第56話魔法使いBravery その25

「何をそんなヘタレな声あげてるです?師匠はいつもシャキッとしとかないとダメなんです」



落ちるビルの残骸と、二つの巨大な光。まさにこの場は。そう呼ぶにふさわしいでしょう。



"天使"と"龍"。


1位と4位。



本当ならこんなはちゃめちゃな戦いになんて参加したくありませんでした。



『・・・・アイ・・・・ヒス』



でも彼は私に示してくれました。例え"龍"が相手だろうと自分を勝利に導いてくれると。ただ目の前の恐怖から逃げることしか考えていなかった私なのに。


彼は私に、希望と勇気を分けてくれたのです。


「まったくです・・・・私に向かって絶対に勝つだのなんだのと言っていたのはどこの誰です?」


『・・・・ごめん、俺、最後の最後でヘマして・・・・・アイヒスとミリエルも・・・・』


「本当です!!師匠のせいで散々な目にあったです!!これはいずれかの形でお返しを要求するです!!」


『・・・・ごめん』


「あーもうっ!!さっきからごめんごめんばっかりです!!師匠面倒臭過ぎです!!ってあーもうそうじゃなくてっ!!」



彼の明らかに落ち込んでますという声音に私は体がむずむずするような、どうにもできない歯がゆさを感じます。本当はもっと伝えなくてはならないことがあるはずなのに、それをどのような言葉で彼に言ってあげたら良いかがわかりません。


私は大通りにぽっかりと空いた穴に向かって走りながら真剣に考えます。ここで変な事を言ってしまったら師匠はさらに落ち込んでしまうかもしれません。だから慎重に言葉を選びます。


「師匠は・・・師匠は、私たちがもう諦めていると思ってるですか?」


うん、まずはこれを言わなくては。


『・・・・・』


「ミリエル様はきっとまだ師匠のことを信じているです。師匠のことを信じて・・・・きっと持てる限りの力であの技を振るうはずです。それなのに師匠はそこでうずくまってていいんです?私たちを勝利へと導いてくれるのではないのです?」


『・・・・策がない。この状況を打開できる手札が。俺が無駄にスパートをかけたのが仇になった。だから、もう・・・・』


むー。ちょっとイラっとしてきました。ここまでくると言いたいこともたくさんあるわけなのです。


「なーんにもわかってないです師匠。私たちのことをなんにも。そんなもんじゃまだまだ契約者としては見習いさんです。いいですか?私が魔法人マギア領の書庫を全て読んだ中で得た『ネプタ』の知識の一つ、この世界で言うところの『ことわざ』という不思議な魔法式についてこの状況にぴったりな言葉があるです。それを師匠に教えてやるです」


私達"魔法人"は知識の種族。『イマジナル』内にある殆どの書物を原本、写本問わず保有しています。それを全て読み尽くしたこの天才、の私が一番好きな本というのが、書庫に数冊しかなかった『ネプタ』の記録が書かれた本でした。この本には『ネプタ』での常識、マナーの基本から、向こうの文明とその過程で生まれたものなどが紹介されていました。


その中でも『ことわざ』と言う欄はきわめて興味深く、私は呪文を詠唱するかのごとく復唱できるレベルで読み込んでいました。その中でもお気に入りの言葉を頭から引っ張り出して彼に教えてあげようと考えたのです。


こんなことを思いつく私はとても頭がいいのです。なにせ天才、ですから。


私は彼には見えませんが自信たっぷりな笑顔で、大きく息を吸ってこう唱えます。





スゥーーーーーーーーーー、











「さんにんよればもんじゅのちえ!!!!」


『・・・・・・・』




ふ、言ってやりました!あ、そうだ。





「ちなみに意味は、一人でできないことがあっても、二人や三人で力を合わせばできることもあると言う感じです」


ふぅ〜。ちゃんと意味まで解説するところも私の天才ポイント上がりまくりです。



『・・・・・・・』



ん、なんか反応薄い・・・・



「さ、わかったです?私の言いたいことがわかったのなら早く返事をするです!!そして早く私に言うべきことを言うです!!さぁさぁ!!」


『・・・・・・・・・』


「ちょっと!?・・・・・なんでだんまりなんです!?何か言ってくださいです!!」


『・・・・・・ふ』


「ふ?」











『ふふふっ、くっくくくく、くふふふ、ふふふっ待って、腹痛、くっく、お腹、苦し〜、ふふふっく、やばい、笑い死ぬ、ハハハハハッ!!!!』


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!?なんでです!?いつどこで誰の何に笑ってるです!?今そんな面白かったことありましたです!?」


