第62話浅間 疾風 その3
「で、完全に忘れてたんだが戦いはどうなったんだ?やっぱり未治の勝ちか?」
俺が深い悲しみから復帰した後、不意に疾風からそう聞かれた。あ、そういやまだ勝敗ついてなかったんだっけ?
「いや、どうやらフレアは生きてるみたいでね。ただ今は虫の息で俺の『イマジナリー』がトドメを刺す直前で待機してるよ」
俺がそう言うと疾風は何かを考えているようなそぶりを見せ、数秒してため息をつく。
「・・・・はぁ、なるほど。本当にお前の指揮は凄かった。まるで何をしても歯が立たないほどにな」
「悪いけどあんなのが俺の本気だなんて思わないでほしいかな。今回は醜態さらしまくりのガバガバすぎだったんだから。最後だって本当はもうどうしようもなかったところを仲間に助けられたわけだし。次はもっと上手くできるように努力するよ」
そうだ。今回こそはフルに本気を見せられると思っていたのだが、反対に最悪な戦いをしてしまったと深く反省しているのである。こんなんで褒められても嬉しくない。
「そうなのか。お前、一体何者なんだよ?今までここまで契約者が無双してるやつなんて一人も出会ったことなかったぞ?それこそすぐに3桁、いやうまくいけば一桁のトップランカーにもなれるかもしれない」
「・・・・まぁ、一応1位を狙ってはいるけどね」
「一位か、お前はあいつに勝負しようとしてるわけか」
「あいつ?」
「いや、今はとりあえずいいことだ。それよりもこの勝負のことだが・・・・」
疾風はすぐに二の句を告げなかった。まぁわかる。この状況はすでに俺のチェックだ。と言うことは疾風はここで続けるか負けを認めるかしかないのである。
「・・・・フレア、悪いな」
疾風は小さくそう呟く。このゲームは契約者と異世界生物、二つの事情が絡む。だからここで勝負を投げ出すことにためらうのは当たり前だ。
だが疾風は決めた。疾風は今後もこの世界にいる選択肢を選んだようだ。
「この勝負、俺たちの負けだ。悪いが降伏させてくれ」
「そう。ま、元からそのつもりだったし・・・・でもいいの?意地悪なこと言うけど、ポイントは半分俺のものになっちゃうよ?」
「お前・・・・本当に意地悪なことを言うな。破産するよりはだいぶマシだよ。それにお前も香奈を助けることに協力してくれるんだろう?ならいいじゃないか」
「・・・・それってつまり、俺のポイントを使うってことかな?」
「こう言う時はしたたかに頭を働かせるものだろ?」
「いや、したたかってなんだよ?なんか意味違う気がする・・・・」
疾風はニヤリとした表情で俺をからかう。なんかこの人吹っ切れすぎではないですかねぇ。
これが疾風の本当の顔なのか?なんか香奈に悪いことしてしまった気持ちになるんですけど。
「とにかく俺の負け。この勝負は未治の勝ちってことでさっさとお前と協力して香奈を助けに行くぞ」
「いや軽っ!?お前なんか性格変わったんじゃないかってくらい軽くねっ!?・・・・あ、でも早くは多分無理じゃね?」
「え?まさかこんな夜更けに予定でもあるのか?」
「いや、俺の方じゃなくて」
「?????」
『契約者のバトルアウト音声認証確認。ゲームの勝敗決定を実行します』
『完了しました。対戦終了。勝者、ランキング順位24265位 東条 未治様。勝者には敗者の保有するポイントの半分が譲渡されます』
『この大戦の結果に準拠し、各イマジナリーの領土と契約者のランキングが変動しました』
『対戦中のイマジナリーの自己回復制限を解除します』
『完了しました。全ての工程を終了します』
「ハヤちゃん」
「なっ!?香奈!?どうしてここに!?」
大戦の終了とともに俺たちは元のアキバに戻った。
そこには制服姿の南乃花 香奈が、上に部活用のジャージを羽織ってどっしりと立っていた。
