第6話 依頼達成
ケイと別れたティアとリンは言われた通り北側を捜索していた。だが、やはりというべきか猫なんてよく見かけるため決定的な情報も得られず路頭に迷っていた。
時間だけが刻々と過ぎ去り、約束の1時間が経過していた。
「どうするリン?」
「どうするって言われても、これだけ探しても見つからないのならしょうがないわよ。とりあえずあの落ちこぼれの言う通り集合場所まで行きましょう。もしかしたら、万が一、億が一、奇跡的にあいつが猫を見つけたかもしれないからね」
「リンにとって先輩って親の仇か何かなの?」
ケイに対する態度の悪さが直る事がないリンにティアは嘆息つく。どうして彼女はこうまでしてケイに敵対心剥き出しなのだろうか。
彼が《稀代の落ちこぼれ》だから。そういう理由で彼が避けられているのはティアも知っている。だけど、それだけで彼を罵り嘲笑うのは如何なものかとも思う。
いや、違う。ティアは隣を歩くリンを見て確信する。彼女は別にケイという人物などどうでもよいのだ。リンにとって苦痛なのは、彼と、《稀代の落ちこぼれ》と自分が同列視されるのが嫌なだけなのだ。
自分は落ちこぼれなんかじゃない。自分はこの男より上だ。自分はこの男と同じなんて絶対にない。
自己肯定。自己満足。自己保険。
人は自分の心の平穏を保つため、心を守るために他者をより弱い者を見下し蔑む。
それは正論であり、あまりの事実。
醜く、汚い。人というのはそういう生き物である。
ティアは果たして自分は、同じかと熟考する。自らもそんな醜い習性を持つのかと客観的に見つめてみる。だが、答えなど出ない。いや、出せない。
結局、人は自分自身の評価も反省も見つめ直すなんて事は出来ないのだ。いつでも、どんな時でも他人に教えられ、もしくは他人の愚行を見て気づかされるのだ。
「ティア、ねぇ、ティアってば!」
「えっ、あ、どうしたの?」
「どうしたのってもう着いたんだけど…」
「あっ」
物思いにふけっていたティアはリンの声で我に返ると辺りを見渡す。道行く人が交差して、賑わいを見せる街が今日も存在していた。振り返り、目の前にある建物を見ると木造の大きいそれは紛れもなくヨール市にある冒険者ギルドの建物だった。どうやら、いつの間にか集合場所に着いていたようだ。
ギルドから視線を逸らすと隣からリンが心配そうに覗き込んでいた。その瞳は相手を気遣う優しい色で染められていた。
「大丈夫? どっか具合悪いの?」
「ううん、ちょっと考え事していただけだから大丈夫」
「だったらいいけど……」
ティアの言葉にリンは渋い反応を見せるがそれ以上は何も言及してこなかった。
この子は優しい子だ。彼女は、リンのこういう所が大好きだ。自分のような弱い者に手を差し伸ばし、自分が決めた事には一直線。そういう、純粋で真っすぐな所が好きだ。
ティアは初めて出会った頃を思い出していた。
あれは入学時の事。平民出身で、貴族の子供ばかりが集まる教室の中でティアは縮こまっていた。
人と接するのは苦手だ。だから、ティアは大人しく誰にも気づかれない空気でいようと思っていた。
『ねぇ、貴方お名前は?』
いきなりだった。自分の頭上から声がして視線を向けた先にいたのは太陽のように暖かく、和む素敵な笑顔をしている女の子だった。綺麗な赤い髪、美しい澄んだ瞳、ほっそりとした体躯に纏う雰囲気は気品さと強さを兼ね揃えていた。彼女の美しさにティアは見惚れていて反応出来なかった。
『? あら、聞こえなかった?』
『えっ、あっ、その、ティ、ティア=オルコットです!』
『そう、よろしくね。私はリン=ベェネラ。リンって呼んで』
その時の彼女の朗らかな笑みは時間が経った今でも思い出せる。否、これから先も忘れる事はないだろう。
ティアにとって、この学院に入って最大の幸福と言えるのはリンと出会った事だ。それほど彼女の存在はティアにとって大きいものだった。
でも、この幸福も長くは続かないだろう。
長くても後3年。学院を卒業する頃には終わる。そして、リンは自分がいなくなってもきっと立ち直り強く生きていける人だ。だから、自分が出来る事は可能な限り人の迷惑にならず静かに、平穏に、平和的に生活する事。そして、忘れ去られ、消え去る。それが自分に与えられた使命であり、運命だ。
嘆き、悲しむ人が出ないよう。リンには自分以外に信用できる人が出来て欲しい。そんな所にやってきたのがケイだ。彼を逃したらきっとリンはこれから先独りぼっちになってしまう。だから、是が非でもケイとリンには仲良くなってもらいたい。
