第7話 学院長室にて


「お邪魔しま~す」

「おい、ケイ。ここ一応学院長室で、俺は学院長なんだが? 貴様はノック一つも出来ないバカになったのか」

「いいじゃないっすか。いつもの事なんだから」

「お前が言うなよ」


 リンたちと別れたケイはその足で学院に建設されている学生寮に戻らず、学院長室に訪れていた。まるで、我が家のような態度で部屋に入るケイにジャックは嘆息つく。


「はぁ、それで、何の用だ? 見た所、依頼は終わったみたいだな」

「えぇ、つつがなく。用事は、頼んでいたあれがそろそろ出来上がっている頃だと思ったので受け取りに来ました」

「あぁ、あれな。ほら」


 ジャックは机の引き出しから二枚の紙を取り出し、ケイに渡した。縦長の紙には黒いインクの文字が羅列されていた。紙を受け取ったケイは流し目で文字を追う。



 リン=ベェネラ(15) 

 ベェネラ伯爵令嬢。家族構成は両親と兄が一人。

 ここヨール市から西方に馬車で10日ほど行った地方を古くから治めている家柄。彼女の家が治めている領地はよく言えば自然豊かな、はっきり言うとド田舎。これといった名産品もなく、畜産と農業が主な収入源となっている。しかし、ここ最近、天候悪化による不作と、川が氾濫したことにより牧場が数軒壊滅。財政難となっている様子だった。

 座学はあまり得意ではなさそうであるが、入学時に測った魔力量は学年の中でも上位に位置している。が、何故か実技の成績は芳しくない。魔力量の多さから入学当初はチームへの誘いが数多あったようだが、現在はそれも皆無。恐らく魔力操作の不出来さが浮き彫りになったのだろう。前に所属していたチーム名は【ブルースワン】。


「……なるほど、だから焦っていたのか」


 用紙から目を離しケイは呟く。何となく彼女が抱えている問題が分かった。

 農業と畜産で成り立っているリンの実家。それが、ここ数年景気が悪く、懇意にしている別の貴族から借金をしている状態だと言う。貴族の間での金の貸し借りは珍しくないのだが、問題は何を担保とするのか。

 ここまで来れば、自ずと答えは見えてくる。

 リンには兄が、跡取りである男が一人。そして、リンは女だ。

 恐らく、このままの状態が続くようなら彼女は間違いなくどこかの貴族に嫁ぐ事になるだろう。

 この国での婚姻年齢は15歳から。貴族令嬢ならば、とっくに嫁に出されていてもおかしくない。だが、女性の社会的地位は昔より向上しているため、ある程度の自由はある。この学院にいる女生徒の大半はそういう者たちだ。

 それでも婚約者、または許嫁がいる者もいる。卒業後すぐに結婚するなんて事もざらにある。

 リンの場合は、いつ名も知らない相手と結婚させられるのかを気が気でないだろう。だから、すぐに結果が欲しかったのだ。


「貴族も大変だな……」


 リンが抱えている問題を目の当たりにして、ケイは半紙から目を離す。外した視線の先には、ジャックがジッ、とケイの反応を窺っていた。

 次にケイはもう一枚の紙を手に取った。



 ティア=オルコット(15)

 王都にある教会が設けている孤児院の出。10歳から孤児院に入所したらしい。両親は各地を回る旅芸人であったが、旅の途中で盗賊に襲われ仲間も含めて命を落とした。ティア自身は奴隷として売られそうになったが、駆け付けた騎士団によって保護された。そして、しばらく孤児院で暮らしていた彼女は孤児院からの勧めで学院の試験を受け、見事合格現在に至る。

 座学の成績は中の上。実技も普通。魔力量も平均的とこれといって秀でているものを感じられないが、特に問題があるように思えない。強いて挙げるなら、気の弱さと書かれている。こればかりは本人の問題なのでどうしようもない。こちらも前のチームはリンと同じ【ブルースワン】。



 対して、こちらも濃い内容だった。幼少期に起こった両親の死。当時10歳の少女にはショックな出来事だったに違いない。しかし、ティアの方はそれ以外プロフィールに違和感はなかった。