「未治くんが事前にメールで教えてくれたの。今日の夜遅くにここにハヤちゃんが来るって。まさか瞬間移動で来るなんて思わなかったけど、ってそう!!今の何!?私もやりたい!!」
「あ、えーっとこれは・・・・おい、未治!?これはどう言うことだ!?っておおおいもういねーし!!!」
☆☆☆☆☆
俺は元の世界に戻ると、近くに転移したミリエルとアイヒスがいるところに駆け寄った。なんか疾風があたふたしているが無視する。
「あれ?フレアは?」
「こちらに戻った後すぐに姿を消したわ。次こそは勝つ!って捨て台詞吐きながらね」
「そうか・・・・おつかれ二人とも。今回は二人がカバーしてくれたおかげで勝てたよ。ありがとう、そしてごめん」
「だから謝るのはやめるです!!いいのです。誰だって失敗はあるです。失敗は成功のもとです」
「あ・・・・なんか・・・・アイヒスが珍しく優しい」
「ぐぬぬぬぬ!!私がせっかく頑張って慰めてあげてるのに師匠はこれです!!素直にうけとるです!!」
「はいはい。ありがとうありがとう・・・・ミリエルもね」
「いいわよ。私たちだって未治におんぶに抱っこってわけじゃないの・・・・これからも未治が困った時は私も力になりたいから」
「うん。どうにも俺は人に頼ることがなかなか意識しないとできなくてね。これからはちゃんと頼るよ。でもってちゃんとこのゲームに即した戦略を立てられるように精進する・・・・今度こそ完璧に勝つためにね」
「そう!それでこそ未治よ!!頼りにしてるから!!」
「うんうん。そうしておいて・・・・」
☆☆☆☆☆
「くそっ、あいつはあいつで・・・・」
「はーやちゃん。何見てるのかな〜?」
「え!?いや!?別に何も!?」
「まさかあそこで未治くんが話している謎の美少女達のこと見てたのかな〜?」
「っ!違う!違うから!!未治!!未治見てただけだから!!」
疾風は背筋が底冷えしているのを自覚した。もしかしなくとも人生で一番怖いと思った瞬間かもしれないと感じたほどに。
「お、お前はこんな夜遅くに何しに来たんだよ?」
疾風はすぐさま話題を変えた。このままいけば絶対にやばいことになると悟ったからである。
「何を、だって?そんなの決まっているさ・・・・」
香奈はふっ、と笑いながらクールな感じを演出している。なんだか香奈のテンションがおかしい。いつものことだ。
そして香奈は勢いよくハヤテに詰め寄った。
「もちろん!ハヤちゃんの奇行を止めるためだよ!!毎月毎月私の家に大金払って!!絶対にハヤちゃんでしょ!?どっからそんなお金出してんの!?・・・・まさかハヤちゃん、また危険なことしてるんでしょ!?なんかヤバ目な商売とかしてるんじゃないでしょうね!?そうだとしたらもうオコだよ!!」
「・・・・あの、なんか色々突っ込みたいんですけど」
香奈があまりにも勢いが良すぎて、疾風はただ圧倒されるしかなかった。
「・・・・ええっと、あの、香奈。その、俺」
そして香奈に話すべき言葉がすぐにでてこなかった。あまりにも突然の登場で疾風の思考はまるでバラバラになっているのだ。
「ん!?何!?」
「いや、えっと・・・・今まで俺は、お前のことを守ってやることができていなかったことを謝りたくて。でもその、俺自身の弱さがそれの主な原因で。あとあの時お前の側から逃げてしまって、その」
「覚えてる?ハヤちゃん」
しどろもどろに話す疾風に対して、香奈は透き通るようなまっすぐな声でそう話し始める。
「私たちが小さい頃さ、ショッピングモールの屋上でヒーローショウ見たことあったでしょ?あの時ハヤちゃんは私に約束してくれたよね」
「・・・・覚えていたのか」
「うん。忘れるわけないよ」
ーーかな、もしこわいことがあってもぼくがかなをまもるから!ぜったいにかなをたすけてみせるから!!