それが、私のためだから。
「おっ、いたいた。待たせたか?」
不意に横からかけられた声にティアは思考を収める。声のした方向に目を向ければティアにとって希望であるケイの姿があった。
彼もまたあの頃のリンがしていたような朗らかな笑みを浮かべながらこちらへとやってきた。
「いえ、それほど待ってませんよ」
「そう、なら良かった。で、そっちは何か収穫あったか?」
「いえ、それが……」
「そうか、こっちも有益な情報はなかった」
ケイは自分たちの結果に残念そうな顔を見せる事なく淡々と次はどうするか考える。やはりというべきか、彼の方もどうやら不発に終わったみたいだ。
「ん~、どうしたものか」
「もう一度探します?」
「そうだなぁ、こうなると捜索範囲を広げるしかないよな」
「広げ、ますか……」
ケイの提案にティアから渋い声が返る。リンも黙っているが険しい顔を浮かべていた。
ヨール市はグランザール王国第3位に入るほどの都市だ。言うまでもなく街の広さは広大。街を一周するだけでも一日では足りないほど。今の捜索範囲でも見落としがあるかもしれないのに範囲を広げるとなると、もはや3人だけでは人不足である。ケイもそれは重々承知の上であるがこうでもしないと見つからないのも事実だった。
「あの、それでしたら張り紙とかどうでしょうか? 学院に連絡してもらうようにしたら誰からか連絡が来るかもしれませんよ」
難しい顔で考えるケイを見かねてか、ティアがおずおずとした様子で提案する。
「う~ん」と唸り声を出すとケイは言った。
「まぁ、何もしないよりはマシだと思うけどあまり効果は望めないよな。猫なんてどこにでもいるわけだし。長期戦覚悟ならやってもいいけど依頼の達成期限が一週間だからな」
「そう、ですよね」
「でもまぁ、帰った後何枚か作っておくよ。ありがとうなティア」
「い、いえ、そんな、別に大した意見じゃありませんし」
依頼には依頼の達成期限というのが設けられており、それが延長となると学院の成績にも大きく関わってくる。これ以上下がりようのない成績なので気にする事はないケイと違って、ティアたちには結構切実な問題なのでどうにか一週間以内に猫を見つけなければならない。
「さて、どうしたものか」
これと言っていい策が思いつかないケイは腕を組んで熟考する。
こうなったら、寮の門限を破って夜中に探そうか、と考えている時だった。
「あれ? リンの嬢ちゃんじゃねぇか」
突然、彼らの背後。冒険者ギルドの扉が開く音と共に、一人の男性の声がした。
その声に三人が一斉に顔を向ける。
「ハサンさん? どうしてここに」
「いや、俺はギルドにちょっと用事があったんだけどよ」
ギルドの扉から姿を現したのは、リンがよく行く武器屋の店主ハサンだった。唐突な知り合いとの遭遇に目を丸くさせるリンとティア。そして、逆にハサンも驚いた顔をする。彼も予想外な展開だったようだ。
だが、すぐに彼の視線は彼女たちの近くにいる男に向けられた。
訝しげな視線に当てられたケイは、どうやらリンの知り合いらしいと判断し挨拶する。
「初めましてケイ=ウィンズと言います。リンのチームメイトです」
「あぁ、確か冒険者で言う所のパーティみたいなもんだってな。俺はハサン、街で武器屋やってるものだ。リンの嬢ちゃんはウチの常連なんだよ」
「………へぇ、武器屋ですか? リンたちがお世話になっているみたいで」
「はは、礼儀がちゃんとしている男だな。いや、いいんだよ。嬢ちゃんたちみたいな若い女の子が店に来てくれるだけで、空気が変わる」
一瞬、目を瞬かせるケイであったが、すぐに外面を被りきちんと決まったお辞儀をする。
ケイの丁寧な挨拶に、慣れていないのかハサンは冗談を口にする。
こんなじゃじゃ馬を店に入れても、空気が変わるどこか店の外観が変わるのでは、という言葉をぐっ、と喉で押しとどめる。こんな事言った日にはリンから何されるか分かったものではない。なので、ケイは別な事を訊いた。
「武器屋って事は魔獣の解体なんかもやったりしてるんですか?」
魔獣の牙や毛皮は武器に用いられる事があるためギルドではよく売られている。なので、ハサンはそれらを買い取りにギルドに来たものだとケイは判断したのだ。
しかし、答えは違ったみたいだった。
「いや、今日は街道の件について何か情報があるかと思ってきただけだ。まぁ、結果は芳しくなかったけどな」
「それは大変ですね。あの、それで……」
ハサンと挨拶を交わし、軽い世間話をした所でケイは言いにくそうに彼の手に抱きかかえられているものに注目した。ケイだけではなく、リンもティアも彼の腕の視線が釘付けとなっていた。
