第61話 浅間 疾風 その2



「これが浅間 疾風の全てだ。どうだ。失望したか?そりゃしたろうな。結局俺は今まで誰かを助けると言っておきながら、それら全てが自分を守るための言い訳に過ぎなかったんだよ。俺はずっと・・・・自覚していた上で、誰よりも最低なことをしていたってわけだ」


そう言って疾風は長かった話を終えた。俺はそれを静かに寝転がる疾風を見下ろしながら聞いていた。


俺は話を聞きながら昨日からの疾風の言葉を思い出していた。何かに取り憑かれたかのように正義を信じ続け、それを為さなければ自分の居場所がなくなってしまうことを恐れていた。そんな心が疾風を焦らせ、俺をこれ以上近づけることを拒んだ。



あの時の疾風はとても悲しい顔をしていた。本当なら自分が救われたかったんだと思う。この解けない鎖を誰かにといて欲しかったんだと思う。それを言うこともできずに、疾風はひたすら一人で悩み続けたのだろう。


疾風は誰かに頼ることも恐れていた。人の目に敏感になりすぎた疾風にとって、誰かに失望されることが一番怖かったから。



疾風には、それを為すに足る勇気がなかったのだと思う。



だが、今疾風は俺に全てを打ち明けてくれた。つまりさっきの俺の言葉はちゃんと疾風の中に届いたということなのだろうか。疾風自身、今まで縛り付けられてきた恐怖に正面から立ち向かおうとしているのだろうか。それは一体何を思い、決断し、その果てに何を導き出したのだろうか。



俺には、それがわからなかった。



常に一人っきりだった東条 未治には、そろそろこの気持ちをで推し量ることはできなかった。



「・・・・ごめん、疾風」


俺は倒れ臥す疾風に向かって頭を下げた。それを見た疾風は目を丸くして驚く。


「え?何で謝ってんだよ?お前は別に何も悪くねーだろ」


「いや、俺は十分に悪いことをしたよ。ろくに気持ちも知らないくせに偉そうに正論を並べるだけで、何もお前のことをわかっていなかった・・・・俺はただ、お前が羨ましくて、でも、それでも悲しい顔をしていたお前に俺が勝手に腹が立ってただけだったんだ。それを今の話を聞いてて気づいた。だから・・・・・ごめんなさい」


「・・・・未治。お前」


疾風は何かを悟ったかのような様子で俺を見ている。疾風は最初の頃から俺のことについて勘づいていたのなら、もしかするともう俺に家族がいないことも何となく気づいているのではないかと思う。


そう、ずっと長い間、誰かに寄り添うことをしてこなかった俺が、散々疾風に向かって一人で抱えるなと言い続けていたのである。これ以上に彼にとって侮辱になり得ることがあるだろうか。少なくとも、俺がしていたことはそういうことだ。勝手に疾風のことを解釈して、それで勝手に疾風のことを間違っていると決めつけていた。


何やってるんだ俺は!疾風はちゃんと、悩んで悩んで悩み続けて、それでも見えてこない何かを必死に掴もうとして、前に踏み出そうとしていたじゃないか!あいつは逃げ続けていたと言った。


だけどそれを悔やんでいるのは、誰よりも疾風が誰かのために何かをしたいと思っている証拠じゃないか!それを俺は何も知らずにただ英雄願望があるだの正義に縛られてるだのと言って否定した!!これが最低と言わずして何というか!!




俺はもう何も言えるわけなかった。ずっと立ち向かい続けたやつに向かって俺はなんてことを言ってしまったんだろうか。そう思うと惨めな気持ちになる。俺は下を向いたまま喋らなくなってしまった。


疾風は、そんな俺に対して何も咎めることはなかった。




「・・・・お前は俺のことを十分に助けてくれたよ。未治のおかげで、俺はやっと踏み出すことができたんだ。今まで怖くてたどり着けなかったところに」


そう言って疾風は起き上がった。背は疾風の方が幾分か大きい。


「俺は誰かのためではなく、自分の身の安全のために誰かを助けようと考えることも正直あった。それを俺は正義だと信じ込んでな」


「・・・・」


「だけどそれは違う。俺はこれから、誰のでもない、俺だけが正しい判断で決めた正義に従っていかなければならない。例えそれがみんなからしたら間違っていることだとしても・・・・俺が守りたいものを守り続ける。それに気づかせてくれたのは他でもない・・・・未治、お前が立ちはだかってくれたからだ」