「私はあの時とても嬉しかったよ。ハヤちゃんがいれば何も怖くなかった。だっていつだってハヤちゃんは私のヒーローだったから」
「・・・・違う、俺はお前のためなんかじゃなくて」
「私の家族のことがバレて、私が遠巻きにされて一人で席に座っていた時、ハヤちゃんはいち早く私の元へ来てくれた。他のクラスメイトのように私を一人ぼっちにはしなかった・・・・その時私がどんなに嬉しかったか!!どんなに勇気が湧いてきたか!!ハヤちゃんは私にとって間違いなくヒーローだったんだよ!!」
「・・・・香奈」
疾風は真っ直ぐに自分を見つめる香奈を見た。その顔は凛々しく、何も混ざっていない澄んだ瞳を輝かせる。
「たしかにハヤちゃんは何かに怯えてたと思う。自分のことが一番だと思うのは当たり前だから。だけど今までハヤちゃんがしてきたことは全部が全部自分のためだった?私はそうは思わないよ。だってハヤちゃんに助けてもらった人はみんな笑顔でありがとうってするもん。ハヤちゃんはちゃんと誰かのためになることをしている。それだけは嘘じゃない」
「・・・・嘘、じゃない」
「そうだよ。ハヤちゃんはきっとその人たちに笑って欲しくて助けたんだと私は思ってる。例え自分を守るためだとしても、少しでもその気持ちがハヤちゃんにあったと思う・・・・だから未治くんはハヤちゃんのことを怒ってくれたんだよ。未治くんは悩んでるハヤちゃんのことを助けたくて必死になってた。それはもうハヤちゃんわかってるんでしょ?」
「ああ・・・・あいつは自分では協調性がないとか言ってるけれどな。未治はきっと大切な人を誰よりも大切にできるやつだと思った」
「そうなんだ〜!それはとても素敵だね!」
「うん。いいやつだよ」
二人は未治が聞こえない声で笑い合う。二人とも彼という存在に出会えてよかったという気持ちは同じだった。
「ふっふ〜。ハヤちゃんは未治くんのことが好きすぎなのではないかな〜?」
「その質問にどういう意味が込められてるのか知らないけどノーコメントだ」
「ええ〜。てっきり未治くんに惚れてるんじゃないかと思ってたんだけどな〜」
「んなわけあるかっ!!俺はちゃんと、朝日 小夜里ちゃんが可愛いと思う健全な男子だ!!」
「またそれ言うし・・・・そこは私って言うのが常識じゃない?」
「それは知らない常識だ」
「ぶー」
香奈は頬を膨らませて疾風に抗議の意思を見せる。それに疾風は無言で笑みを浮かべた。
そろそろ、時計の長針と短針が同時に頂点に達する。
「・・・・悪い、香奈」
疾風は申し訳ない気持ちで香奈にそう言った。香奈を守ると言いながら常にそばにいてやれなかった自分を思い返しながら、またしても離れてしまう後ろめたさが疾風を踏みとどまらせようとする。
だが、これは決めたことなのだ。
「やっぱり、行くの?私はこのままずっとハヤちゃんと喋っていても全然いいんだよ?ずっと、こんな何の意味のないことでハヤちゃんと話しているのが私はとても幸せなんだよ?」
「それでも行くよ。香奈にはこれからも笑っていて欲しいから」
「別にハヤちゃんは私を助ける必要なんかないんだよ?私はただの幼馴染なだけ。そんな人のためにハヤちゃんが命がけで何かしようとする必要なんてないよ」
「何言ってんだよ。俺は決めたんだ。もう自分の逃げ道を作るためじゃなくて、香奈を守りたい、ただそう思ったから行くんだってな。お前はたった一人の大切な幼馴染なんだから」
「そんなこと言っても・・・・私は・・・・私は騙されないっ、から。私はずっと、ハヤちゃんがっ、私のせいで傷ついたことも知ってるっ!!私はそれがもう耐えられない!!だから本当は・・・・本当はハヤちゃんに行って欲しくないっ!!」
香奈は涙が堪えきれなかった。ずっと勤めて泣かないように明るく振舞ってきた分、その溢れる涙を、気持ちを、止めることは不可能だった。
「私はハヤちゃんに傷ついて欲しくない!!ハヤちゃんにいなくなって欲しくない!!ハヤちゃんがいなくなったら私はもう立ち直れないよ!!・・・・だから、ずっと側にいてよ!!!離れないでよ!!私を置いて勝手にどこかに行っちゃわないでよっ!!!!」
香奈は疾風に叫ぶ。今まで隠してきた心の内を全て解放した。自分のせいでクラスのみんなと敵対することになってしまったことも、囲まれて襲われたことも、自分の家族のことも、それら全てのせいで今まで言えなかったことも、香奈は今ここで全部吐き出した。
香奈は疾風を困らせたくなかった。本当はこんなタイミングで言うべきではないことも知っている。だけどこれは取り繕いきれない本心。香奈の人生で一番のわがままだった。疾風は今まで香奈がこんな駄々をこねた姿を見たことがなかった。故に疾風は一瞬だけ香奈の言葉に揺らぎそうになる。
だがしかし、疾風はこれ以上揺らぐことはなかった。