「ふぅ~ん、なるほど」

「どうだ、満足いく結果だったか?」

「えぇ、よくぞこのほどまでに詳細なプロフィールを用意してくれたなと感心しました」

「何となく、お前が聞きに来るんじゃないかと思ってな」

「やだ、この人俺のこと知りすぎ。怖いわぁ」

「ぶっ殺されたいみたいだな」


 自分の体を抱きしめ、怖がる演技をするケイにジャックはいつもより数段低い声を発した。

 これは、普通にイラついている時の声だった。


「冗談ですってば。何もそこまで怒らなくても」

「こちとら、街道の件やら学院の仕事やらで忙しいんだよ。そんな時に、馬鹿な教え子がプロフィールを差し出せなんてまた面倒な事言いやがるからな、苛々するのもしょうがないだろう」


 無駄に仕事を増やしたケイを恨めそうに睨むジャック。流石は、元騎士団長、目つきの鋭さは半端なかった。

 しかし、昔からこの目を見てきたケイはケロっ、とした様子で受け流す。そして、再度彼は二枚の紙を眺めた。


(リンが貴族というのが驚きだよなぁ)


 しかし、貴族の子どもが多くいるこの学院。別に珍しいことでもない。どちらかと言うと平民の出の方が珍しいくらいだ。

 ケイは読み終えた紙をジャックに返す。


「で、こんな事して何が目的だお前は」

「チームメイトの情報を知るのはいけない事でしょうか?」

「んにゃ、別に構わないと思うけど本人の同意なしでやる事ではないよな」

「……」

「ま、お前が口下手で、コソコソ動くのが好きだというのは分かってるけどな」

「人聞きの悪い。別に好きじゃありませんよ」


 ジャックの言葉に即否定するケイ。別に自分は隠密行動が好きなんかではない、ただボッチ生活の中でこういうやり方に慣れてしまったというだけの話である。


「それに、学院長が意味深な事言うからじゃないですか」



『彼女たちにはお前が必要なんだ』



 あの日、ケイに対してジャックが口にした言葉の裏に何が隠されているのか。それを調べないとケイは気になって寝られないのだ。まぁ、今回で大体のことは知れたけど。


「そんなこと言ったっけ?」

「おい、学院長」


 首を傾げて言うジャックに、ケイは思わずツッコみを入れる。

 まったく、自分の発言くらい覚えておいて欲しいものだ。しかも、ジャックには権力というものがあるし、自分の言葉で学院を動かせる事だって出来るのだ。発言には責任を持ってもらいたい。


