第51話魔法使いBravery その20

「つまりこう言ってるんだ・・・・・疾風の思考パターンを全て読みきっている、と」



秋葉原のとあるビルの屋上。そこで自分のに指示を出し続けている未治は、偶然見つけたデモギアの『通話』のアイコンによっておそらく先ほどの地点にいるであろう疾風との対話に成功していた。


『っ!!・・何・・・・・だと・・・・いったい何を言っている?そんなの無理だろ!?そんなハッタリは通じない!!』


(・・・・ハッタリとは失礼な。本当のことを言ってるんだけどなぁ)



たしかに、未治の言葉に嘘はない。未治はすでに疾風の思考パターンを全て読み切ることができるまでに至っている。


他人の思考を覗ける力。


これだけ聞けば、彼は未知の能力を使う超能力者と思われるかもしれない。しかし実態は非現実的なものではない。彼の中にある莫大な戦略知識と経験によって、為せる、おそらく彼にしかここまでの精度を出すことはできない神業なのである。


いわば、未治にとって疾風の思考パターンは全て「知っていること」でしかないのだ。だからこそ、疾風の攻撃に対して必ず最善の手を打つことができる。


故に、疾風の攻撃はもう当たることはない。


(とは言ってもな・・・・・)


しかし、そんな優勢を続けている未治たちは今最大の弱点に悩まされていた。


(攻撃が通じてない。いや、有効打になってない・・・・)


そう、火力不足なのだ。


先程からゲリラ戦法を使って奇襲攻撃を続けているものの、どうやらアイヒスだけでなく、ミリエルですらもドラゴンの硬い鱗を突破することはできていないみたいだった。これではいくら相手の攻撃が当たらないと言っても勝つことはできない。


未治は疾風に対しては強気な発言をしつつも、心の中ではこの想定外の事態にどうしたものかと頭を抱えていた。


(ヤベェ、この後どうしよう・・・・)


策はいくらか思いつく。けれどもそれを導き出すためのが足りない。そのピースを埋める何か決定的なものが今は欲しい。一応最期の布石は打ってあるものの、それがちゃんと決まるかどうかもまだわからない以上は確実にそこにしか勝機がない。


アイヒスの魔法

ミリエルの切り札

最期の布石


あともう一つ・・・・





『聞こえる未治!?大変よ!!』


突然頭の中に直接流れた声によって未治の思考は一旦中断する。思念伝達によって送られてきたミリエルの声だ。


「何?大変なことって」


『敵が!"龍"の様子が変わったわ!!なんか体全体が炎で包まれてて!!』


「・・・・まじか。ここにきてまた想定外かよ」


未治は間違いなく戦況が向こうに傾いたことを感じ取った。疾風は疾風でちゃんと奥の手を隠し持っていたことを未治は予想していなかったわけではないのだが、やはり未知の異世界生物自体を未治は理解しきれていなかったのがいけなかった。


例え疾風の思考が読めても、異世界生物の技まで全て読み切ることはできない。それが、未治のこのゲームでの最大の弱点でもあった。


「一旦下がって様子を伺おうか。アイヒスも大丈夫?」


『は、はい!大丈夫です!今路地の奥の方に入ったです!』


『私も退避できたわ。けどもう奇襲は難しそうね。向こうはもう出し惜しみするつもりはないみたいよ』


「・・・・はぁ、いい加減まずいな」


未治はとにかく戦況の確認を急ぐために、パーカーのポケットからハンディな割にはかなり遠くまで見える双眼鏡を取り出してそれを今疾風たちがいる方へ向けて目に当てた。かなり遠くのビルにいるため見えたのはほんの小さなシルエットでしかなかったものの、ここからでも状況は何となく掴めた。


たしかに今疾風のドラゴンは身体中に炎を纏っていた。今も太陽から吹き出すプロミネンスのように赤く輝く炎が体を回りながら発光を繰り返している。明らかにヤバイモードへと突入していることは容易に想像できた。


しかしこれだけではなかった。さっきまで回っていたその炎が中心に収束したかと思えば、そのまま目の前のビルに向かって勢いよく射出されのだ。


ドォォォォオオオンッ!!!!


それと同時にあたり一帯が振動するほどの衝撃と音が巻き垂らされ、未治がいるビルの屋上にまで強風として届いた。


そして双眼鏡越しには、崩れ落ちた一棟のビルが確認できた。


『『キャアアアアアッ!!!』』


「っ!ミリエル!!アイヒス!!」


双眼鏡で見ていた未治の頭に突如二人の悲鳴が突き刺さる。どうやら近くにいたために巻き込まれそうになってしまったようだ。幸いデモギアにはなんの変化も見られないため大事には至っていないようだが・・・・


「二人とも大丈夫!?返事して!!」


未治は念のため二人の安否を確認する。


『私は結構遠くにいたので大事には・・・・それよりもミリエル様がっ!』


『・・・・私も・・・・ふっ!大丈夫よ。ちょっと近くにいすぎてビルの崩壊に巻き込まれそうになったけど全力で逃げたわ』


「そ、そう。・・・・良かった」


デモギアの通り二人とも無事だったことに未治は再度安堵し、地面にへたり込んでしまう。余計に力が入っていたのか急にどっと疲れが溜まってしまったようだ。


「はぁ〜危ない〜突然すぎてどうにかなっちゃいそうだったよ・・・・」


『師匠は別に危なくないです』


「・・・・今君たちのことを心配してたんだけど」


(さて、マジでヤバイぞ?)


