第55話魔法使いBravery その24


「うわっはー・・・・すっごい飛んだな」


狙いはドンピシャ。戦闘開始からすぐの頃に仕掛けた布石が見事に終盤の大詰めってところで大活躍したことに、俺はその壮大な光景を見上げながら大いに満足していた。


「うわっ、危なっ、退避退避〜」


俺は雨のように落ちてくる瓦礫を避けつつも、ビルが落ちる地点から全力で離れた。もうすでにそれなりの距離を取って遠目から今の光景を見ていたのであるがまだ足りなかったようだ。向こうの攻撃の勢いが強過ぎたせいで巨大なビルにもかかわらず空へ押し出されるように浮き上がってしまったせいだろう。本当シャレにならない。


「・・・・ふう、でもなんとかこれで終わりそうだ」



サプライズ


俺はこの作戦を、こう表した。その目的は、巨大な相手に対してこちらの物量を補うため、それから、相手が度肝を抜くだろうというちょっとしたいたずら心をブレンドしたためだ。おそらく疾風はこの光景を今呆然と眺めているのだろう。その顔が容易に想像できる。


こういう相手が唖然とするような策を考える時がゲームをやってて一番楽しいひと時なのだ。


「ふふふ・・・・・流石に一人で笑うのはキモいな・・・・」


一人笑い出す自分の気持ち悪さに若干の嫌気がさしつつも、俺は脳内で今回の戦いを数秒で振り返った。正直言うとかなりずさんな展開だと言えるだろう。


まず情報の少なさ、

今回はあまりにも初期情報が少な過ぎて、初動を情報収集に徹しなければならなかったことが今回のゲリラ戦法なんかを使う羽目になった真相である。最初から疾風たちのデータを持っていたなら、もっと効率的で、もっと面白い策を立てることができたであろう。その点に関しては、今後の改善点と言える。


次に俺自身、

なんであそこで疾風を煽ってしまったのか。まぁこれはしょうがないと言えばそれで終わりなのだが、それにしてもあそこで早々に疾風が切り札を切ってしまったことは手痛い要素だった。危うくミリエルとアイヒスが危ない目にあってしまったのだ。


俺の中でこの世界はゲームだ。だけどそれとこれは別、今後も二人を不安にさせないために、指揮官として気を引き締めていかなければならない。


ここで一旦反省終わり、今はとにかくこの光景についてだろう。


「そうだなぁ〜名前は・・・・」


名付けて、「巨大ビルタゴラスイッチ大作戦」


手順は簡単、まずはアキバの街で一番でっかいビルを探す、その際、フレアと距離を置きつつ、ちゃんとあの大通りにバタンと倒れることができるビルでないといけない。そうでもしないと特撮の怪獣よろしく、作戦の前に破壊とかされてしまうからだ。今回は運良く破壊は免れたが、正直いうとここは少し運要素もあったと認めざるを得ない。まぁ終わりよければ何ちゃらって奴だ。


次に、そのビルに自慢の『ショックボム』を三個、爆発による衝撃でちょうど大通りに倒れるように三面に設置した。これで後設置できる『ショックボム』は二つ、一つは牽制のためにとっておき、もう一つはこの作戦のために後々使う。


しかし御察しの通り、『ショックボム』はそこまで威力のある代物ではない。だからたかが三個設置したって巨大なビルは倒れない。よってほかの手順を考える必要があった。


そこで考えたのがドミノ倒しである。


幸いこの街はビルが密集したエリアであり、絶好のビルドミノシティ(仮)である。ならばやることは一つであろう。


まず小さなビルに『ショックボム』を設置、それを起爆させて倒す、すると隣のビルもそれにつられて倒れていき、最終的には最初の巨大ビルがその重さと『ショックボム』の起爆の衝撃で上手く大通りに倒れる。これで完璧だ。


だが問題は山積みなのだ。まず小さなビルが残り『ショックボム』二個、正確に言えば一個は保持しておきたいので一個、たったそれだけで倒れるのだろうか・・・・それは問題ないだろう。この世界のビルは頑丈に作られた元の世界とは違って脆く、廃墟のように崩れかかっているのだ。だから小さいビル程度なら多少の衝撃が加われば簡単に倒れてしまう。なのでオーケー。


次にどうやって巨大なビルまで辿り着けるか。これは俺がビルの屋上でゲリラの指揮をとりながらルートを割り出している。今までの戦闘データからビルの崩壊を誘発する作戦を洗い出し、そこからビルが倒れるパターンを読み切る。


俺が読み取れるのは人だけではない、物や人以外の動物だって、ゲームの中だけど数多作戦に使ってきた。その記憶は全て、この俺の頭に入っている。


だから知っているのだ、どうすれば巨大なビルを大通りに倒れるように、どのようにビルをドミノ倒しで倒すのか。これもパズルゲームの一種だ。なんの知識もない人がやれば難易度鬼レベルのパズル。しかしもうすでに知っている俺ならば答えを見ながらやるようなものなのだ。故にこの問題もオーケー。