『いやなんというかw・・ふふっw・・アイヒスが突然w・・・・・くっ、変なこと言い出すからw・・・・なんか発音変だしw』


「ムッカーーーーーーーーー!!!!!」


これには私のとても頑丈な堪忍袋の尾もブチギレます。せっかく彼にとびっきりの言葉を送ってあげたのにも関わらず、当の彼は私の言葉がとても面白かったようです。今も念話越しに彼の笑い声が聞こえてきます。これはムカつかない方がおかしいですよね。


「本当最低です!!悪魔です!!人でなしです!!変態です!!なんで私がこんな笑われないといけないですか!?理不尽過ぎです!!訴えるです!!」


『ハヒッ、ご、ごめんてw。いや本当ごめん、プクク、』


「笑うのやめろですーーーーーーー!!!!」


なんなんですか!!人がここまで苦労して励ましも込めた素晴らしい言葉をひねり出したというのに!!!!




カッコー、です。





『はぁー、いやー笑った笑った。笑ったらなんか色々スッキリしたよ。頭の中も一旦空っぽになった』


「・・・・むー」


数秒で彼は元の明るい声に戻ったようです。それは良いことなのですが・・・・いかんせんその理由が解せません。今度は私の機嫌が悪くなりそうです。


『・・・・ありがと』


「ほあ?」


といろいろ彼の愚痴を考えていたら突然感謝されてしまいました。どうしてでしょう?


「何か私感謝されるようなことしたです?・・・・ああ、『ことわざ』のことです?それなら存分に感謝して貢物も所望するです」


『いやー、まぁ、間違ってはないかなぁ〜』


なんだか歯切れの悪い答えですがそれは後にしましょう。


『でも感謝は感謝だよアイヒス。君のおかげで・・・・俺は戦略とかよりももっと大事なことを思い出した。そうだよ、何してんだ俺は、俺は一人で戦ってるわけじゃないんだ』





『俺は、いや、は三人で戦っていたんだ』




「師匠は、いろいろ一人で考えすぎなんです。確かに師匠はすごいです。師匠は私やミリエル様よりも広い世界を見ることができるです・・・・だけど師匠に見えて私たちに見えないものがあるように、師匠に見えなくても私たちなら見えるものもあるです」



だから、もっと頼ってくれてもいいんです。



『・・・・本当、俺ってどうしようもないやつだなぁ・・・・お前たちのことまだ知らないことが多すぎるよ』


「当たり前です。むしろ全部知られてたらそれこそ変態です」


『そうかな?でも自分の駒のことは自分で把握しとかないとって思うじゃん?指揮官である俺が、お前たちのことを全て考慮した策を考えればいいわけじゃない?』


「それとこれとは別です。いいんですよ全部師匠がやらなくても。私たちはちゃんと・・・・助け合ってこの戦いに勝つんですから」


『・・・・そっか。そうだね。じゃあそうしようか』


「はいです!!なので師匠は言うべきことを言うです」


『・・・・・うん。わかった。アイヒス。ミリエル』







君たちの力を貸して。








「ふふ、お安い御用です!!!!」


おっと、少しにやけてしまいました。いけないいけない。


今の念話、だんまりですがきっとミリエル様にも聞こえているはずです。これでミリエル様も安心して打てると言うものです。


なにせこの天才、の私が師匠の危機にひと肌もふた肌も脱ぐのですから!!!!あ、本当に脱いだりしませんよ!!!!変態!!!!