「疾風、だけど」


「だけどもヘチマもねーよ未治。例えお前が本心からの言葉じゃなかったとしても、その事実は変わらないんだからいいんだよ。それにお前の言葉が本心じゃないとしても、俺を改心させてくれようとしてくれたのは未治の本心なんだろ?これも嘘だったらお前超わけわかんなくなるしな」


「ま、まぁそうだけど・・・・」


うっ、なんかじかにそういうこと言われるとなんか照れる。


「とにかく!俺はお前に助けてもらった!!お礼を言うのは俺の方だよ。ありがとうな!未治!!」


「あ・・・・・・うん」


今、心の中で何かがポッとしたような気がした。なんだか暖かいような。そう言う感じ。ずいぶん昔に味わっていたようないないような、まさにさっき思い出したことの時に・・・・


俺は疾風のお礼を素直に受け止めることにした。例え他人の行動を見ただけで取り繕った言葉だったとしても、たしかに疾風を助けたいと思ったのは本心だった。本当なら俺がもっと自身で経験したことを言いたかったのだけど、まぁ今くよくよしてても仕方がない。これから作っていけばいい。


幸いにも俺は、こんなにいい友がいるのだから。



「で、参考までにお前の本心はどんな感じなのか聞かせてもらいたいところなんだが?」


ここで話がひと段落しそうだったのに、疾風が余計なことを言い出した。


「え!?別に良くない!!本当どうしようもないよ!!」


「いいんだよ別に。俺はお前の知識とかじゃなくて、お前自身が考えるものが聞きたい」


「・・・・はぁ、本当にしょーもないよ?」


「ああ、それでいいぜ」


「・・・・・じゃいくよ?」


俺はもうなるようになれといい加減な気持ちで、自分の中の疾風たちについて思ったことを口に出した。


「そうだね。まず最初に思ってたのは・・・・お前も香奈も面倒臭すぎなんだよ。なんだよお前ら聖人かよ!なんで二人とも襲われたその男女のグループに復讐しようとか考えないわけ!?俺だったら絶対にやってるね!!それどころか無視したクラスメイトたちも許さないね!! 職員室に忍び込んでそいつらのテストの答案をぐっちゃぐちゃにしてやってみんなの平常点を下げるくらいのことは最低でもする。そして襲った奴らには慰謝料をなんとしても請求してもらう。わざわざ大きな病院で治療してもらうから!というかそもそもだよっ!!クラスで少数をはぶるとか小学生かよ!!中学生がそんなことしてるとか本当子供すぎ!!それに乗っかっちゃうクラスメイトも視野狭すぎ!!スクールカーストってそんなに大事かね!?なんなら俺は中学生の時ずっと影ありませんでしたけど!?誰も友達いませんでしたけど!?それなのにそんなに好きでもない奴らにへこへこして従うとかもっと合理的な思考判断しろよ!!先生とか学校とか巻き込んでむしろそいつらはぶれよ!!」


「ぷ、ははははははっ!!!!!」


「はあ!?何笑ってんだよ!?」


「いやぁお前って筋金入りの常識知らずだなって思ってな。いや、違うか。単に図太すぎるだけかな」


疾風は腹を抱えながら一人で面白がっている。


「お前本当ストレートすぎっwそうはいうけどなぁ、それができたら苦労はしないってことなんだよなぁ。みんなそれができなくてただハブられる恐怖にビクビクしてるしかないんだよなぁ」


「なんでよ?嫌だよそんなクラス。俺がそのクラスにいたら絶対学校行かないで衛星授業にしてたわ!!」


「プックク、衛生授業って・・・・そうかぁ、お前がもしあのクラスにいたらなぁ」


「だからっ!嫌だって言ったじゃん!」


「いや、例えばの話だよ。例えばの」


疾風はまだ笑っている。人の本心打ち明けて笑われるとか最悪の気分なんですけど。訴えていいですか。


「は〜あ、俺はこいつに出会えて本当に・・・・」


疾風は何かをつぶやいた気がした。だけど俺にはわずかに聞こえなかった。


「え?なんて?」


「なんでもねーよ。難聴系」


「いや、難聴って。絶対なんか言ったじゃん」


「そこは聞かないお約束だろ?」


「いつから俺がそういうお約束に従っていると言った」


疾風はもういつもの疾風だった。いつも学校で他愛もないことで笑い合う。そんな疾風の顔に。


だが、途端に疾風は真剣な顔をして俺に向き直った。


「・・・・俺はもう逃げない」


沈黙の中、疾風はそう言った。


「俺は香奈を守るためなら、たとえそれが多数の悪だとしても必ず香奈のそばにいると決めた。何があっても、もう香奈を、大切な人を泣かせるようなことは絶対にさせない。それが俺のたった一つの正義と決めた。この決定は、未来永劫変わることはない」