後は何の用途でこのビルを使うか、攻撃か、防御か、それこそ大きな命題だった。なんども言うが巨大なビルに設置した時点で俺は勝ち筋を見つけてはいなかった。ただ後々大きな手札が必要になるだろうという推測だけで立てた策である。だからこの手札を結びつけるための策を考える必要があった。


具体的に用途としてあげられる策は主に二つ。

相手を押しつぶすか、

相手の渾身の一撃の盾にするか、

である。

だがどちらにせよ、俺はずっと大事な命題に頭を悩ませていたのである。


それは、どうやってフレア自身に、またはその攻撃に当てるか、である。つまり俺が遠いビルの屋上からフレアに当てるための明確な的が、基準が見えなかったのである。


フレアは絶えず二人と相対しながら場所を移動している。このままでは上手くビルを倒すことができず、外してしまう可能性が大きい。この作戦を成功させるためには、フレアを明確な目標地点にとどめておく必要があった。


しかしその明確な目標と言うものが大通りにあるかと思えば、最初にあの世界に降り立った時点では俺の記憶には存在していなかった。結局はそれが埋まらない最後のピースとなって、戦況を長引かせる原因となってしまった。


しかし、俺はミリエルの言葉によって無事に全てのピースを揃えることができたのである。


クレーター、それが最後のピースだった。


これは最初フレアの攻撃によってできた大きな穴だった。俺はそれを完全に見落としていたのだ。そして巨大なそれは遠くからも見える的としては最適解に近かった。


俺はミリエルたちがいる大通りへと足を運ぶ前に、とある小さなビルへと立ち寄った。そこに『ショックボム』を一個設置する。


狙いはそのクレーター。ミリエルにもう少しその正確な位置を教えてもらい、きっちりその位置に倒れるようなシナリオを引っ張り出した。もうこの時点で巨大なビルを倒す用途は相手の攻撃を受け止めるための盾と決めた。


大通りに着く頃には、両者がクレーターを挟んだ向かい側で対峙していた。これも俺の想定通りである。事前にミリエルに、この図でなるべく待機しているように指示していたのである。


そして戦う舞台もこのクレーター内で激突するようにも言った。少しの間であるが、ミリエルにはフレアと一対一で相手をしてもらわなければならなかった。これは巨大なビルが良いタイミングで倒れるための調が必要だったからである。おおよそ最初のビルが倒れ始めてから巨大なビルに届くまでの時間は把握しているが、それまでに相手にいかに切り札をその良いタイミングで切らせるかが勝負の鍵を握っていた。


しかしてミリエルはアイヒスと俺の支援も相まって最高のチャンスを作り上げてくれた。相手は手札を切らし、残りは切り札一枚のみ。それが切れれば、こちらの勝ち。


俺はこの瞬間盤面を待っていた。


俺はエネルギーを貯め始めたフレアを見ながらも小さなビルに仕掛けた『ショックボム』を起爆させた。フレアのチャージ時間はすでに知っている。その時間に合うように計算したのだ。だから必ず成功する。


小さなビルは徐々に斜めに傾いていき、すぐ隣のビルに寄りかかるように倒れた。寄りかかられたビルもその重さに絶えきれずに同じ方向へ傾いていく。それがなんどもなんども連鎖的に倒れていき、遂には巨大なビルの方にまでドミノはたどり着いた。


ドミノの重さと衝撃が巨大なビルにぶつかる時間を正確に測っていた俺はそのタイミングで残りの三個の『ショックボム』を起爆させた。ドミノの重さだけでは傾かなかった巨大なビルは、さらに加わった衝撃により遂にその巨体を大通りの方角へ傾けていった。


そしてそのまま巨大なビルは横倒しに大きな音を立てながらクレーターの方へと倒れていった。それと同時にフレアの『フレア・ドガ・ノヴァ』が炸裂。二つの衝撃は、見事に読み通り激突したのである。


フレアの一撃を受けた巨大なビルは横からの壮絶なベクトルに抗うことなく、そのまま空へと浮上していった。あたりには瓦礫と砂埃を撒き散らしながらしばらく空に浮かんでいたのだが、重力の力によって勢いよく巨大な質量が地面に落ちてきた。大通り一帯は瓦礫の山となり、土煙が視界を完全に悪くしてしまう。この土煙が晴れれば今の惨状を良く把握できるのだが、そんなことをせずともかなり酷い有様になっているだろうことは容易に想像できよう。さながら怪獣が通った後、といったところだろうか。


「ま、その怪獣が今喰らったんだけどね」


とにかくこれで相手の手札を全て切らせることに成功した。ともあればこちらのやることは一つ。


ためにためた手札を全ぶっぱ。ただそれだけである。


「これでチェック・・・・おまたせミリエル。君の出番だよ」


俺は遠くで立ち尽くす疾風に向かって王手を宣言した。もう向こうにこちらの十八番を無効化するすべは持たない。




そして空にいる天使にも。


『・・・・誓約リミッター解除』


シュイイン!!!