未治はアイヒスの言葉に溜息を吐きつつもいよいよ状況が悪化してきたことに焦りを募らせる。結局今までの策は全て相手の出し惜しみしている力を少しづつ削ぎ、相手の土壇場での爆発力を抑制するための策であった。


「・・・・くそっ、疾風も大胆な策に踏み切ったもんだけど、まさかこんな早くに消耗戦をぶち壊しに行くとは・・・・やっぱ煽ったのは間違いだったかも?」


しかしこうも力を全解放されてしまっては元も子もなかった。向こうはついにビルを破壊し始め、こちらの安全地帯を消しにかかってきたのである。こうなったらもう正面から向かい合うしか無くなってしまう。未治がまだ勝ち筋を見出していない以上、まだその段階に入るにはあまりにも早すぎてしまった。


つまり、完全にやらかした。


『ええ!?相手の人間と話してたのも作戦の内じゃないです!?さっきめっちゃ堂々と「あなたの思考パターンは全て読み切った」とか言ってたくせにです!?』


う、痛いところを突かれてしまった。と未治は苦い顔をする。そう、このピンチの原因は完全に未治が何の気もなしに疾風と会話したことにあった。結局そのせいで疾風側が勝負に踏み切ったと言えるだろう。


「・・・・面目無い。ただの会話程度にしか思ってなかった」


『もう!!なんでこんな時に限って真抜けなのよっ!!戦いの途中なんでしょ!?』


「え、いや、そうなんですけど・・・・たしかにいつもならわざとそうして誘導してとかやったんですけど、なんか疾風相手で別のこと考えてるとちょっと抜け落ちてしまったといいますか・・・・」


『ポンコツです!!やっぱりこの人ダメダメです!!ってうわぁぁぁぁぁあああ!!』


『アイヒス!!・・・ったく!未治の戦犯は後!今は一旦わよ!あいつは今ビルを壊しながら進んでいるからガラ空きよ!』


思念越しではアイヒスとミリエルが壮絶な状況の中必死に退避を続けている様がお届けされている。どうやらまだ壊されていないビルの路地から大通りの方まで戻るらしい。ドラゴンはそれに気づかずにまださっきまでミリエルたちがいた方向に向かって進み続けている。これなら当分戻ってくることはなさそうである。


『未治!そろそろ何か策をくれないとやばいわ!もう私が取れる対処じゃ怪我だけで済まないこともあるかもしれない!』


ミリエルが悲鳴混じりの声で未治に訴える。しかし未治はまだ策を立てあぐねていた。どうしても決定打となる要素が足りない。これでは未治の脳内で十分にレールが繋がることはできなかった。


「そんなこと言われてもまだピースが足りな・・・・」


と、ふとさっきのミリエルの言葉が引っかかった。


「・・・・・・・ミリエル。今って言ってたよね?」


未治は息を飲んだ。


今、何かを掴みかけた気がした。


『ええ。アイヒスも一緒にいるわ。二人とも無事よ』


『無事って・・・・たしかに怪我してないですけどめっちゃ心的ダメージ食らったです!』


「うう、ごめん。とりあえず俺もそっちに自力で向かうよ。それとミリエル、今の大通りにあるものを見つけたものから順に言ってってくれない?」


未治はそう言うとすぐさま走って階段のドアを開け、勢いよくその階段を下っていく。幸いビルがそこまで高いわけではなく、五分もあれば地上に降りられそうだった。これが超高層ビルだった場合、未治の肺は潰れていた。


『え?ええ・・・・壊れたビルの破片。えぐれて盛り上がった地面。倒れた・・でんしんばしら?あとそれから・・・・」




最初の時にできたぽっかりと空いた穴?






「・・・・それだ。すっかり忘れてた」


そう言うと、未治は全速力で階段を降りていた足を止めて。踊り場にフードを被りながら腰を下ろした。


そして、パーカーのポケットからイヤホンを取り出して耳に嵌める。


目を閉じる。


今回は即席の装備だが、すでにピースは表層に浮かんでいる以上


未治は、自らの記憶の中へダイブした。


☆☆☆☆☆


白い、白い、白い、


あたりを埋め尽くすものはノート


そして漂うのはいくつもの短いレール


底に行けば行くほどに白は黒へと変わり、はるか過去の記録へと至る。当然潜れば潜るほどに息は切れ、思考は朧になっていく。


しかし、今はすぐそこにあるものが最善だ。


未治があるノートの切れ端に触れると、それと同時に一つのレールが動き出す。それに習って他のレールもいくつか動き出す。


動き出したレールはやがて一本の道となって、未治を勝利へと導く策へとつながっていく。


☆☆☆☆☆


未治は目を開けた。


「・・・・聞こえてる二人とも?」


『・・・・・やっとね』


『え?やっとってなんです?』


『未治が・・・・やっと真面目になったってことよ』


「やっと真面目って・・・・こほん。まぁいいでしょう。お待たせしてごめん。そろそろこちらも大々的に立ち回って行こうか」


未治はまた階段を降り始めた。ひとまずは合流してからだ。


「さて疾風・・・・覚悟しておけ」


最終ラウンドのゴングは、あと少し。

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