「冗談だ。あの時の言葉に嘘はない。もう一度言うが彼女たちにはお前が必要なんだよケイ」

「その発言の裏に一体どういう意図があるのかを教えてもらいたいのですが……」

「それは、お前自身が確かめないといけないことだ。俺は口出す真似をしない」

「………」


 答えは自分で探せってことか。この人がこういうことを言う場合は大抵重要な事か、とんでもなく下らない事かのどちらかだ。ケイとしては後者であって欲しいところである。

 となると、ジャックの真意を当てるのは自分でやるとしよう。恐らく、彼はまだ何か知っているようだしな。

 ケイはジャックの態度からそう判断すると話題を変えた。


「あっ、そうだ。学院長、街道の件どうなってんですか?」

「ん? あぁ、それの件については騎士団とギルド、そしてウチからも数名派遣して調べているが、魔獣の数が半端ないということだ」

「対処できないくらいにって事ですか?」

「いや、それほどではない。しかし、引っかかる部分がある」

「と言いますと?」

「どうも、討伐隊が赴いた時に限って魔獣の数が多いらしい」

「いつも多いのでは?」

「それが、行商人が襲われた時の話と照らし合わせると魔獣の数が増えてる事が分かった」

「……作為的な何かを感じる、と」

「ま、あくまで俺の勘だけどな。一応そっち方面でも調べさせてある」


 流石は元騎士団長。発言権は並みの騎士とは違う。

 そして、こういう時のジャックの勘は当たる。

 一体誰が、何を目的に。疑問符を頭の上で浮かべるケイであるが、自分の管轄外での仕事なのですぐに放棄した。


「苦労しますね学院長も」

「あぁ、凄く面倒くさい。さっさと引退して田舎で隠居したいぜ」

「はは、現在国内最強の騎士に、はいそうですかと頷く者はいないでしょ」

「元、最強だけどな」


 ケイの言葉に、静かにだが強く付け加えるジャック。その時、彼が無意識に自身の左腕に手を添えるのをケイは見逃さなかった。


「じゃあ、誰か学院長に勝てる人間いるんですか?」

「さぁな? いるかもしれないし、いないかもしれない。そして、将来どうなるかも分からないぞ」


 鋭い眼を挑発的に向けるジャック。視線を浴びるケイは小さく息を吐くとやれやれと首を振った。その反応にジャックは面白くなさそうに小さく舌打ちした。


「あっ、そうそう。ケイ、明後日ちょっと手伝え」

「明後日ですか? 何かあるんですか?」

「あぁ、1年の野外演習だ」

「あぁ~ありましたね。そんな面倒くさい行事が」


 毎年この時期に行われる1年全員行われる野外演習。主な目的は街の外にある森に赴いて魔獣の討伐、および野営の仕方などを学ぶ。ケイも一年前に同じ野外演習に参加したのだが、あまりいい思い出はない。


「で、それがどうかしましたか?」

「お前、サポーターとして同行しろ」

「……ははは」


 ダッ! 


「逃げるな。《バインド》」

「うおっ!?」


 瞬間、180度体を反転させ地面を蹴り、部屋からの脱出を試みるケイ。しかし、足元から出現した蔓が巻き付き拘束する。

 上級拘束魔法、《バインド》。術者の魔力量によってどんなに暴れる人だろうが、魔獣だろうががんじがらめにする便利な魔法だ。

 王国最強の魔法から逃げられる訳もなく、ケイは全身を巻き付かれ身動き一つ取れない状態にさせられた。


「ぬおぉ! ピクリとも動けねぇ!!」

「当たり前だ。お前に解かれるほどやわじゃねぇよ」


 蔓に拘束されたケイは無理やりジャックと対峙するような形にさせられる。身体に力を込めて蔓を解こうとしているのが、全く持って蔓が弱まる気配が見られなかった。


「さて、話の続きだけどな……」

「えぇ!? この状態のまま続けるの!?」

「だってお前解いたら逃げるだろ」


 ジトー、とした目で自分を見てくるジャックにケイは「ふっ」と口角を上げ喋る。


「何を言いますか。学院長から逃げられるなんて無理な話ではないですか。無駄な努力はしない主義ですよ。俺は」

「……それもそうだな」


 ケイの言い分にジャックは数秒熟考し、何度か頷くと魔法を解いた。

 体を縛り上げていた蔓が消滅し、学院長室の冷たい地面に落下する。


「とと、もう少し丁寧に降ろしてくださいよ」

「贅沢言うな。それで、話の続きなんだが……」

「はぁ~~~」


 降ろされたケイにジャックは苦言が飛ばし、続きを話そうとする。雑な扱いにケイは、仕方がないなとため息を深くつくと。


 ダッ!!