私は遂にでっかい穴の前まで戻ってきました。そこでは相手の"龍"が決起迫る勢いで口から炎を溢れさせています。その熱は周囲に撒き散らされいて、近づくにつれてとても近づけないほどに熱いです。それでもこれからやる秘策のためにはできるだけ近づかなければなりません。だから我慢します。


"龍"はまだ私が近くに戻ってきたことに気づいていません。一応敵から隠れる魔法『詠唱:隠密スネアク』も発動しておきます。こうすればより気がつかれなくて済むはずです。


そろりそろりと、でもなるべく素早く移動してかなり近くにまで接近できました。とても怖いです。師匠にはあんな堂々と言い切ったにもかかわらず、まだ私は"龍"が怖くて怖くて仕方がありません。今からでも全力で逃げ出せば助かるのではないでしょうか?その方がよっぽど・・・・いやいや、私は決めたのです。もう逃げたりなんかしないと。この"龍"に迷惑をかけられた分のお返しをしてやらねばならないのです。



私は今心の中でせめぎあっている怖い気持ちを追い出すためにさっきの光景を思い出します。



あれはまさに奇跡でした。私よりもとっっっっっっっっても大きい建物がなんと空に舞ったのです!!私は今まであんなに大きいものが地を離れ、空を飛ぶ光景を見たことがありませんでした。確かこの世界では「ひこうき」という、人を乗せて空を飛ぶ摩訶不思議な箱があると聞きましたが、その大きさはあの建物よりも小さかったような気がします。とにかくそんな光景を見た私は本気で師匠のことを尊敬しました。


師匠はとにかくすごかったのです。最初は変態で変人な契約者だなと思ってましたけど・・・・今でもそう思いますけど、師匠の家であのノートを見たとき、私は今までの兵法書や戦法書などというものがどれほど稚拙でつまらないものだったかを深く思い知りました。ページをめくるたびに、毎回土台から崩されるような新たなとてつもない驚きと興奮に包まれる、そんな本など読んだことありません。


それにそれを書いたのが師匠と言うのだから・・・・私はもうどうしたらいいのかわからなくなっていました。あの場で契約した時も、もう"龍"の怖さは半減していたんだと思います。そうじゃなきゃこんなところにいません。


そして戦いが始った後もずっと驚かされっぱなしでした。指示通りに動けば相手の攻撃は全然当たらないし、こちらの攻撃は必ず命中したのです。もはや魔法の域でした。一瞬師匠も同族なんじゃないかと疑いましたよ。いや、ちゃんと人間なんですけれど。とにかくゲリラ戦法でしたか?あんなことができるのは師匠だけだと思います。でないと人間全員おかしいです。一位だとしてもそれはズルです。反則です。


それにきわめつけは最後のでっかい建物、あれを建物で倒していくってどういう頭してたらそんなこと思いつくのでしょうか?私にはさっぱりわかりません。師匠はこのでっかい穴を目標に定めて、さらに相手の一撃を受け止めるタイミングを見計らってでっかい建物を倒したのです。ちょっとどうやってやるのか理解できそうにないです。今度聞いてみますけど。


とにかく


「師匠はもうお腹いっぱいってぐらいすごい人間だと私は知ってるです」


ミリエル様もきっとそれを知っているからこそ、師匠に対して何の疑いもなく信用しているのだと思います。その気持ち、今ならわかるのです。彼がいればなんでもできる気がします。彼のためなら私も頑張れる気がするのです。


彼のいつもの絶対的な自信が、私たちにとって勇気になるのです。



「さて、ここで死なれては困るです。師匠には後でたっぷりと天罰を味わってもらうですからね」


私は今の自分の中で一番強い魔法を詠唱します。これは私の『イマジナリー』での集大成。そしてこれからの出発点となる一撃。ダメージは与えられないにしろ、さっきみたいに


なぜなら、



「『詠唱:火炎鳥フィーレ・ビルド』!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




私は誇り高き"魔法人"。天才、のアイヒスなのですから!!!!

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