巨大なビルの裏、フレアにとってはビルの墜落とともに夜空に姿を現したミリエルは、すでに両手をフレアの方角へとかざし、純白のエネルギーを一点に収束させていた。街頭もネオンもない、夜の闇に黒く塗りつぶされた小さき戦場リトルガーデン、その中に一筋のまばゆい光が舞い降りる。


それはまさに、勝利の女神が微笑むような暖かさと希望に満ちた光。





『グラァァァォァァぁぁぁぁァァァァァァァァアアああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!』


しかし、地獄が一瞬で盤面をひっくり返す。


「はっ!?マジで!?まだ動けるのかよっ!?」


こんな大詰めにきてまさかの予想外が起きた。なんとフレアは最後の力を振り絞り、もう1発『フレア・ドガ・ノヴァ』を放とうと口の中に炎をためているのである。


それは切り札を連続で使うと言う最大の禁忌。もはや命を燃やす覚悟でフレアはもう一度あの威力の炎を放とうとしている。


「はぁ!!さっき打ったばっかじゃねーかっ!!あいつ死ぬ気なのか!!!」


そうかもしれない。向こうは死ぬ勢いでこの戦いに勝とうとしている。ならば動ける最後の最後まで手札をひねり出すぐらいのことはしてくるのは当たり前なのだ。今疾風は正真正銘、香奈を守るために俺と戦っている。だからあいつは負けるわけにはいかない。だからこそ捨て身の一手に出た。


・・・・いや、そうじゃない。おそらくではあるが、俺がこの攻撃すらも防ぐ手があると信じて打った手なのかもしれない。疾風自身負けを自覚した上で、それでも最後まで足掻こうとした手なのかもしれない。それなのに俺はその危険性を考えず、対処する札を用意しなかった。


最後の最後まで、今回の俺は詰めが甘すぎた。


「くそっ!このままじゃあ何もかもゲームオーバーになる!!!」


このまま両者の攻撃が衝突すればなにもかもが消える。つまり、両者リタイヤ。ここまできた両者は譲らず、攻撃を放つしかない。そうなれば両者の攻撃でこの街ごと全てが吹っ飛ぶことになる。それだけは避けなければならない。


だが今それを止める有効な手は、考えられる限り何一つもなかった。二つの勢いはついに暴発寸前にまで至る。


「っ!?くそっ!!」


俺はいよいよどうすることもできずにただ走って少しでも戦線から距離を取ろうとした。いくら人間ごときの速さが走ったところでもう無意味なのは知っている。それでも本能がこの場から離れなければならないと警告している限り、俺はそれに従って走った。


脳裏には二人のイマジナリーの顔が浮かぶ。

俺は二人の信頼すらも裏切ってしまった。最強無敗を誇る『miLL』の名を持ち、東条家の唯一の継承者。その名を完全に汚すようなあるまじき失態、味方をなんども危険な目に合わせてしまったのだから。


そして今は彼女たちを死の危険に晒してしまっている。


「くそっ!!何がチェックだ!!何が素人の疾風には負けないだ!!アホか俺はっ!!どこに偉そうに語れる根拠なんかあった!?」


俺は自分の過ちを今明確に悟った。


結局自分はゲームの中でしか、日頃よく知るような世界でしか上手く立ち回ることができないド素人だった。この世界にはそれに準拠された戦略というものがある。俺はそれを別の全く関係のないものに勝手に置き換えていたにすぎなかった。俺はこの世界を甘く見ていた。いつものようにやれば良いと自分の世界だけで完結してしまっていた。


でも実際は違った。これは未知の生物たちが未知の能力で戦う人間のとは全く別の戦争だった。ならば起きることも何も知らなければ対処のしようがない。




俺は「異世界大戦」そのものを、まだ全く分かっていなかった。



「もう少し早く気付いていれば・・・・」


俺はいつしか足を止めて膝をついていた。情けなかった。仲間には心配するなと、必ず勝つと言い切った割にはこのザマだ。ミリエルには散々ポイントを温存しておけと言われていたのにもかかわらず、今のポイントでは二人分を賄うことはできずに破産してしまうだろう。疾風にも偉そうなことをたくさん言ってしまった。本当なら俺は疾風に何も言う権利なんてなかった。


全ては俺がバカなせいでこうなった。俺だけじゃない。疾風だってこのまま破産して、記憶がなくなってしまうかもしれない。疾風がいつからこのゲームに参加していたかは知らない。だけどあの順位からそれなりに前なのだろう。果たしてその間に疾風は何を見て、何を経験したのだろうか。


その全てが、俺のせいで・・・・


「・・・・ごめん・・・・ごめん・・・」


俺は膝をついてそう呟くだけだった。もう何もかもが手遅れだ。後数秒後には二つの力が激突し、この街ごと俺たちは消失する。俺の一週間と何日しかない記憶、それでも疾風と出会い、香奈と出会い、クラスのみんなと出会い、千秋さんと出会い、大家さんと出会い・・・・そして、ミリエルとアイヒスに出会った。そんな全てが詰まった記憶が消えて、俺は何もかも忘れてしまうのだ。


人生で一度きりの、かけがえのない記憶。




怖い。




消したくない。


「消えたく・・・・・ない・・・・・」















『何をそんなヘタレな声あげてるです?師匠はいつもシャキッとしとかないとダメなんです』


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