実際、最初からずっと気にはなっていたのだが、聞き出すタイミングを図っていたら随分と遠回りになった。ケイは、彼の胸元を指差しながら恐る恐る訊ねた。
「……その猫どうしたんですか?」
彼の腕に抱かれている一匹の猫。チョコレート色の体毛に、顔は黒い毛色をしている猫。懐いているのか喉を鳴らしていた。
「えっ? ここに来る前に拾ったんだよ。裏通りで鳴いていてな、飯食わしたらなんか懐いてしまって」
「えぇと、つまり迷子だと……」
「おう、首輪ついているから多分飼い猫だと思うんだけど。だから、この猫についても兼ねてギルドに来たんだよ。依頼にそれらしきものがなくて困っていたんがな」
ニャー、と猫も同意するように鳴く。
ケイは長期戦覚悟していた所で、何やら虚しさやら、疲労感やらが混じり合うが取り敢えずケイは一言ハサンに対して言った。
「ありがとうございます!!」
ビシッ、と決まったお辞儀を見てハサンはただ茫然とするだけだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はい、確かに依頼は完遂されてますね。依頼主からの署名もありますし、問題ありません。お疲れ様でした。こちら、報酬です」
「ありがとうございます」
職員から依頼が終わったことを認められ報酬を受け取る。ケイは一度頭を軽く下げるとその場から立ち去った。
あの後、ハサンに事情を説明して猫を預かり依頼主に確認した所、探していたトミーに間違いないという事で依頼書に署名してもらい学院に戻ってきた。まさか、長期戦を覚悟して所でのハサンのファインプレーにはケイも思わす声を大にしてしまった。若干ハサンの顔が引き気味だったのが気になったが致し方がない。
しかし、依頼が早く終わったというのは喜ばしいものだ。早期解決は成績にも反映されるのでまた良い。気分が上がり、無意識に頬が緩む。
と、意気揚々と学院のエントランスホールの端の方まで移動したケイ。
「ほれ、今日の依頼報酬。合計銅貨15枚。3人で均等に配って一人5枚な」
「あ、ありがとうございます」
「………」
端の方に設置されている椅子に座るとテーブルに報酬の分配を始めるケイ。ティアとリンも分配に異論を示す事なくすぐに終了した。
「よし、ちゃんと自分の分あるな。今日はこれで解散にするか。明日も依頼受けるからしっかりと休めよ」
「はい、お疲れさまでした先輩」
「……」
微笑みを浮かべながら挨拶するティアに対してリンはいつものごとく無言を貫く。だが、その顔に何やら影がかかっているのをケイは感じた。何か言いたい事でもあるのだろうか。
「どうしたリン?? 何か思う事でもあるのか?」
「……何でもないわよ」
「……そうか」
何でもないという様子には見えないが、しつこく質問しても彼女の性格と自分への態度から素直に口にするとも分からない。なので、ケイは大人しく引くことにした。
その時、ティアが心配そうな視線をリンに向けていたのだがケイが気付くことはなかった。
「それじゃ、お疲れさん。先に上がらせてもらうぞ」
「あ、はい。お疲れ様でした」
「……」
「明日も講義あるからちゃんと休めよ」
「はい」
ケイは席から立ち上がり軽く注意するとエントランスホールから出て行く。その際に別れの挨拶を交わすティアとは裏腹にリンはいつまでも分けられた銅貨を眺めていた。
「リン、大丈夫?」
ケイが去ったのを確かめてからティアはリンと向き合う。
リンは静かに、でも寂しそうに銅貨を見つめるとぐっ、と握りしめた。
「……まだまだね」
悲観的な声で呟くリン。
その声に、ティアは胸がきゅっ、と引き締められる錯覚に陥った。
「ねぇ、リン。どうしてもって言うなら先輩に相談した方がいいんじゃない?」
「相談? 私があいつに?」
「そうだよ。いつまでも口を利かないなんて事していたらいつまでも状況は変わらないと思うよ。ここはもう少し報酬のいい依頼を探してもらう方がいいよ」
「……でも」
ティアの言葉にリンは顔を俯かせる。彼女の言いたい事は分かる。そして、それが正しい判断だということも。
だが、プライドが邪魔をする。あの落ちこぼれに弱みを見せることをリンは本能的に避けていた。
逡巡するリンにティアは決定的な言葉を投げかける。
「私たち、チームメイトだよ」
「………」
ティアのその言葉にリンは何も言い返せなかった。
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