、好きにしなさいよ!!」


 心が痛む。今まで彼女から聞いたことのない暴言に、ティアの心の中が急激に冷えていった。

 そんなはずない。リンが、優しいあの子がこんな事言うなんてあり得ない。何か理由があるに違いない。

 冷え切った心に、それでも鞭を打ち、ティアは縋るようにリンを見る。


「リ、リン……ねぇ、ど、どうしたの?」


 訳があるのなら、話して欲しい。

 気に喰わないのなら、言って欲しい。

 彼女の願いが、言葉に乗せられた思いがリンに耳に届く。

 しかし、その言葉に対してリンは言った。


「アンタなんかいらないって言ってるの!!」


 最後に、そう言い残すとリンは振り返り地面を駆け出す。赤い髪の毛がふわり、と浮き光を反射させる姿をティアは呆然と見つめて続けた。


「……いらない……?」


 か細く、小さい声が空気中に雲散される。

 いらない、と言われた。一番大切な、一番信頼していた友達から言われてしまった。


(……いや)


 嫌だ。彼女と離れてしまうなんて。彼女が離れてしまうなんて。

 確かにいつかはいなくならなければいけないと思っていた。だけど、こんな別れ方なんて望んでいない。彼女と仲違いしたまま姿を消してしまうなんて。


(嫌、嫌嫌嫌嫌嫌)


 寒い。まるで吹雪の中にいるみたいに体が冷たい。震える肩を抱き、うずくまるティア。

 顔色は青く、気持ちは沈んでいく。


「……ティアさん?」


 傍で眠っていたユイが瞼を上げ、ティアを呼ぶ。だが、彼女からの返答はない。

 先ほどの喧嘩を聞いたユイは落ち込んでいるのだと判断した。安静しなければならないユイが起きるほど、彼女たちの声は大きかったのだ。


(リンさん、聞いてましたね)


 彼女が去っていった方に首をやり嘆息つく。恐らく、昨日自分がティアをチームに誘っていた場面を見られていたのだろう。そして、今日のリンらしくない言動。


(私は、別にお二人を仲違いさせてまでティアさんが欲しい訳じゃありませんのに)


 不器用で、短気で、魔力操作が出来ない劣等生。ここまで来ると呆れを通り越して情けなく思えてしまう。もっとやりようというものがあるだろうに。


(ティアさんを慰めるのはもう少し待ってからにしましょう)


 チーム内でのトラブルを解決させるのもリーダーの務め。例え、それが一時的なものだけのものだとしてもだ。

 面倒を押し付けてどこかへ行ってしまったリンに恨めしい気持ちを感じながらも、自分にも原因の一端があるのを知っている分、むやみに責められない。

 と、ユイがチームリーダーの苦労について疲れていた。

 その時。



 ざわざわざわ………っ!!!



「っ!?」


 突如、彼女はおぞましい魔力の流れを感じた。探知魔法を使っていなくても分かる異常な魔力。荒々しく、激しく、不規則に蠢く流れ。

 まるで地震にように揺れる空間。森の異常に鳥たちは飛び回り、動物たちも逃げ惑う。


「なにごと……っ!?」


 肌に直接伝わるピリピリした感触。

 そして、この異常な魔力と共に、ユイはもう一つ衝撃的なことに気づく。


(嘘っ、これは……!?)


 不審に思い、小規模な探知魔法を展開。すると、ユイの魔法に引っかかる魔力が複数存在していた。


 彼女たちのすぐ傍から。


「ティアさん!」


 魔獣の存在に気づき、ユイは体を無理やり起こしティアを呼ぶ。すぐに皆を呼びこの場から離れなければ。

 と、ユイが痛みで顔を歪めながらも立ち上がろうとしている中、ティアからの反応は一切見られない。不思議に思いユイはティアの方を見た。


「嫌、行かないで、お願い、皆、行かないで」

「ティアさん……?」


 ぶつぶつ、と何かを呟くティア。様子がおかしいティアに、ユイは首を傾げ顔を覗き込む。

 しかし、彼女の綺麗な藍瞳にユイが映らなかった。

 焦点は合っておらず、空虚を眺めるティア。


「嫌だ、嫌だ、嫌嫌嫌嫌嫌嫌……」

「ティ、ティアさん、どうしたの?」



「いやぁぁぁ!!!」

『ブギャアアアァァ!!』



 絶叫と同時に、ティアの背後からいくつもの咆哮が鳴り響いた。

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