「だと思ったよバカ」

「ぬおおおお! 何故だぁ!?」

「お前の考えることなんぞ手に取るように分かる。何年お前の面倒を見てきたと思っているんだ」


 ジャックが見せた一瞬の隙を見逃すことなく、再び逃走を図ったケイ。だが、ジャックの方が一枚上手だったようで彼の体に再び蔓が巻き付いた。


「さて、それじゃ話の続きをするけどよ」

「くおおおお、はーなーせー!」

「黙らないとお前の黒い髪の毛がピカピカつるつるになるぞ」

「燃やす気! 俺の毛髪を消し炭にする気ですか!?」

「あぁもう。煩いなぁ大人しく人の話を聞け」


 ジタバタ暴れるケイに顔を歪めて耳を塞ぐジャック。蔓に縛られたケイは諦めず拘束から脱しようと試みるが学院長の拘束が解けるはずもなく虚しい姿を晒すだけとなった。

 せめてもの救いとしては、この姿を誰にも見られなかったことだろう。


「大体! なんで俺がサポーターなんてクソ面倒くさい事しなくちゃならないのですか!?」

「それが本音だな。いや、サポーターと言っても生徒たちの点呼やら備品のチェック、安全確認ぐらいしかやる事ないぞ」

「十分仕事あるじゃないですか! そもそも、俺がその場にいたら生徒のやる気が削ぐわれる恐れがありますよ」

「大丈夫だ。お前はただの雑用係だから」

「やはり肉体労働が目的だったか!」


 学院に在籍する1年生は120名。野外演習は半分に別れて行われるとはいえそれに伴う荷物の量はバカにならない。なので、講師側はどちらかと言うと肉体労働が多くなったりする。

 それを、さも当たり前のように自分に押し付けさせるあたり扱いが他の生徒より質が悪い。


「だったら、ギルドに冒険者派遣してもらえばいいのに」

「出来るだけ予算は抑えたいからな」

「真面目な顔で俺を無償で働かせようとするのやめてくれますか?」

「安心しろ。お前のほかに【シリウス】など他のチームにも声を掛けてある」

「余計に不安要素が増えたのですが!?」


 安心しろと言われて紡がれた言葉に、逆に不安を覚えるケイ。

 ケイは同級生との折り合いが非常に悪いのだ。もし彼らの中にケイが混じったりしたらそれこそ面倒くさい事態は避けられないだろう。


(この人、その辺の事ちゃんと分かっているのだろうか?)


 全く意に介した様子もなく書類を片付けていくジャックにケイは不信感が拭えない。

 中でも、サラは自分を敵視している節があるので正直関わりたくないのだが。


「それになケイ。お前がいた方がリンたちにも色々都合がいいだろ」

「むしろ怒られる気がするのですが……」


 野外演習では一班6名で行動するようになっている。大体はチームメイトと組む事が多いのだが、それだと余りが出てしまうので自然と他のチームの者と組む事になる。先ほどの資料によるとリンはチームを転々としていた過去があるので、それで何か問題を起こす可能性も否定できない。ジャックはそれを見越してケイを派遣しようと考えているのだろう。

 しかし、リンの態度からしてケイがいた方が彼女の機嫌を損なわれる恐れがあると思う。


「大丈夫だろ。その辺はお前の人徳でどうにかしろ」

「俺には似合わない言葉ですよ」


 自虐的に言ったセリフにジャックは何故か押し黙ってしまった。

 しまった、気を遣わせてしまっただろうか。と、ジャックの様子に気づいたケイが内心で焦り始める。


「ま、まぁ、それはどうでもいいですよ。で、結局の所俺は強制参加という事ですね」

「……あぁ、そうだな。お前が嫌だと言おうが無理やり連れて行く」

「聞いておいてなんですが、酷い話だ」

「今に始まった事じゃないだろ」

「自分で言いますか」


 学院長室に入ってきた時の趣旨返しだろうか。ケイは渋い表情を見せながら嘆息つく。


「ていうか、今、この時期に野外演習なんてやって大丈夫なんですか?」


 街道に魔獣が湧いている状況で野外演習をしても大丈夫なのだろうか。いくら冒険者や講師たちが付いていても何かあってからでは遅い。そんなケイの疑問にジャックは断定するように言った。


「大丈夫だ。街道の魔獣は現段階でほとんど討伐されている。あと数日もすれば街道も通れるようになるだろう。それに、野外演習を行う森は街道から離れている。あの森は魔獣が適度にいるからよく使っている訳だしな」

「へぇ、そうですか」


 街道の出来事について色々と思う所もあるが、ジャックが言うのなら安心していいだろう。

 話が終わりを迎えた所で、ケイは結論を口にする。


「……はぁ、ではサポーターに入るにあたって色々準備がいりますね」

「おう、しっかりと明後日に向けて準備頑張ってくれ」

「……で、ジャック学院長」

「なんだ?」

「……話が終わったなら放してもらえますか?」



 なんとも締まらない恰好にケイは若干悲しくなるのであった。

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