疾風は香奈の頭に手を置き、髪を優しく撫でる。香奈は一瞬のうちだけ少しくすぐったいと言うようなそぶりを見せたが、すぐにおとなしく撫でられていた。
「大丈夫だ香奈」
「・・・・・大丈夫って何が?」
「俺は必ず戻ってくる。俺は一人で行くわけじゃない。未治だっているんだ。だから必ず全部解決させて明日の学校に行くから」
「・・・・本当に?本当にハヤちゃんは、学校に来る?」
「ああ、もちろんだ。もし来なかったら身の危険じゃなく夜更かしで寝坊してる可能性でも疑っておけ」
「・・・・そしたら私が家まで迎に行く」
「そうか。じゃあ今日は夜遅くに帰っていても大丈夫かな」
疾風はそう言ってもう十分だろうと香奈の頭から手を離そうとした。だが香奈はそれをガシッと掴んで自分の頭に固定した。
「いや、これじゃあいけないんだが。今納得しかけただろうお前」
「いや、もうちょっとだけなでなでして」
「まったく・・・・今日のお前は甘えん坊すぎるぞ」
「むふふー。久々だからいつもよりチャージが必要なのだ!」
「はいはい。そうですか・・・・」
「あのーそろそろいいっすかね?ヒーロー物カップルのテンプレイチャイチャは全部が終わってからにしてくれませんか?」
疾風と香奈の後ろには、いつのまにか二人のイマジナリーを連れた未治がジト目で二人を見つめていた。
「ひゃい!?み、未治君!!そんなっ、か、カップルだなんて・・・・」
香奈は未治の言葉に頬を赤くしてくねくね踊り始める。
しかしこの男は香奈とはまるで対称的に、顔色一つ変えずにこう言った。
「別にそう言うわけじゃねーよ。昔から香奈をあやすときはこうやって頭を撫でていただけだ。カップルとかは関係ない」
「「・・・・この鈍感」」
「なぜ未治にまで言われなきゃいけないんだ・・・・」
疾風は理不尽だとでも言いたげな目で主に未治に対して呟いた。未治は特に気にせずに香奈の方へ向き直る。
「じゃ、疾風そろそろ借りるわ。今日の午前中までには返却するからよろしく」
「はーい。わかったー」
そう言って躊躇いもなく香奈は疾風の手を離した。
「はぁ!?お前散々駄々こねたくせになんで未治に言われたら素直に応じるんだよ!?」
「だって未治君はハヤちゃんと違って危険なことしないし、まぁ未治君なら大丈夫かなって思って」
「それ俺さっき言ったやつ!!未治もいるから大丈夫って俺言ったやつ!!流石に信頼度の差が激しすぎないか!?」
疾風は唐突に手のひらを返した香奈に詰め寄る。疾風的には納得がいかなかった。
「冗談冗談。ちゃんと聞いてたから。それに未治君をハヤちゃんは信じているでしょ?。なら、私も未治君を信じてハヤちゃんを託します」
「おおう、なんか一気に責任の重さがずっしりしたけどバッチリ任せておくれよ」
「・・・・はぁ、俺はお前らの子供かよ」
疾風は一人ため息をつく。この場に味方がいない以上、これ以上言っても何にもならないのでもう何も言わなかった。悲しき男である。
時間が来た。
「じゃ、行こっか」
未治は疾風にそう告げた。
「ああ」
疾風は間髪入れずにそう答える。
「・・・・いってらっしゃい」
そして、香奈はそんな二人を見送る。自分のために、これから危険な目にあう二人が無事に帰ってくるように祈る。香奈ができることはただそれだけしかない。
だが誰よりも香奈は信じている。二人のヒーローがきっと全てを終わらせてくれると言うことを。
「行ってきます」
その言葉を最後に、疾風は振り返らなかった。
☆☆☆☆☆
「で、どうやってやるつもりだ?」
「うん。まぁ、基本やることは疾風の構想と変わらない。ただ手段が違うだけだ」
「手段?どう言うことだ?」
「疾風はさっきフレアを使ってとバカなことを言っていたけど、それはある意味間違いではない。俺たちの最大の武器は異世界大戦そのものにあるんだよ。そしてフレアはでっかいから目立つけど・・・・うちのミリエルとアイヒスはその限りではない」
「っ!そうか!!お前のイマジナリーたちを使えば全員無力化できると言うことか!!」
「いやいや、そんなことしたら後で怪しまれるかもしれないだろ?ここは穏便に、かつ慎重に。目立つことなく組織を自ら壊滅させてやればいい」
「目立つことなくって・・・・どうするつもりだよ?」
「まぁまぁ任せて置きなさいって。あいにく様、こっちで敵を出し抜くことにはすこぶる長けてるものでね・・・・ここで汚名返上させてもらうとするよ」
「お、おおう。た、頼んだぞ」
「バッチ任せとけ!!もうすでに二人には先回りしてお前がいっていた場所に送り込んである。あとはこれをつけて」
「え?これを?まぁわかった」
「よし、これで全ての下準備が完了だよ・・・・悪いけど、ここからは一切合切、徹頭徹尾完璧なハッピーエンドのみとさせてもらうから。合言葉は・・・・」
やるからには、全てを完璧に、だ。
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