「・・・・それはとても難しいと思う。誰だって逃げずに生きていくことなんてできないし、それに一人でできることは限られてる。それでも疾風はそれを破らないでいられるの?」


俺は少し意地悪な質問をしているなと自覚しつつも疾風にそう問うた。本当はさっきの通り俺が言える立場じゃないことはわかっている。だけどきっと疾風はこのことを聞いて欲しいのだと思った。疾風がちゃんと弱い自分を踏み越えられるように。



疾風は何の臆することもなく、少しはにかみながらもこう答えた。




「その時は・・・・ひとまずはお前の力を借りたい、かな」


「・・・・いいよ。こんなやつでよかったらね。」






なんだかんだ言って、俺だってあいつらに同じことで叱られちゃったんだよな。


俺は意図せずしてブーメランを投げ続けていたことに今気づき、バツの悪い顔をする。それを疾風は知るよしもなかったことだけが幸いだった。




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あ、そうそう。










「はー、さて。疾風、1発殴らせろ」


「ああ、え?は?何?なんて言った?」


俺はさも当たり前の展開のごとくこう命令した。疾風は当然またも困惑している。


でもこれを達成しなければ俺的に前に進むことはできないのだ。許せ疾風。


「えー聞こえなかったの?だから1発殴らせろって言ってんの」


「いや、なんでだよ!?おかしいだろこの状況で!!なんで唐突にそれなんだよ!?」


「いやだって、香奈に殴るって言っちゃったし」


「もういいじゃねーかよっ!!今いい感じでまとまったんだしさぁ!!」


「ええー、でも殴りたいなぁー」


「お前殴るの大好きかよ!?」


いや別にそういう趣味があるとかじゃないよ?ただお返しはしておかないとって思ってるだけだよ?だよ?


「ほーら、早く顔だして」


「・・・・あーもう分かったよ!!たしかにさっき殴ったのは悪かったからな!!存分に俺を殴れ!!」


「よーしそうこなくっちゃあ、行くぞ!!あの遠くのビルの残骸ぐらいまで吹っ飛ばしてやるからな!!」


俺は右手の拳を思いっきり後ろに引き、足を一歩踏み出す。今から繰り出される一撃はおそらく今日の戦いの中で一番苛烈で凶悪な一撃となるだろう。ふっ、これではミリエルとフレアの攻撃を勝ち合わせないようにしていた努力が水の泡になってしまうな。どうしたものか。


「行くぞ疾風!!喰らええええええ!!!!」


「っ!!!!」


俺はその合図で振りかぶった拳に勢いを乗せ、疾風に向けて素早く突き出した。


「ぐはっ!!」


疾風は頬に食らった衝撃で呻き声をもらしてのけぞってしまう。ああ、これはすごい一撃が入ったにちがいない。彼の身の安全が非常に心配だ。





しかし、ここでお気付きの方もいるだろう。




問い


東条 未治の握力は?







「・・・・ん?グハッとか言ったけど・・・・そんなに痛くない?」


疾風はのけぞったものの足は一ミリぐらいしか後退しなかった。それどころか顔に力を入れるだけで俺の拳が押し返されてしまっている。もちろん顔に傷も付いていない。




大ダメージを食らったのは俺だった。主に心、あと手もジンジンする。




ドサっ!!




「いやドサって!!何でお前が四つん這いになるんだよ!?一体どうした未治!?」


「・・・・くそう」


「え?何が?」





「クソッタレがアァァァァァァァァダァアァァァァァァアアアァァァァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁアァァァアァァァァアァァァァァァァァアッ!!!!!!!!!!!!!」


真夜中のアキバ、この日どこからともなくある悲しき男の悲痛な叫び声が聞こえたとか聞こえなかったとか。

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